小村雪岱と石井鶴三、木村荘八 3人の挿絵画家 |イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


 
─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第1回② 小村雪岱と石井鶴三、木村荘八 3人の挿絵画家

「イラストレーション」とは一体どんな「絵」なのか、
「イラスト」と「イラストレーション」、呼び方の違いに意味はあるのか。
有名なあの描き手はどんな人なのか、なぜあの絵を描いたのか、
このイラスト表現はどうやって生まれて来たのか……。

イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんがユル〜く、熱く語り合う、イラストレーションをめぐるよもやま話。

第1回は3つのテーマに分けて3日連続で公開、
パート2は小村雪岱と同時代に活躍した挿絵画家たちに関する話題です。

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■挿絵画家であることに後ろめたさがない

伊野孝行(以下、伊野):小村雪岱は最初からあの感じではなくて、最初は下村観山*14に学んで、古画や絵巻、仏画の模写をやったり、資生堂にいたこともあった。一時期はコンテで絵を描いていたんですね。当時はコンテで描くのが流行ってたみたいで石井鶴三*15も描いています。コンテ時代を見比べると石井鶴三はすでに石井鶴三なんだけど、雪岱はいまいちなんですよ。

南伸坊画・石井鶴三

南伸坊画・石井鶴三


 
南伸坊(以下、伸坊):そう、雪岱のコンテ画はつまんないんだ。ちょっとホッとするけどね。

石井鶴三は上手い。上手くて、やりたいことがちゃんとあった。鶴三が面白いのは、当時挿絵を描いていた他の人たちと違って、挿絵を本気でやってたところですね。日本画家や洋画家たちは小遣い稼ぎのアルバイトだと思ってるんですよ。本絵とか挿絵とかいうけどさ、何が違うって、つまりギャラでしょ(笑)。

伊野:どっちがいいんですか?

伸坊:え、そりゃもちろん、本絵が売れる方がいいんじゃないの? ギャラが絵の価値を決めちゃうって、今でもイラストレーターの人たち、それ引きずって芸術家の方がエライと思ってんじゃん(笑)。挿絵画家は「本絵」を描く人よりも一段下、(タイトルの)作者名だって小説家よりひと回り小さくする。石井鶴三はそれはおかしいと、絵も文も同じ立場なんだって言ったんですよ。挿絵は挿絵として独立した表現なんだと発言してる。他の人はそういう発言はしなかったんだね。

石井鶴三 「宮本武蔵」(吉川英治作/朝日新聞1935〜39連載)挿絵 「現代名作名画全集 1 石井鶴三集」(六興出版社)より転載

石井鶴三 「宮本武蔵」(吉川英治作/朝日新聞1935〜39連載)挿絵
「現代名作名画全集 1 石井鶴三集」(六興出版社/1954年)より転載


 
伊野:石井鶴三は中里介山*16と裁判やっていますね。「大菩薩峠」の挿絵集を自分の名前で出すのを止められたか*17何かで。

伸坊:それは中里介山に「絵より字(小説)の方が偉い」って意識があったからでしょうね。それが世間の常識だった。(鶴三は)裁判することで、そこを変えたかったんじゃないかな。

伊野:石井鶴三も木村荘八*18も小村雪岱も、タブローや本絵も描くけど、挿絵画家であることに後ろめたさがないのがかっこいい。

伸坊:僕は木村荘八については全然知らないんだけど、最初はいわゆる本絵の画家として出発してるの?

伊野:そうですね。岸田劉生*19や中川一政*20と親しいですね。石井鶴三と中川一政が裸で相撲とってて、木村荘八が行司やってる写真があるんですけど、個人的にその写真には萌えますね(笑)。

ギャラの話をすると、彼らは新聞小説を何本もやっているし、1枚の絵の値段としては本絵より安いんだろうけど、毎日だから全体的な収入はかなりあったんじゃないかと。

伸坊:そうですね、だいたい昔の挿絵はギャラがよかったみたいだし、家が建つとか、そういう世界でしょ(笑)。石井鶴三ってさァ、「場面」を想像する能力がすごくあるんだよ。小説を読んでて、こういう絵を描こうってイメージがすぐパッと浮かぶっていうね。伊野君もそうなんじゃない?

伊野:う〜ん、文章を読むときはだいたい頭の中に場面が映っているんですけど、夢で見ているようなものですね。その場面を、四角の枠の中にどうトリミングしようかというところまで来ると、仕事が始まったぞ、って感じです。伸坊さんはどうですか、小説を読んでいる時って場面が浮かんでいますか?

伸坊:どうだろう。まあ、普通の人程度には浮かんでるけど。でも、それは「絵を面白く描こう」ってのとはまた違うじゃないですか。石井鶴三は自信持って描いているんだよ。新聞連載でも「描くべき絵がパッと浮かぶと」って書いてる。

(『名作挿絵全集・明治の巻』を見ながら)明治時代の挿絵画家ってさ、上手いんだけどなんか面白くないね。それまで、浮世絵でいろんな人たちがいろいろなテクニックを発明して作り上げて来たものを(文明開化で)バッと捨てたんですよ。で、西洋風の表現取り入れて、その頃は新しかったんだろうけど、なんか現代人のオレが見るとつまんない。

伊野:明治の頃だと、中村不折*21とかいいですね。

伸坊:ああそうそう、中村不折はいいよねー。ユーモラスな絵が好き。

伊野:小村雪岱は浮世絵的な要素もあるんだけど、浮世絵師の肉筆画って僕はあまり好きではないんです。葛飾北斎*22の肉筆画とか、最近発見された喜多川歌麿*23のすごい大きな肉筆画とか、そんなにいいと思わない。

伸坊:ああ、北斎の肉筆画は版画に比べてぐんと落ちるよね。西瓜の絵とか、ヘンなのはあるけど。

伊野:肉感的な線が時にしつこく感じるんですけど、逆に雪岱の線は肉筆なのに版画みたい。浮世絵師と彫師と刷り師が共同作業で出した効果を自分一人でやっちゃう。

木村荘八と石井鶴三が描く着物は自然な感じですけど、雪岱の着物はデフォルメしているのにギリギリ自然な感じ。着物を知らない(着てない)今の人が真似すると不自然になっちゃう。

伸坊:それはオレからは言えない。めちゃくちゃ不自然やってるから(笑)。春信スタイルにするってまだ決めてない頃の絵を見ると、要するに「キマってない」よね。雪岱は春信を発見して本当によかったと思うなァ。これで行こうと決めたことで、自分の技も磨かれて、春信がやってた以上のものが描けるようになった。


*14下村観山(1873-1930) 狩野芳崖、橋本雅邦に師事。狩野派の様式にやまと絵の線描や色彩、西洋画の画法も取り入れた日本画表現を確立する。東京美術学校(現東京藝術大学)1期生で、卒業後は同校で教鞭を執った。恩師・岡倉天心、同期生の横山大観らとともに日本美術院設立に参加。

*15石井鶴三(1887-1973) 画家石井鼎湖を父に持ち、早くから洋画や彫刻を学ぶ。洋画家/彫刻家としての活動の傍ら、創作版画や挿絵でも活躍。中山介山「大菩薩峠」や吉川英治「宮本武蔵」などの挿絵を手がけた。

*16中里介山(1885-1944) 小説家。代表作である長編「大菩薩峠」は「都新聞」で1913年より21年まで連載、中断を挟み1927年〜41年まで掲載先を変更しながら連載されたが未完に終わった。この間、石井鶴三のほか多くの画家が挿絵を担当している。

*17中里介山との訴訟 1934年に石井鶴三の「大菩薩峠」の挿絵集が「石井鶴三挿絵全集」第1巻として刊行されたのを受け、中里介山が石井と版元を相手取り出版中止を求める訴訟を起こした。それ以前に、石井が木村荘八らと「大菩薩峠」を含む挿絵展を開催した際、中里はその開催に反対する手紙を送り、挿絵の著作権を巡る論争になっていた。小説に着想を得た挿絵は本文の複製であり、著作権は小説作者にあるとする中里の主張に対し、石井は挿絵には独立した著作権があると主張。最終的に中里が訴状を取り下げ和解となったが、実質的に石井の勝利に終わる。

*18木村荘八(1893-1958) 岸田劉生らと交友を持ち、洋画家として多くの作品を発表。挿絵画家として永井荷風「濹東綺譚」など多数の小説を手がけた。舞台装置や、文明開化以降の東京の風俗考証でも功績を残した。

*19岸田劉生(1891-1929) 洋画家。高村光太郎、木村荘八らとフューザン会を設立、のちに草土社、春陽会に活動の場を移す。娘をモデルにした「麗子像」の連作で知られる。柳宗悦、武者小路実篤ら文芸誌『白樺』周辺の文化人とも交流を持ち、書籍装丁の仕事も多数残している。

*20中川一政(1893-1991) 岸田劉生に見出され画家の道に入る。独学で洋画、水墨画、版画などを制作、奔放な画風で自ら「在野派」と称した。挿絵画家として尾崎士郎「人生劇場」などを手がけ、歌人・随筆家としても活躍。

*21中村不折(1866-1943)画家、書家。 幼少時より絵に親しみ、教師をしながら美術展に出品。記者として新聞社に入り、挿絵を担当するようになる。夏目漱石「我輩は猫である」や伊藤左千夫「野菊の墓」などの挿絵や題字を手がけた。

*22葛飾北斎(1760-1849) 江戸後期に活躍した浮世絵師。浮世絵以外にも狩野派や土佐派、西洋絵画などあらゆる絵画手法を取り入れ、印象派画家にも影響を与えたとされる。代表作は「富嶽三十六景」「北斎漫画」。黄表紙や滑稽本などの挿絵も多数手がけ、晩年は肉筆画を多く残した。

*23喜多川歌麿(1753?-1806) 江戸中後期に活躍した浮世絵師。大首絵の手法による美人画で一世を風靡、春画や狂歌絵本でも傑作が多い。肉筆画の大作「雪中花」3部作のうち、1948年から所在不明になっていた「吉原の花」が2014年に再発見された。

■雪岱が描く女性は巨乳?

 僕の持っている春信の画集に宇野亞喜良さんの文章が載ってるんですけど、宇野さんも木村荘八が好きなんですけど、「小村雪岱といえば春信だけど、女のイメージが春信と違う。自分にとっては木村荘八の絵が春信を連想させる」みたいなこと書いていて。「乳房の大きさが僕は駄目なんだ」って。確かに雪岱の描く女性って巨乳じゃないですか。

伸坊:巨乳!? え?そう? 巨乳…じゃないだろ。

編集部:ほっそりしたイメージがありますけどね。

伸坊:着物着てるとそうだよね。春信の絵のまんまでしょ。

伊野:宇野さんは「巨乳」とは書いてないですけど(笑)、「見るからにグラマラスで、堂々と肉体を誇示して」みたいな。巨乳説は納得しかねますか?

伸坊:う〜ん、納得しないなぁ(笑)。木村荘八の方が春信っぽいというのも意外だな、全然そう思わない。

伊野:「お伝地獄」*24のお伝はすごくグラマラス。高橋お伝は「毒婦」と呼ばれた人ですからね。僕は「お伝地獄」の挿絵を最初に見たので、宇野さんの話に納得したんですけど、全然共感してくれないですね〜(笑)。

伸坊:(『お伝地獄』の挿絵を見て)ああ、これは言われてみればそうか。でもこれは、せっかくオッパイ出るとこだからちゃんと描かなきゃって描いたんじゃない?(笑)

雪岱の絵って、あまりナマな肉体って感じしないよね。春信もそうですよね、春信の方は明らかにああいうのがタイプなんだろうけど。春信の絵って中国の木版本の挿絵の影響あるね。様式化してる。
 
<その3>(11月6日配信予定)につづく
 

小村雪岱 「お伝地獄」(邦枝完二作/読賣新聞1934〜35年連載)挿絵 「小村雪岱画譜」(龍星閣/1956年)より転載

小村雪岱 「お伝地獄」(邦枝完二作/読賣新聞1934〜35年連載)挿絵
「小村雪岱画譜」(龍星閣/1956年)より転載


*24 「お伝地獄」 小村雪岱が挿絵を担当した邦枝完二の小説で、1934年讀賣新聞に連載された。このコンビでは他に「おせん」がよく知られ、こちらは1933年東京朝日新聞の連載。

 


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino
伊野似顔絵021971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami
南伸坊アイコン_021947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。
 
 
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