人間の目とカメラのレンズを通した図像はどう違うのか|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


 
─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第3回③ 人間の目とカメラのレンズを通した図像はどう違うのか


「イラストレーション」とは一体どんな「絵」なのか、
「イラスト」と「イラストレーション」、呼び方の違いに意味はあるのか。
有名なあの描き手はどんな人なのか、なぜあの絵を描いたのか、
この表現はどうやって生まれて来たのか……。

イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
ユル〜く、熱く語り合う、イラストレーションをめぐるよもやま話。

光学装置や写真を使えば「正確な図像」が得られるとはいえ、
人間の目には必ずしもその通りには見えていない、ではどう描くのか?

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■人の目は両眼、カメラは単眼

南伸坊(以下、伸坊):カメラで撮った写真を僕らはリアルなもんだと思っているけど、カメラってのは「片目」なんですよね。人間の目で見てる感じと写真が同じだと思わされちゃってるけど、そこがもう違う。「だって、写真はちゃんとそのまま写るじゃない」って昔はオレも思ってたんだけどね。

伊野孝行(以下、伊野):そう。どっか出かけて「わぁ〜キレイ!」って写真に撮って、撮れた写真を見ると「なんか違う」って、みんなそんな経験があると思いますよ。

伸坊:月がものすごく大きく見えてるから写真に撮ってみると、ウソみたいにちっちゃい。それは人間の目は月を大きく見てるってことでしょ。ものを見る時にいつも片目でじっと動かずに見てるかっていうと、そんなわけなくて、目が二つあって、立体視をしながら、しかも絶えず動きながら見てる。写真が正確だっていうのは、三脚に括りつけられて片目で見ている人の見え方なんです。人間の目は、見ようとするとそこにピントが来る。興味があるものを大きく見てる。

伊野:絶えず視線はキョロキョロ動いてるし、実際に見ていないところも雰囲気として感じ取っているってのが本当のリアルなわけでね。19世紀に写真が登場した時から、人々は初めて瞬間的にパッと切り取った画を見たわけじゃないですか。それまでもリアルな絵はいっぱいあったけど、それは何カ月もかけて描かれたもので、瞬間を切り取った絵とは違う。

僕たちは写真に撮られたものが現実だと思い込んで見てるけど、当時の人たちは写真をどう見てたんでしょうか。普段目で見ているものとはちょっと違うぞ、という感覚は当時の人の方が持っていたかもしれない。

伸坊:知らないうちに学習させられてたんだね。木村恒久*17さんの話で面白かったのは、映画を観たことがない原住民に「手を洗う」ことの重要性を教える映画を作って見せたんだって。出て来るのはその村の人。キレイな水を汲むところから始めて、もうコンセツテイネイに手を洗う映像を見せる。見終わってどうだったか感想を聞くと、「アイツの後ろをニワトリが横切った」「そうそう、オレも見た」って(笑)。オレたちは映画の作り手が何を見せたいかって分かっちゃう、「ああ、手を洗えってことネ」って。それは映画の文法が分かってるからなんですよ。

「写真のように見ている」って当たり前だろって、今でも思っちゃうと思うんだけど、ずっと習わぬ経を読むみたいに思い込んでた。セザンヌ*18が(パースを歪めたり)変なことをし出したのは、そこに違和感があったってことなのかな。

伊野:セザンヌはサロンの画家のようには写実的に描けなかったのか、描かなかったのか。違和感にいち早く気づいたのはすごいですよね。

伸坊:マネ*19とかはうまいじゃない、いわゆる写実的な絵を苦もなく描いてる。あるいはマネは「画家の秘密」を知っていて、セザンヌは知らなかったって可能性もある。リンゴの実があって、上の方から軸が出てて下の方はこうなってるって知ってるから、それを描きたい。ある一点からだけ片目で見たところをどうしてもを描きたいとは思わない。

ポール・セザンヌ「果物籠のある静物画」(オルセー美術館所蔵/1888-90年)︎©Musée d'Orsay

ポール・セザンヌ「果物籠のある静物画」(オルセー美術館所蔵/1888-90年)︎©Musée d’Orsay


*17 木村恒久(1928-2008) グラフィックデザイナー。大阪でデザイン活動を始め、1960年上京し、日本デザインセンター設立に参加。64年独立。フォト・モンタージュによるパロディー作品を多数制作した。

*18 ポール・セザンヌ(1839-1906) 初期は印象派グループの一員として活動、のちに独自の画法を追求する。サロンでは落選を繰り返し評価されなかったが、同時代の若手画家からは絶大な支持を集めた。キュビスムなど20世紀の絵画にも大きな影響を与え、「近代絵画の父」と呼ばれる。

*19 エデゥアール・マネ(1832—83) スペイン写実主義に傾倒し写実表現に取り組むが、スキャンダラスな画題がしばしば批判の対象となった。マネを慕って彼のアトリエに出入りした若手画家のグループ(バティニョール派)がやがて印象派に発展したが、マネ自身は印象派展には参加せずサロンでの成功を目指した。

 

■パースを歪めて描くということ

伊野:キュビスム*20の説明で「いろんな視点から見たものを一つの画面の中に描いている」みたいなことがよく書いてあるけど、なんか難しい説明だなって……。

伸坊:そうそう、無理あるよな、あの説明は。簡単なことを説明しようとすると、かえって難しくなるんだ。普通ならこういう風に描きたいってことだと思うんだけどね。

伊野:カラヴァッジョの絵をよく見ると、人の視点が合ってなきゃいけないのに合ってなかったり、こっちを指差してるのに目は違うところを見てたり、ズレてるところがけっこうあるんです。それはカメラオブスクラを複数回使って描くと、どうしてもズレが出来ちゃうみたいんなんですよね。

光学装置を使い出したと言われている北方ルネサンス*21の時代にまで戻ると、ヤン・ファン・エイク*22の作品なんか、それこそ1枚の絵にいろんな視点が入ってるんですよ。つまり写真みたいに一つのレンズで撮った感じでは全然ない。人間はいろんな視点からものを見ているので、ある意味、北方ルネサンスの頃の絵って人間の目のリアルに近いのかもしれない。キュビスムは一つの視点から描かれた絵画の歴史への対抗だっていうけど、もともと絵は一つの視点から描かれてなかったわけですよね。

伸坊:そうそう、ファン・エイクの絵とかカンペキに写実的なんだけど、写真とはな〜んか違うって、それは分かるよね。でも、自然に見える気もする。キュビスムとかって、さすがにこういう風には見えてないからさ、え〜って思うよ(笑)、ムリムリだよ。

伊野:そう、キュビスムは頭の中で進めた理屈っぽい芸術だと思いますね。なぜかっていうと、セザンヌが「自然を円筒、球、円錐として捉える」って言った難解な言葉を、そのままモロに真に受けたような絵なんだもん(笑)。言葉から生まれた流派ですよ。

でも、それまでの絵画の奥行きや立体感を否定しても、ピカソやジョルジュ・ブラック*23のキュビスムはやっぱり奥行きとか立体感があるんですよね。東郷青児が描いたのなんかは単なるキュビスム風の模様でしかない。立体感から逃れるためにそうしたんじゃなくて、模様。

伸坊:「理屈っぽい」ってのは言えてるネ。日本人は始めっからそんなに理屈で絵は描いてないからさ、ああいう絵を描くってものすごく変なことやってるんだって、なんでそんなことするの? って、日本人には分からないよね。

伊野:もしかすると、体質的には未だに分かってないかもしれないですね。

伸坊:分かってない。萬鉄五郎*24がキュビスムを早々と取り込むんだけど、ものすごく無理してるのが絵に出てる。

伊野:でも、萬鉄五郎の絵は僕は全体的に好きなんですよ。この前、葉山の神奈川県立近代美術館で展覧会があって初めて全貌を見たんですが、有名な代表作の『裸体美人』ていうのもあって……。

伸坊:卒業制作のやつね、オレも好きだよ。

南伸坊模写 萬鉄五郎「裸体美人」

南伸坊模写 萬鉄五郎「裸体美人」


 
伊野:そう、卒業制作なんですよね、あれ。萬鉄五郎はあまりにも素直にいろんなものの影響を受けちゃうの。フォーヴィスムが流行ればフォーヴィスムを描くし、キュビスムが流行ればキュビスムを描く。でも、その影響受けまくりなのもイヤな感じがしないっていうか、なんかかわいいって思っちゃう。なんでだろ。

伸坊:やっぱり新しいことを最初にやりたいって気持ちが分かるからだろうね。

伊野:もともと色感いいし、デッサンもうまいし、絵のセンスは相当高い人なんだと思う。

伸坊:学生の時のデッサン、めちゃくちゃうまいよね。デッサンうまいのに、なんとかしないとってねじ曲げるんだよ。そのねじ曲げ方がすごい。模写してみたんだけど、笑っちゃうぐらい歪めてる。でもふざけてるわけじゃないんだ、真摯にねじ曲げてるんだ(笑)。

伊野:そこがかわいいのかも、一生懸命、真摯なところが。明治以降の日本には、次から次へと西洋の新しいことが入って来ましたからね。しかも順を追って入ってくるわけじゃなくて、順番めちゃくちゃに一気にいろいろ入ってきた。

高橋由一の次の世代の原田直次郎は、実際留学もしたし、「靴屋の阿爺」っていう絵は西洋人に全然引けを取らない。すごくうまくて、まるで西洋人の巨匠が描いたみたい。でもそれはそれで、僕にとっては面白くないんですよね(笑)。

伸坊:創意工夫かな、そこに感じるのかな。

伊野:その後の岸田劉生になると、表現は写実的なんだけど形が歪んで来て、「麗子像」はほとんど座敷童みたいな風貌になってる。日本でもすぐに「写実」っていうのがそのまま主題にはならない時代になっちゃったんですね。
絵画の流行と無関係にずっと写実をやってた人って、高島野十朗*25とか、長谷川潾二郎*26とか。変わり者扱いされていた人ですね。

伸坊:劉生の歪んでる写実もいいよなぁ。あの、メガネかけてるヒゲのおじさんの絵(「近藤医学博士之像」/1925年)、好きなんだよ。それから長谷川潾二郎、いいよね。好きだなあ。

伊野:そう、長谷川潾二郎は僕も大好きです。そんなに写実的ではないけど、見たものを描くっていうのにずっとこだわってる。

『長谷川潾二郎図画集 静かな奇譚』(土方明司監修/求龍堂/2010年) 2010年に開催された「平明・静謐・孤高−長谷川潾二郎」展の公式図録

『長谷川潾二郎図画集 静かな奇譚』(土方明司監修/求龍堂/2010年)
2010年に開催された「平明・静謐・孤高−長谷川潾二郎」展の公式図録



*20 キュビスム ピカソとブラックが創始した、20世紀における大きな絵画ムーブメントの一つ。一つの視点に基づく1点透視図法による絵画に対し、物をさまざまな角度から見た形・要素を描くことで、独特の立体感を持つ抽象的な表現となる。

*21 北方ルネサンス イタリア以外、ネーデルラント(オランダ地方)やドイツ、フランス、イングランド、ポーランドなどで展開されたルネサンス運動を指す。北方ルネサンス絵画は、イタリアの影響を受けつつも独自の発展を遂げた。ファン・エイクら初期フランドル派画家やドイツのアルブレヒト・デューラーは、自然主義に基づいた緻密な観察による写実画を描いた。

*22 ヤン・ファン・エイク(1395—1441) オランダの代表的な画家。写本の装飾画家としてスタートしたと言われ、宮廷画家として活動する以外に、市井の人々からの注文も受けて描いていた。それまでの油絵具を改良し、油彩画技法を確立した画家としても知られる。

*23 ジョルジュ・ブラック(1882-1963) フランスの画家。初期はマティスに影響を受けていたが、1907年にセザンヌの回顧展を見て深く傾倒し、同じ年にピカソの「アビニヨンの娘たち」を見て衝撃を受ける。当初はこの作品に批判的だったが、その試みの重要性に気づき、ピカソと共同作業に取り組みキュビスムを創始した。

*24 萬鉄五郎(1885-1927) 岸田劉生らの「フュウザン会」に参加、後期印象派やフォーヴィスム、中でもゴッホやマティスの影響を強く受けた。アカデミック一辺倒だった日本画壇にあって、フォーヴィスムやキュビスムを取り入れた作品を発表するが、41歳の若さで病没。

*25 高島野十郎(1890-1975) 東京帝国大学農学部水産学科在学中より独学で絵画を始める。1929年に渡欧、ドイツ、イタリア、フランスを回る。画壇とも距離を置き、個展のみを発表の場とした孤高の画家として知られる。風景や静物などを徹底した写実による細密描写が特徴。

*26 長谷川潾二郎(1904-88) 画壇とは一切関わりを持たず、身の回りの物や風景を時間をかけて細密なタッチで描いた。寡作であるが、愛猫を描いた「猫」が有名。この猫の片方のヒゲがないのは、描いている途中で猫が死んだためとされる。兄は「丹下左膳」で知られる作家の林不忘で、自身も地味井平蔵の名で探偵小説を書いている。

 

■写真そっくりな絵に驚きはするけれど

伊野:芸術の歴史ってそういう意味でなんか不自由な感じがしますね。誰かが1回やったことはやっても仕方ないみたいな。その点、イラストレーションは自由というか、節操がないというか(笑)。逆にイラストレーションでは新しい写実的な表現が1970〜1980年代に盛り上がりますよね。滝野晴夫*27さんとか。山口はるみさんやペーター佐藤*28さんがエアブラシを使ったのは、リアルの新しい展開ですよね。

伸坊:確かに、イラストレーションは芸術の歴史のどこにタイムスリップしたって自由なんだ。エアブラシの技法って、昔からピンナップガールの絵とか、レンダリングって自動車とか工業製品の広告なんかに使われてたのを、新しいジャンルに持って来たってことだろうね。

伊野:今ネットでリアルな絵ってめちゃくちゃ人気があるんですよ。SNSで時々流れてくる鉛筆だけで描いた絵とかに、万単位で「いいね!」がついてますからね。1週間くらいかけて描いた絵を30秒ぐらいの動画にしてあって、まあ、つい見ちゃうけど。でもそういう絵って、ただ写真そっくりってだけなんですよね(笑)。さっきまでしゃべってた試行錯誤とか、写真と絵の関係性を考えるみたいなことは一切抜きに、完全にただの写真なんです。

伸坊:アハハ、それはもう拡大器屋さんの世界ですよ。素直な感想じゃないの?

伊野:そう、素直だと思いますよ。いつも自分の絵には五つくらいしか「いいね!」がつかないからさぁ、悔しくて(笑)。一度でいいから人心をつかみたいですよ。ま、「超絶技巧」とかもそうだけど、100人が見れば100人ともすごいと思いますもの、我々だって。

伸坊:思うよね。自分じゃ出来ない(笑)。

伊野:写真のように写実的であってもいいんですよ。でも、そっくりなことにビックリした驚きは、わりと早くに過ぎ去っちゃうものなんですよね。それが過ぎ去った後に何が来るのか。別の驚きを絵の中に用意していないとね。

伸坊:写実的な絵がいかにつまらないかを実感するには、とにかくいっぱい見ればいいんですよ。いっぱい見ると「つまんないんだー」って、よく分かる(笑)。

伊野:ハハハ、日本の美術館には写実的な絵が西洋みたいにいっぱいないから、うんざりしないのかもしれないですね。
 

27 滝野晴夫(1944-) 旭通信社などを経て1970年よりフリー。70〜80年代のスーパーリアル・イラストレーションブームの牽引者の一人。日宣美特選。代表的な仕事は映画「地獄の黙示録」ポスターなど。

28 ペーター佐藤(1945-94) 1970年代はエアブラシを使った近未来的イメージのイラストレーションを手がけ、国内外で高い評価を受ける。80年頃よりパステルを用いたポートレートを中心に制作、スターや子供をモチーフにした作品で絶大な人気を得た。94年肺炎のため49歳で急逝。

 

■リアルな絵が教科書に載っていなかった

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伸坊:オレが子供の時に拡大器使って片岡千恵蔵とか石原裕次郎とか描きたいって思った時に、そういう絵を美術の時間には全然教えてくれないわけよ。つまり、オレたちが子供の頃の美術の教科書には写実的な絵が載っていないの。

伊野:へえー、じゃあどういう絵が載っていたんですか?

伸坊:印象派とか、印象派以降だったんじゃないかな。

伊野:僕の頃は当然、それ以前の絵も入ってましたけども。具体的には?

伸坊:裸婦の絵とか、全然色っぽくない「裸のオバさん」。

伊野:裸のオバさん(笑)。

伸坊:いわゆる印象派風の崩れた人物画、絵ってそういうものなんだって感じなんだよ。

伊野:で、印象派から始まって、その後はシュルレアリスム*29とかは入ってたんですか?

伸坊:シュルレアリスムは入ってた。ダリ*30の「内乱の予感」一本槍だけど。

伊野:それって、教科書としては狭すぎませんか?(笑)

伸坊:ものすっごく狭い。いきなり縄文時代の土器とかで始まったりね。高橋由一の絵なんかは美術の教科書にはなかったな。歴史の教科書とかで見た気がする。あんまり細かく覚えてないんだけど、あっ、シャルダン*31の静物画とかあったか。

伊野:じゃあ、そっくりに描かれた絵に飢えていたということですか。

伸坊:それはあるんじゃない。だから夜店の拡大器屋さんの絵がカッコいいと思った。


*29 シュルレアリスム 芸術・思想運動の一つで、フランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱。「超現実主義」の意で、現実離れした「シュール」という言葉の語源にもなっている。画家ではザルバドール・ダリやルネ・マグリット、マックス・エルンスト、ポール・デルヴォーなどが参加している。

*30 サルバドール・ダリ(1905-89) スペイン出身の20世紀を代表する画家。シュルレアリスム運動に参加、「偏執狂的批判的方法」(Paranoiac-Critical Method)による心象風景を描いた作品や、一つのものを二つに見立てるダブルイメージなどで知られる。油絵の他に版画や挿絵、映像作品など、多岐にわたる制作活動を行う。

*31 ジャン・シオメン・シャルダン(1699-1779) フランスの画家で、当時全盛だったロココ様式とは一線を画した穏やかな画風で、一般市民の暮らしや静物画などを写実的に描いた。

 

■古いものはダメ、という時代

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伊野:こういう話をすると、やっぱり伸坊さんとは歳が離れてると実感しますね〜。実際うちの母親の一個上だからなぁ(笑)。

伸坊:そう、歳離れてんだよなあ(笑)。僕らが高校だった1960年代は、とにかく新しく新しく、っていう時代だった。音楽に関しては歌謡曲も浪曲もあったけどさ、それはジジイが聴くもんだと思ってた。伊野君みたいな自由さがないんだ。もうアメリカ、アメリカで、ポップでシュールでってカンジ。美術でもデザインでも写真でも、流行ってるものはイイ、デザインとか写真は1年経ったらもう古い。古本屋で1年か2年か前の写真雑誌なんかを見ると実際すごく古い。

美術教育も、僕らの上の世代は、お手本があってそれにそっくりに描く、というのがあった。横尾(忠則)さんなんかはそうやって描いてたわけでしょ。それが戦後の民主主義でダメってことになっちゃった、個性尊重だから。子供は子供らしい自由な絵を描けと。子供の間ではさ、軍艦や飛行機そっくりに描けるやつはスターなんだけど。でもそいつは、図工の時間にそういうの描くとダメ出しされちゃう。

伊野:そうなんですよ。僕も漫画のキャラクターは得意だったから、スターだったんだけど絵画コンクールになるとまったくダメだったんです。で、僕の妹は絵画コンクールではすごい評価されていて、伊野家では僕より妹の方が絵の才能があるってことになってましたね。そこを乗り越えて今がある(笑)。

伸坊:偏向してたんだね。いろいろな絵があってそれぞれにいいところがあるんだって思えるようになったのって、つい最近ですよね。やっぱり新しいとか古いとかって、今でも思うしね。オレもう70歳だから、70のオジイサンが新しいつもりで絵を描いたって古いんだろうけど(笑)。

自分が若い時のことを考えるとさ、前回話題になった河野鷹思さんの若い頃の絵のよさとか全然知らなくて。『アイデア』って雑誌の編集主幹だったから、河野さんの絵がいつもいいところに載ってるんだ。「なんだこれ、古いなぁ」って思ったもんね。名前が印象的だから覚えてたけど、何も尊敬してなかったです。『青春図會』って本を後年見てからですよ。こういう本がもっと前に出てればよかったのにって思ったけど、でも若い時に見たからってその時にいいと思ったかどうかは分からないけどね。

伊野:河野鷹思さんが古くなっちゃったのは、戦争を挟んでるせいなんですかね……。

伸坊:だけど、戦争挟んでるたってそんなに長くはないしなぁ。時代なんだね。とにかく古いのはダメっていう時代だった。

伊野:僕は伸坊さんと二回り違って、和田誠さんとはさらに10歳くらい離れていますけど、同じ価値観の中で生きている感じがするんですよね。これが戦争を挟んだ世代だとそういう感覚にはならないですよね。

伸坊:あー、それはあるかもね。

伊野:「子供らしい絵」を描かせるようになったという話に戻りますけど、やっぱり低学年くらいの子供の絵っていいですよね。

伸坊:そう、いいの。だけどそのよさは子供のときには分からない。

伊野:戦後になって子供の絵のよさが知られるようになったのかもしれない。浮世絵師に弟子入りしたら「子供らしい絵」なんて描いていられないですよね(笑)。ちゃんとお手本見て描かないといけないから。そこから修行している人には、技術的には全然敵わない。だから昔の絵描きの方が絵は上手いんですよ。今は子供の頃に浮世絵師に弟子入りするような環境もないし、いまだに僕、水墨画ってどうやって描くのか分からないですもん。日本人なのに。

だけど石膏デッサンはみんなやってるんだ。黒田清輝が美術教育に持ち込んだやつ。明治時代は西欧列強に追いつき追い越せで、あらゆる分野での西洋化は致し方ない事情があったと思うんですが。今現在に至っても、なんで美大入試において石膏デッサンという「壁」があるんだろうって。伸坊さんはその弊害で2浪したわけですね(笑)。

伸坊:いや、3浪した(笑)。まぁ、藝大に落ちたのは結果的にそれはよかったんだけどネ。

伊野:そうですよね、美学校に行って赤瀬川さんと出会えたわけですし。僕も石膏デッサンを勉強してなかったから、ハナから美大に行くのはあきらめてました。それで、入試のないセツ・モードセミナーに入って長沢節*32に出会えたのはよかった。ちなみにセツは入試はないんだけど、入学希望者が多い場合はクジ引きがあって、一応僕は1回クジに外れて1浪して入ったんです(笑)。

ところで、デッサンを始めた頃はそのデッサンが本人に似るって説があるみたいですけど、伸坊さんが一番最初に描いた石膏デッサンのビーナスがエラ張ってた、って話は本当ですか(笑)?

伸坊:うん、その傾向はあるんだよ、初心者の石膏デッサンは本人に似る。

伊野:見たかったな、そのビーナス(笑)。しかし、なかなか話が「リアル・イラストレーション」に進まないですね(苦笑)。

編集部:まぁ、それは順を追って話して行くということで。

(第4回は12月中旬公開予定です)


*32 長沢節(1917-99) 水彩画家として活動を始め、イラストレーター、デザイナーとして活動。日本におけるスタイル画の草分け的存在で、1954年に節スタイル画教室(のちのセツ・モードセミナー)を開設、多くのイラストレーター、ファッションデザイナーを輩出した。エッセイスト、ファッション・映画の評論でも活躍した。


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino
ino_icon31971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami
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1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。
 
 
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