幕末〜明治期に西洋の写実画に挑んだ高橋由一|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


 
─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第3回① 幕末〜明治期に西洋の写実画に挑んだ高橋由一


「イラストレーション」とは一体どんな「絵」なのか、
「イラスト」と「イラストレーション」、呼び方の違いに意味はあるのか。
有名なあの描き手はどんな人なのか、なぜあの絵を描いたのか、
この表現はどうやって生まれて来たのか……。

イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
ユル〜く、熱く語り合う、イラストレーションをめぐるよもやま話。

第3回は「写実画」を起点に3つのパートに分けてお届けします。
日本における写実表現といえばまずこの人、幕末〜明治の画家・高橋由一の話。

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■有名な「鮭」の絵はいっぱい描いていた

編集部:前回の終わりの時に、「次は写実画について話そう」ということになっていましたので、今回はそれをメインテーマに話していただこうと思います。

伊野孝行(以下、伊野):我々はどちらかというと「カンタンな絵」の人なんですが、そういう二人がリアルな絵について語る、と(笑)。リアルな絵から逃げてるところもあるから、逆に喋ることはあるんですよね。

編集部:リアルな絵の話は前回でも少し出ていましたが、対談を終えてから、高橋由一*1について取り上げたいというお話がありました。

南伸坊(以下、伸坊):ああ、高橋由一は外せない。日本の写実表現の話をするなら最初に出て来ると思うんですよ。今日、高橋由一の本持って来てます。伊野君が高橋由一のとってもイケてる模写をしてて、豆腐も鮭も油揚げもみんな出て来る(笑)。

伊野:由一の「自画像」と「鮭」と「豆腐」を組み合わせたんです。

伸坊:こないだ高橋由一で画像検索したら、伊野君の絵が出て来た(笑)。

伊野:しかも「江戸時代にはなぜ写実的に描く画家がいなかったのか」みたいな、変なまとめサイトがあって、そこに高橋由一の作品として僕の作品が載ってるんですよ(笑)。いかにネットがいい加減か……。

伸坊:でもさ、すごく感じ出てるよねえ。高橋由一の気持ちが。しかも本人の絵より親切なんだ、油揚げも鮭も全部入ってるし。

編集部:ネット検索で出て来ました、コレですね。高橋由一の全貌が1枚で分かる。

伊野孝行画 「高橋由一の肖像」 『画家の肖像』(ハモニカブックス/2012年)より

伊野孝行画 「高橋由一の肖像」
『画家の肖像』(ハモニカブックス/2012年)より


 

伊野:なんか晩飯の献立考えてる人みたいに見えるかもしれませんけど(笑)、由一は「何を描くか」をすごく考えた人なんで、こういうポーズにしてあるんです。

伸坊:アハハ、献立! いいねえ(笑)。スゴイでしょ、ほとんど区別つかないよね。

伊野:いや、本物の方がうまいですよ。

伸坊:いやいや、それがそうでもなくてさ。この本見てて笑っちゃったんだけど、鮭の絵って、1枚だけじゃなくていっぱいあるんだって。で、このすごくうまく描けてるヤツは、どうも由一の絵じゃないんじゃないか? って、うますぎるから(笑)。

伊野:最近、僕はこの鮭の絵をもじった作品を仕事で描く機会があったんだけど、鮭の身の部分とか骨とかウロコって、筆のストロークを使って描けるんですよ。もともと干物だから形も歪んでるし。だから描きやすいと思いましたね。由一でもうまく描ける(笑)。

伸坊:アハハ、写実の先人に対して失礼な奴らだなぁ。


*1 高橋由一(1828-94) 幕末〜明治にかけて活動、本格的に油彩画に取り組み、日本で最初の洋画家と言われる。狩野派に学ぶが、西洋の石版画に魅せられ洋画を志す。1866年、来日中のチャールズ・ワーグマンに油彩技法を学び、のちにイタリア人画家フォンタネージの指導を受け技術を研鑽した。

■由一は質感を一番表現したかった

伊野:由一の絵って、最初は見世物小屋みたいなところに飾ってあったんですよね。

伸坊:それは、本人の望みだったんじゃないかな。見世物として見てもらった後に、「役に立つ絵」として認められようって思ってたみたい。記録とか博物画みたいな捉え方なんだよね。

伊野:ボタニカルアート*2みたいな志向があったんですかね。

伸坊:ボタニカルアートってもうちょっと装飾的な感じがするけど、博物画ってあるじゃないですか。ああいうものとして意味があるってことを言ってたみたいね。

伊野:由一はオランダ経由で入ってきた「台所画」を見て、着想を得たのかもしれないですよね。オランダって静物画がさかんに描かれた国で、食材とかを描いた絵を「台所画」って言うらしいんですけど、鴨が吊るしてあったりキャベツがあったり……。そういうのを見て思いついて、さらに博物学的なアプローチを加えたと。具体的には豆腐、焼き豆腐、油揚げを比較してみるっていう(笑)。豆腐の絵はまな板の傷までも描いてあるし。由一は題材の選び方が何と言っても面白いですよ。

伸坊:「台所画」ってのは知らなかったけど、猟の成果みたいな絵とか、あるよね。あれはつまり「自慢絵」でしょ(笑)。オレの理解はそういうジャンルとかじゃなくて、とにかくそっくりに描きたいって情熱が由一の面白さなんだよね。

伊野:自慢絵(笑)。でも、そっくりに描くっていうのは、実はその当時ヨーロッパではもう時代遅れになってたんですけどね。江戸から明治になった時、由一はすでにもう40歳で、写実の技術を身につけるには歳をとりすぎていたかもしれないけど、逆に江戸人としての気骨が残っているところがよかった。

西欧の文化にノックアウトされた明治の人は向こうが本場だと完全に思っちゃったけど、由一は自分のいる場所こそ本場だという気概があったと思いますね。「本場は自分の中にあるんだ」っていう。僕が由一を好きな一番の理由はそこですね。あと、まだ誰も踏み込んでいないところに自分が足を踏み入れてみる、そういう気持ちも絵に表れてる。

伸坊:そうそう、そういう気持ちがね、うれしいからさ、面白いんだよ。

伊野:印象派の人たちもまさしく、「前衛」をやってる気持ちで描いたわけですけど、今我々が(印象派と)同じように描いても、前衛の気分では描けないですからね。カルチャースクール気分かな(笑)? 高橋由一の場合、技術がまた拙いところに、余計にウブな気持ちが出てるんですよね。

伸坊:そうなんだよ。ものすごくうまく描けちゃったりすると、そういう気持ちがもうひとつ受け取れないかもしれない。僕が感じたのは、高橋由一は質感をものすごく出したかったんじゃないか? 油揚げは本人的にはもうちょっと本物そっくりに描きたかったんじゃないかな。包丁の跡のついたまな板! これ感じ出すぎだよね。

このさぁ、左官の汚い現場の感じ! そのまんま。「こういうのが見たいか?」っていう問題もあるじゃん。この壁の汚さとか、板の木目のナマな感じ、漆喰のハゲたところとか感じ出すぎだろ(笑)。本人はもう見たまんまにやりたい、要するに、絵としてしっくりいっててキレイだなとか、そういうのを描きたいわけじゃないんだよ。そこが面白い。うまくいってるのはこのあたり、貝殻の内側が光ってる感じがキレイだよね。水彩では難しい、やっぱり油絵の特質でうまく描けた。

伊野:油絵具という画材を使う喜びもあるんですよね。僕も高校の授業で初めて使った時、うれしかった。

ちょっと前に「写実(リアル)のゆくえ」という展覧会があって、高橋由一から始まる日本の洋画のリアルの流れを追っていく内容だったんですけど、その展示で高橋由一と磯江毅*3って人の描いた鮭が並べてあった。磯江さんのは由一へのオマージュなんだけど、ものすごくうまいんですよ、写実的に。でも、高橋由一の方が自分と話が出来る感じの絵なんだよなあ。

「写実(リアル)のゆくえ」展覧会図録

「リアル(写実)のゆくえ〜高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの」(土方明司・江尻潔監修/生活の友社/2017年)
国内4カ所の美術館で開催された「リアル(写実)のゆくえ」展の図録


*2 ボタニカルアート 植物学に基づく標本画のこと。写実が基本だが、特徴を分かりやすくするためのデフォルメが施されたり、芽と花と果実が同時に描かれることもある。薬草や食草を見分けるための図譜が始まりで、大航海時代にヨーロッパ諸国の探検家や学者が世界各地の植物を収集・記録して発達した。

*3 磯江毅(1954-2007) グスタボ・イソエ。19歳でスペインに渡り、マドリード・リアリズムと呼ばれる徹底的な観察による写実表現を体得。現地の美術界で注目を集め、1990年代に活動の場を日本にも広げる。国内外で高い評価を受けたが、53歳の若さで逝去。
 

■高橋由一は実はデッサンがへただった?

伸坊:前に伊野君も言ってたけどさ、自画像のおでこ、凹んでるよね。自分で描いてて、「ここ、凹んじゃった」って見て思わないのかな。

伊野:石膏デッサンって僕は数回しか描いたことないんですけど、影をつけてると、出っ張ってるところなのに凹んでるようになっちゃう。そういうのありますよね。

伸坊:本人的には間違ってないと思ってんのかな。

伊野:実際に由一のおでこは凹んでんのかなと思って、原田直次郎*4が描いた老人になった由一の肖像画を見てみると、凹んでないしね。でも、原田直次郎が描いたのと、この自画像とは全然似てないですね。

伸坊:似てない。写真とも似てない。おじいさんになった写真見たことがあるんだけど、上品ないい顔のおじいさんなんだよ。若い時こんな干物みたいな顔してたの? って。でさ、本人けっこうめんどくさそうなタイプなのな、組織にいたら問題起こしそうなカンジ(笑)。まじめで情熱がありすぎなんで、ちょっとまわりから煙たがられてる、みたいな。

高橋由一、ワーグマンに弟子入りしようとするんだよね。でも、ワーグマンからもちょっと敬遠されてるカンジなの。まぁ言葉が分からないというのもあったんだろうけど。高橋由一のこと興味あって、そういう伝記みたいなのを読んでたんだけど、なんか途中でほっぽってある(笑)。

ゴッホ*5と由一が活躍したのがほぼ同じ時代で、ゴッホもわりと人とうまくやってけなかったタイプじゃない? 似た者同士、情熱の画家が東西で向き合っている図ってのを考えたんだけど、実際にはちょっとズレがあるんだよね。

南伸坊模写 ゴッホ「星月夜」

南伸坊模写 ゴッホ「星月夜」

南伸坊模写 高橋由一「屋根上月」

南伸坊模写 高橋由一「屋根上月」


 
伊野:高橋由一の方がゴッホよりかなり年上でしたっけ? そういえば、高橋由一は司馬江漢の横顔を描いてますね。

伸坊:司馬江漢の方が由一よりはるかに上で、鈴木春信の弟子。

伊野:線で描かれた司馬江漢の顔をリアルな油絵に起こしてるんですよね。

伸坊:司馬江漢がああいう西洋画風の風景画を描いたから、尊敬してたのかもね。

伊野:「近代」というのは明治に急に始まったわけではなくて、江戸時代中期にすでに始まっていたんですね。

(第3回②につづく)


*4 原田直次郎(1863-99) 幼少時より洋画を始め、20歳の時に高橋由一と息子の源吉に師事。翌年ドイツに渡り、ミュンヘン・アカデミーで学ぶ。洋画排斥運動の最中の1887年に帰国し、明治美術会創立に参加するなど、洋画の啓蒙活動を行うが、36歳で夭折。

*5 フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-90) 後期印象派の代表的な画家。うねりのある独特の筆致と大胆な色彩で知られ、表現主義の先駆者とも言われる。存命中は不遇で、周囲とのトラブルも多く、ゴーギャンとの共同生活も短期間で破綻した。生涯で1枚しか絵が売れなかったが、拳銃自殺(異説もある)する少し前から作品への評価は高まっていた。


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino
ino_icon31971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami
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1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。
 
 
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