光学装置を使ったことで絵はどう変わったのか|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


 
─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第3回② 光学装置を使ったことで絵はどう変わったのか


「イラストレーション」とは一体どんな「絵」なのか、
「イラスト」と「イラストレーション」、呼び方の違いに意味はあるのか。
有名なあの描き手はどんな人なのか、なぜあの絵を描いたのか、
この表現はどうやって生まれて来たのか……。

イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
ユル〜く、熱く語り合う、イラストレーションをめぐるよもやま話。

写実表現を語る上で避けて通れないのが、写真や光学装置の使用。
正確な遠近法や透視図法も光学装置の使用によりもたらされたのです。

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■透視図法と光学装置の使用

南伸坊(以下、伸坊):このあいだ、千葉市美術館の鈴木春信の展覧会に行ったら、弟子たちの絵が最後のコーナーに展示してあったんだけど、面白いね。浮世絵ってスタイルにまぎれてみんな同じみたいに見えるじゃん。でもへたなのってあまり出てないからかな、「弟子の絵」、アラがすごくよく分かる。みんなまず、レイアウト感覚がない。春信の絵って、人物とバックの小物とかがものすごくバランスが取れてるんだけど、弟子が描いたのを見ると「こんなに違うんだ」っていうくらいへたなんだ。描いてあるものはそれぞれちゃんとなってるんだけど、バランスが取れてないし、空間の感じが気持ちよくない。司馬江漢もそこは同様。

伊野孝行(以下、伊野):でも、弟子の中では、司馬江漢はものすごく大胆なことをしていますよね。

伸坊:そう、師匠が全然やりそうもないことをやる、タイプが違う絵描きなんですね。

伊野:『名作挿絵全集』にも、小村雪岱の弟子とか木村荘八の弟子とか載ってるんですけど、師匠の影響下からあんまり出ないで、自分なりに変化つけてるみたいな感じが正直あまり面白くないんですよねー。弟子は大胆な方がいい。

伸坊:司馬江漢は他にやりたいことがあって、つまりヤマっ気があるんですよ。それがないのが円山応挙で、彼は若い頃に京都のおもちゃ屋で奉公してる。向こうから輸入したおもちゃを大名に納めるようなおもちゃ屋さん。そこで覗きからくり*6みたいな、レンズ越しに透視画を見て立体的に見えるっていう装置が入って来てて、透視画の原理をもう応挙は知ってるんですよ。

円山応挙が氷の表面を亀裂だけで描いてて、それがちゃんと平面に見えるようになってて、オレはそういう応挙の履歴を知らないからすごいなぁと思ったわけよ。相当に正確な目を持ってなきゃ描けない。っていうか、透視図法の概念がなきゃ描けないわけだから。相当にうまい人でも、今僕らが見たらデッサンが狂ってるのが分かるっていうのがあるじゃないですか。だけど、応挙の氷の亀裂だけの絵は、ちゃんと平面になってる。写実的な絵を1回でも見た人はそういう絵を描きたくなるし、それを描くにはどうしたらいいか考えるんだって後で分かったんだけど。

凸面鏡だか凹面鏡だか知らないけど、そういう光学装置を使って絵を描き始めたら、ものすごくデッサンが早く正確に出来る。要するに、映った像をなぞればいいんだから。初めてそれを見た人たちは光学装置のことを知らなかったかもしれないけど、今まで描いてた絵じゃダメだって、それは思うんだね。で、そういう絵を描こうとするんだよ。

円山応挙「氷図屏風」(大英博物館所蔵/1780年) ©︎The British Museum

円山応挙「氷図屏風」(大英博物館所蔵/1780年) ©︎The British Museum


 
伊野:光学装置、それは「カメラオブスクラ」*7みたいなやつのことですね。この連載では知ってることだけを喋ってるので、読んだ人は僕のこと物知りだなって思うかもしれないですけど、7年前までは昔の画家が「カメラオブスクラ」を使って絵を描いてたって知らなかったんですよ、恥ずかしながら(笑)。7年前というのは伸坊さんに初めて呑みに連れてってもらった時で、その時に「カメラオブスクラ」の話を聞いたんです。

伸坊:そんな前だっけ(笑)。でも、オレもその頃知ったんだし、普通は知らないよね。

伊野:光学装置は『秘密の知識』ですからね(笑)。『秘密の知識』というのはホックニー*8が書いた本のタイトルでもあるんですけど、その時に伸坊さんに勧められて読みました。ホックニーは、昔の巨匠たちの絵がうますぎるんじゃないか、とても肉眼だけで見て描いたとは思えない、きっと光学的な装置を使ってたんじゃないか、という仮説のもとに検証していくんですけど、これはオススメの本ですよ。

ホックニーは巨匠たちの絵を年代順に壁にズラ〜っと貼っていくんです。そうするとあるところから急に写実的になる。急にめちゃくちゃうまくなるんですよ(笑)。
光学的な装置はそのあたりから使われ始めたということが一目瞭然に分かる。でもそれは職人の秘密の知識だったんですね。

伊野孝行画 「デイヴィッド・ホックニーの肖像」

伊野孝行画 「デイヴィッド・ホックニーの肖像」

伊野孝行画 「カメラオブスクラの原理」

伊野孝行画 「カメラオブスクラの原理」

カメラオブスクラ 『百科全書』(フランス/1772年)図版

カメラオブスクラ 『百科全書』(フランス/1772年)図版


*6 覗きからくり 覗き穴のある箱に、名所の風景やストーリー仕立ての絵を縦列に並べ、口上に合わせて紐を操作し、絵を入れ替えて楽しむ見世物。江戸時代に発達した。覗き穴にはレンズが仕かけられ、絵が拡大して見えるようになったものが多い。

*7 カメラオブスクラ ピンホールカメラと同じ原理を用いて投影像を得る装置で、大きな箱に小さな穴を開けると、その穴を通った外の光景が穴の反対側の壁に像を結ぶ。結んだ像はそのままでは天地左右が反転しているので、鏡を使って反転させる。15世紀頃から絵画に使用されるようになったが、遠近法的に正しい像が得られるので、写実表現の発展に大きな効果をもたらした。

*8 デイヴィッド・ホックニー(1937−) 英国出身の美術家。ロンドンの王立美術学校卒業後しばらくはポップアート作品を発表するが、活動拠点をロサンゼルスに移すと作風は大きく変貌する。絵画や版画のほか、写真を用いたコラージュ、デジタル作品、衣装や舞台デザインなど、多彩な活動を行う。

 

■輪郭を取っても間を埋めるのが難しい

伸坊:子供の頃に夜店で「拡大器」ってのを売っててさ、市川右太衛門とか片岡千恵蔵とかスターのこんなちっちゃい写真とかを拡大してコンテで描いたのが吊るしてあってね。「擦筆画」っていうんだけど、こすって写真みたいになるの。子供心にそれ見て「ものすごくうまい!」って思ってさ、買ったんだよ。貧乏で、5円の別冊付録の漫画本買うのにも何度も逡巡してやっと買うぐらいだったのに。拡大器は速攻で、思い切って買った。まぁ要するに定規が平行四辺形みたいにネジで留めてあって、みたいなモンで。今でも原理がちゃんと説明できないんだけど、ともかく欲しいから、買って走って帰って。

伊野:僕の時代にもありましたね、拡大器。学研の付録についてた覚えがある。

伸坊:やってみたことある? 全然うまくいかない。どうも拡大器のネジを留める位置が、間違ったみたいなんだ。で、やってるうちにバラバラになっちゃって、その日のうちに使えなくなった(笑)。

伊野:ハハハ、僕も組み立てた記憶はあるけど、描けた記憶はない(笑)。ああいう道具って、実際にプロが使ったりしてたんですか。

伸坊:実際には、これのもっと精密なやつがあったのかもね。

伊野:カメラオブスクラが発明されて何百年も経ってますしね。

南伸坊画 「市川右太衛門と壊れた拡大器」

南伸坊画 「市川右太衛門と壊れた拡大器」


 
伸坊:写真があってそれを拡大するってのは、こういう装置の方が簡単だよね、レンズを使って映写する、今でいうプロジェクターみたいなのは簡単には手に入らないし。それで拡大できたとするじゃない、まず輪郭はそのまんま取れたとして、でもその間のハーフトーンを描いていくテクニックなんだよね、みんなが感心しちゃうのは。

編集部:技術的に難しいのは、間を埋めていく作業なんですね。

伊野:そうなんですよ、輪郭が取れたからって、その間を塗っていく方がよっぽど大変ですよ。当時の画家はカメラオブスクラを仕事道具として、みんな使ってたわけだから、それは当たり前の装置だったと言えますね。

伸坊:むしろ、もともと描ける人がスピードアップする目的だったんだろうね。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチ*9みたいな人は自分の目で見て自分の手で描いて、それで正確なデッサンが出来ちゃったわけじゃない。そういう人が、自分よりへたな人たちのために「こうすればうまく描ける」ってのを考えたのが透視図法なんじゃないかと思うんだよね。

伊野:なるほど。ちなみに去年、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵が1枚だけ来てる展覧会に行ったんですよ。出品作品はお弟子さんたちの絵で水増ししてあったんですが、レオナルドの弟子がみんなすげぇへたくそで驚きました。師匠の発明を生かし切れてなかったのかなあ。

カメラオブスクラを使うとスピードアップ出来るということで言えば、カラヴァッジョ*10は仕事が早そうですね。素描が1点も残ってないのがカメラオブスクラの使用を裏付けてるんですが、あの人は喧嘩もいっぱいやるし、人は殺しちゃうわ、警察に追われるしで、よくあれだけの枚数残せたなと思います。画面は黒で塗りつぶしてあるところが多いですね。あれは早描きのためっていうのと……。

伸坊:あれは背景を描かなくてもいいっていうか、黒ベタにするとくっきりするから。

伊野:そう、劇的な光と影の演出効果を思いついたんですね。それはカメラオブスクラを使ったから思いついたのかもしれない。

伸坊:強い光が必要なんです。だから、室内の静物を描きたい時も太陽の光で照らさないといけない、しかも強烈な日差しの時に。外に置いて、で、いわばカメラの中のフィルムに当たる場所に画家がいる。

伊野:実際、ホックニーの実験を見ると暗いところで描いてますね。カメラオブスクラを使って描いた肖像画はたいてい背景が黒かったりする。

僕は中学生の時にカラヴァッジオを見てものすごくうまいなって思ってたんですけど、大学の時にデレク・ジャーマン*11の「カラヴァッジオ」ていう映画を観た。そん時はカラヴァッジオはカメラオブスクラを使ってなかったんですよ(笑)。それでちゃんと描いてると思い込んじゃったんだ。

伸坊:あはは、デレク・ジャーマンだって知らないんだからしょうがない(笑)。

伊野孝行画 「レオナルド・ダ・ヴィンチの肖像」

伊野孝行画 「レオナルド・ダ・ヴィンチの肖像」


 

*9 レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519) イタリア・ルネッサンス期を代表する芸術家。画家として「モナ・リザ」「最後の晩餐」などの絵画のほか、多くのドローイングを残した。自然科学、解剖学、幾何学、物理化学、土木建築などさまざまな分野でも才能を発揮し、多くの手稿を残している。

*10 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラバッジョ(1571-1610) イタリア・バロック絵画の巨匠。徹底した写実描写と、ドラマチックな明暗表現で知られる。激しい気質でしばしば喧嘩事件を起こし、殺人を犯したり自らも重傷を負ったりした。恩赦を受けるためローマに向かう途上、熱病で38歳の若さで死去。

*11 デレク・ジャーマン(1942-94) 英国出身の映画監督。「カラバッジョ」は1986年の作品。94年にエイズで死去する前年にエイズをテーマにした「BLUE ブルー」を制作。ザ・スミスやペット・ショップ・ボーイズなどのミュージックビデオでも評価を受ける。

 

■完全に仕上げる前の「途中」がいいこともある

伊野:カメラオブスクラを使ってるめちゃめちゃ写実的な絵って、西洋にはいっぱいあるわけですよね。

伸坊:そう、イヤになるほどある(笑)。

伊野:そういう絵をいろいろ見た後にエル・グレコ*12なんかの、全く光学的装置を使ってない絵を見ると、「そうだよ、絵ってこういう気持ちのいいもんだよ!」って感じがして、それまでそんなでもなかったグレコが好きになりましたね。いつからか、西洋の絵画は写真的な図像の奴隷になり出した。

伸坊:それで言えば、印象派の人たちって、写真的に描くのが大前提で、それがないとアカデミーで認めてもらえないっていう時代の、そういう奴隷状態のストレスがあったんじゃないかな。

絵には「描いてる途中」があって、画家は描いてる途中の絵を見続けてるわけですよ。ササッと塗った跡が「あ、いいな」とか思うわけでしょ。でも、最終的に全部隅から隅までびっちりと、筆の跡も残さず滑らかに描いたものが正しい、それでなきゃ絵として認めないってなると、本当は途中の状態がよかったんだよなって後できっと思う。宗教画なんて、ここの色はこれでなきゃダメ、牧師の服とかこの色にしなきゃダメって決まってるからね。それを全部守らなきゃいけないっていうのは、描く方の立場からすると窮屈で、「いいじゃん、勝手に変えても」って思うじゃん。

赤瀬川(原平)さんはルーブルに行って、「中世は暗黒時代だ、ルネサンス*13は新しい芸術で素晴らしいものだ」って教えられたけど、暗黒時代の絵の方が面白いんだって言うんだよ。むしろルネサンス以降の絵の方が、ムダを排してテーマに絞って描いているから面白くない。中世の宗教画の、しかも無名な画家の絵なんかで、テーマと全然関係ない後ろの方に荷馬車に乗ってる農民とか、犬がいたりさ、そういうのがすごく楽しい(笑)。

伊野:うん、よく見ると面白いですよね。見に来てくれたからには絶対に楽しませて帰す、みたいな演歌歌手的サービス精神がいい(笑)。

みんなが知ってる聖書に出てくる場面を描くわけじゃないですか。次の世代の人もそれを描く。次の次の世代も同じものを描く。自分なりの何かを入れたいと考えた時に、ここは動かせないというのがあるから、あんまり関係のないところで面白い工夫が入るんでしょうかね。

伸坊:みんな、言われた通りにだけやるんじゃつまんないんだよね。自分が描きたいものを描きたい。職人だってそうだよね、余計なことをしたい(笑)。

伊野:しかし、どうして西洋では写実的な絵が発達していったんですかね。それまでは西洋だって素朴な絵を描いていたのに。「神の創りたもうたものは全てそっくりに描かねばならぬ」とかそういうのがあるんでしょうか。

西洋古典絵画の世界では宗教画、歴史画が一番エラいとされてて、そこで勝負しないといけないから、どんどん写実的な画力の競い合いをやんなきゃいけない状況になっていったのかもしれませんけど。

伸坊:レオナルド・ダ・ヴィンチが「元凶」かもね(笑)。あそこまで描けるんなら、クライアントは描いて欲しいでしょ。油絵具が発明されて、レオナルドも初めはそんなにうまく使えなかったりなんだけど、「モナ・リザ」でスフマート*14っていう薄〜く絵具を塗り重ねていく技法を発明する。油絵具って、微妙な陰影を割と簡単に作れるっていうことらしいですね。フレスコ画*15なんかだと、急いで描かなくちゃいけないからそこまでは出来なかった。

レオナルドやラファエロ*16がいて、最初に完成度の高いの作っちゃったから、もう前に戻るわけにはいかなくなっちゃったんだよ(笑)。発注する方は、このレベルを求めて来るだろうしさ。

伊野:そういう絵が教会の誰でも見れるところにありますからね。常に比べられちゃうんだ(笑)。

今年、ホックニーが『秘密の知識』に続く『絵画の歴史』っていう本を出したんですよ。今度は何が書いてあるのかな〜と楽しみしてたら、今回も、レンズを通して映し出された画像と絵の関係を主に語ってる本でした。

伸坊:面白かった?

伊野:うん、本は面白かったですよ。ていうか、西洋人にとっては「リアルな絵」っていう問題がよっぽど大きく横たわっているんだな〜って思いました。僕も写実や写生という教育は受けているけど、そこまで捉われていないというか。

伸坊:うん、そうね、いろいろあるもんな、日本は。

伊野:向こうではリアルな絵が美術館にいっぱいあるし。だから印象派が現れた時は、空が青く晴れ渡ったみたいな感じがあったんでしょうね。

(第3回③につづく)
 

*12 エル・グレコ(1541-1614) マニエリスムの画家。クレタ島(現ギリシャ領)出身で、ヴェネツィア、ローマでの活動を経てスペインに渡り、トレドで制作を行う。スペイン三大画家の一人とされ、トレド大聖堂の「聖衣剥奪」などが有名。

*13 ルネサンス 「再生・復興」を意味するフランス語で、古代ギリシャ・ローマ時代の芸術文化を理想とし、美術(絵画、彫刻)、建築、音楽、文学、哲学などあらゆる領域で新しい文化を創造しようという芸術運動。13世紀末に勃興し、15世紀〜16世紀半ばにかけてヨーロッパ各地で盛り上がりを見せる。イタリアでダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロが活躍した16世紀初頭を「盛期ルネッサンス」と呼び、ピークとされる。

*14 スフマート 「煙」「ぼかし」を意味するイタリア語で、肌などの表現で、深みやボリューム感を出すために柔らかな筆で薄い絵具層を重ねてぼかし、繊細な陰影をつける技法。

*17 フレスコ画 壁に石灰漆喰を塗り、乾かないうちに水で溶いた顔料で直接絵を描く絵画手法。石灰の層に顔料が浸透して、化学変化により漆喰が乾燥する際に一体化した堅牢な絵具層が形成される。

*16 ラファエロ・サンティ(1483-1520) 盛期ルネサンスを代表する画家。画家ペルジーノの工房で修行後、フィレンツェなどで活動したのち、ローマ教王ユリウス2世の招きでローマへ出て、宮廷画家としてヴァチカン宮殿のフレスコ画(いわゆるラファエロの間)など多数の作品を制作。37歳の若さで亡くなるが、大規模な工房を有していたため、死後に完成を見た作品も少なくない。


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino
ino_icon31971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami
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1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。
 
 
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