【谷口周郎のHow to Draw】アクリルガッシュとパステルが織りなすファンタジックで多層的な色の世界


ふわりとした光や透明感のあるモチーフが心に寄り添う…。谷口周郎さんのイラストレーションにはそんなやさしい空気感が漂っている。広告や挿画などを手がけた2000年前後まではパステル中心だったが、以降はアクリルガッシュにパステルを重ねる手法に変化してきたという。薄色から濃色へと色の層を重ねる作業を画材を変えて繰り返す。そんな谷口さんの多層的な技法を追った。

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挿画など平面のイラストレーションだけでなく、陶器デザインや異業種コラボレーションなどで幅広く活動する谷口さん。その中でも特に重要な活動がほぼ毎年行ってきた展覧会だ。今回の作例も、11月下旬に開催するグループ展に出品する作品として制作する。モチーフは、共通テーマの「森の冬じたく」から「月夜の虹を見るくまの親子」に。基本的には、水彩風に薄く溶いたアクリルガッシュで色面のベースを固め、マットなパステルを指で重ねてから細部を仕上げる流れになっている。ポイントは、谷口さんが今一番おもしろいという「にじみ」を活かした紅葉の山。完成時には、ベールをかけたようにあたたかくファンタジックな世界が現れた。
 

1.下描きを転写し、背景を準備する

「くまの親子」のアイデアは、シリーズ全体で3〜4日かけて練ったもの。事前に決めていたフレームに沿ってB5サイズで制作する。画材はアクリルガッシュとパステルとアナログだが、設計図などは特につくらない。清書してトレペに写した下描きを転写してアタリをつけたら、経験に基づいた手順に沿って工程を進めていく。基材はホワイトワトソン1mmボードがお気に入り。

1-01〜1-03:スケッチを清書してトレペに写し、簡易カーボンをつくってボードに転写する。

1-04:ボード全体に刷毛で多めに水を塗る。水を塗るとガッシュを置いた時に自然な混色とにじみが現れる。

1-05〜1-06:ターナーのアクリルガッシュを水彩的に多めの水で溶いて使う。紙の上で色を混ぜるのでそれぞれ単色で。ホライズンブルー、スカイブルー、コバルトブルーを選んだが、色は気分で決めることが多い。

1-07:平筆でボード全体にホライズンブルーを塗る。

1-08〜1-09:月の部分を残してスカイブルー、コバルトブルーを重ねる。

1-10〜1-12:乾いたら白代わりのジェッソにパステルイエローをほんの少し混ぜ、月を平筆で塗る。下の水色を残しつつ薄めに。

 

2.虹を描く

面相筆で虹を塗る。上から1.パーマレッド、2.パーマレモン、3.オレンジ、4.スプリンググリーン、5.ホライゾンブルー、6.ライラックの並びになるよう紙を回しつつ6色を塗っていく。境界が滲んでしまわないよう隣は避け、乾かしながら色を重ねるのがポイント。今回は、1→3→2→4→6→2→5→2→1の順で塗っていた。

2-01:小皿に虹に使う6色をまずは準備。水でよく溶いておく。

2-02:下描きに沿ってパーマレッドを少しずつ塗る。

2-03〜2-04:一つ飛ばしに色を塗り、乾いたら間を埋めていくと滲まず効率良く作業ができる。


 
TOOLS
谷口周郎さん愛用の道具類。
こだわりはあまりないというが、パステルや色鉛筆など画面へのノリや質感のよいものが多い。


 
tools-01:ホワイトワトソンのボード(1mm)。水彩やパステルのノリが良いエンボス地だが、水を塗ると乾くまで多少しなる点が懸案事項だそう。

tools-02:登場回数の多い水彩用の面相筆は、ブランドよりも穂先の長さをチェック。短いほうが使いやすいという。その他、細筆や平筆も併用する。

tools-03:色みや混色のチェック用ボード。乾いた後の色の出方などを確認するのに便利。

tools-04:アクリルガッシュは大半がターナーだが、透明感を出したい時はリキテックスなども使う。

tools-05:白はジェッソを愛用。

tools-06:色別に分類されたパステル箱。レンブラントを中心にいろいろなブランドを利用。紙全体に白を塗る時は、シュミンケのホワイトを愛用。粒子が細かいので紙を傷めずに直塗りでき、ティッシュでも均一に伸ばしやすい。

tools-07:パステルを削って粒子を細かくする網。色ごとに濡れタオルで拭いてきれいな状態で使う。

tools-08:今回は使用しなかったが、愛用の色鉛筆はベロールのEagleカラー。油分が多いためかコッテリとしたテクスチャがあり、混色するときれいに混ざってしっとりした仕上がりになる。


 

3.秋の森と熊の親子を描く

紅葉した夜の山を、青、こげ茶、赤緑、濃青と4系統の色調でそれぞれ塗る。虹の後ろ、右、左、手前と奥から手前へと進めていくとバランスが取りやすい。山は濃いめのアクリルガッシュを色が乾かないうちに並べ、境界のにじみと自然に生まれる混色をそのまま活かすのがポイント。配色を考えつつ、大胆かつ丁寧に色を乗せていく。

3-01:奥の山を塗る。ライトブルー、パステルラベンダー、ライラック、スカイブルー、バレルグリーン、アクアグリーンなどの青系を溶き、色で丸を描くように置く。

3-02〜3-03:手前右の山をバーントアンバー、バーントシェンナなど黄土色やこげ茶系で塗り、深い紅葉の様子を表現。

3-04〜3-05:左側の大きい山をパーマレッド、オレンジ、グリーン、スプリングディープグリーン、グレイッシュグリーンなどの赤緑系で塗る。鮮やかなオレンジの横にパーマグリーンを置くと自然に境目ににじみが生まれる。「自分でコントロールできない偶然性が面白いんです」と谷口さん。

3-06:最初の山の色にディープブルーをたして手前の山を塗る。おもにスカイブルー、アクア、ディープブルーなど。

3-07〜3-08:親熊は細筆でセピア色、子ぐまは面相筆でバーントアンバーと、色を少し変えて塗る。

 

4.パステルで月を描く

全体が乾いたら、鉛筆の下描きを軽く消してパステルの作業に進む。「直に触りながら描ける画材が珍しい」とパステルで描き始めたという谷口さん。指の脂が最も定着がよいとも気づき、以降はずっと指で塗り込むスタイルを採っている。パステルは余計な場所に粉が飛び散りやすいが、先にアクリルガッシュで塗っているため修正が簡単で大胆に進められる。

4-01:余分な色をつけないよう、貼って剥がせるテープで4辺をマスキングする。

4-02:パステルを塗る。紙を傷つけないよう網で削って粒子を均一にし、その粉を指で塗り込む。

4-03〜4-04:月をアイボリーで塗る。

4-05:色が混ざらないよう網を拭いてから青を削る。

4-06〜4-09:空を青系の濃淡2色を混ぜて塗る。指で塗ると月や山などの境界がふんわりとした調子に仕上がる。発光する描写の秘密とも言える。

4-10:絵をひっくり返し、空の上の方にネイビーを重ねて深みを出す。

4-11:月にかかった余計な青みを練りゴムで消す。

 

5.細部を調整し、星空を描いて仕上げる

余分なパステル粉を消し、濃淡のパステルを使い分けてニュアンスや深みを出す。混色作業ではあるが、きれいな指で扱って各色が濁らないように気をつける。濃い影をつける箇所では、タッチを残しすぎないようパステルを直塗りする。最後はアクリルガッシュで星を入れて仕上げる。大きな星を入れてから小さな星を入れると、色みや点の大きさの違いで奥行きが出しやすい。

5-01:緑系3色を混ぜて地面を塗り、空のほうに広げて境目をぼかす。熊の親子にかかったパステル粉を練りゴムで取る。

5-02:紙の下側に濃い緑を重ねるなど、色面に濃淡のグラデーションを加える。

5-03:山にかかったパステル粉を取ってきれいにする。

5-04:フィキサチーフでパステル粉を定着させる。

5-05:白とパーマネントレモンで淡中濃の3色をつくり、細筆で星空を塗る。まず白で大きめの星を全体に入れる。

5-06:その間に濃淡2種類の黄色で小さい星を入れる。

5-07:さらに白で最小の星を入れる。空の高い部分ほど星を多めに入れると奥行きが出る。

 

●完成作品

「森の冬じたく」©谷口周郎

「森の冬じたく」©谷口周郎

 

●取材を終えて

モチーフに合う画材を選んで作品を描いている、と語る谷口さん。代表作からはパステルの作家との印象もあるが、現在はアクリルガッシュにパステルや色鉛筆を重ねる技法が中心だ。それは2000年頃、イメージイラストなどから挿画のように説明力が必要な作品の依頼が増えたことに端を発する。同じ頃、自らの意識にも変化が起きた。
「ずっと異なる画材を同じ画面で使うことに拒否感があったんです。でもある時、画材に囚われずに好きにやろう、と思えたんですよね」
画材にこだわるよりも、敬愛するフォロンのような世界観が表現できればいいと笑う。惹かれるモチーフは植物など有機的なもの。具体的なモチーフを描いても、気付くと妖精がいたり、どこか心象風景的な作品になっている。目に見えないものを描くのは、身体が弱く学校に行けなかった幼少期に、自分の内面や目に見えない世界をよく考えていた名残だろうと自らを分析する。

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制作で最も時間がかかる作業はアイデア出し。後戻りできないアナログ画材だが設計図はナシ。イメージと完成図が同時に浮かび、手順まで脳内でセットで弾き出されるから迷いもない。あとはいかにゴールに近づけるかだけなので、描き始めると早い。発光体や白い要素を残し、にじみを活かした描写を加えつつ、薄色から濃色へと重ねて色の要素をつくり込むのが普段の方法だ。その後、粉にしたパステルを「油の量が一番ぴったりでよく定着する」指で塗り込み、ふんわりとした質感と奥行き、グラデーションを加えていく。すべての色の重ね方は、大学時代に学んだ染色の知識が役立っているという。

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ちなみにこうした制作の思考やプロセスは、クライアントワークでもあまり変わらない。
「相手の要望と自分のアイデアの着地点を探しつつ、想像を少し超えた作品にするのが理想です。相手にこうなったんだ! と驚いてもらう喜びがあるからこそ、仕事の楽しさも薄れないのだと思います」
イラストレーターの個性とは、地道な継続の上に訪れる「自由に描けていると感じる瞬間」にこそ表れるのでは、と谷口さんは語る。そのためには楽しく描くことが重要だ。長く続ける基礎をつくるためにも、若い人にはたくさん描いてほしい。そして自分の作品や考え方をつくる本物をたくさん見て経験を詰んでほしい。終始柔らかな口調だったが、その言葉には長い経験に裏付けられた重みと力があった。
 
【取材:木村早苗 撮影:松尾 潤 文責:イラストレーションファイルWeb】
 
 
■イラストレーター紹介
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谷口周郎(たにぐちしゅうろう)
京都精華大学デザイン科卒
大学卒業後、約2年半大阪にてテキスタイルの企画・デザインの仕事をする。
退社後フリーになり、現在に至る。
谷口周郎イラストレーション(Facebook)
http://i.fileweb.jp/taniguchishuro/