第4回① 段取りを踏んでいけば写実的な絵は描けるようになる!?|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


 
─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第4回① 段取りを踏んでいけば写実的な絵は描けるようになる!?


「イラストレーション」とは一体どんな「絵」なのか。
有名なあの描き手はどんな人なのか、なぜあの絵を描いたのか、
この表現はどうやって生まれて来たのか……。

イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションの現在過去未来と、そこに隣接するアートやデザイン、
コミックなどについてユル〜く、熱く語り合う、連続対談。

前回に続いて「写実的に描く」をテーマに、写真登場後の表現技術や
人はなぜリアルな絵に惹かれるのか、という話題に進んでいきます。


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■見る側も驚きを求めている

南伸坊(以下、伸坊):今でもリアルな絵は人気あるよね。美術の歴史の中では、印象派から始まってどんどん抽象まで行っちゃったわけだけど、それは美術界の狭い世界での話で、一般人には関係ないんですよ。本物そっくりな絵に人気があって当然なの。オレたちだってなんだかんだ、写真みたいにリアルに描いてある絵があったら「オッ」て見るじゃない。それはなんでかって話だけど。

伊野孝行(以下、伊野):ほうほう、なんでですかねえ。

伸坊: いやいや単純にさ、人間の手で描いてるからでしょ。「どうやって描いたんだろ」「手でこんなとこまで描けるんだ」って。絵って見せ物じゃない? それで手品みたいなもんなんだよ。そっくりなら写真だってそっくりだけど、写真見て「本物そっくり」って言わないじゃない。

伊野: 写真は単なる機械ですからね。めっちゃリアルな写真みたいな絵って、その人間離れした技に驚いてるんですね。こいつぁ人間じゃねえ、まるでマシンだぜ、って。でも、逆にここまで写真に近づけるんなら、写真に「人間の手で描かれています」とキャプション(注釈)つけておけばいいかなって思うけど(笑)。

伸坊: 「なんでこれがいきなり描けるのか」でも、「実は写真使って描いてるんですよ」って言ったら、なんだ写真かってものすごくガッカリすると思うんですよ。普通の人は。

伊野: そうそう、いきなり描いたと思っちゃってた。だから、「秘密の知識」にしておかなければならなかったんですね。

カメラオブスクラの画像は写真みたいに止まっているわけではないから、今の人が写真を利用して絵を描くのに比べて、はるかに手間がかかったでしょうね。ホックニーの本には、当時の画家のアトリエはハリウッドのスタジオみたいな場所だっただろうって書いてありました。リアルはそこで作られていた。映画のメイキング映像には映画のスクリーンに映っているイリュージョンは当然ない、みたいなもんで、現場は段取りの世界ですもんね。

伸坊: 段取りしてるとこ見せたら驚かれない。手品師は観客があっち向いてるスキに何か取り出したりさ、「間を抜いて」驚かすわけでしょ。タネがあるんだろうと思っても、ほとんどの人には分からない。手品師にダマされたとしても、それが楽しいわけだよね。絵にもそういうところがあるんじゃない? 絵具がまだらに塗ってあって、ただ色を置いてるだけなのにそこから光が出てるように見える、透明のガラスとかピカピカの銀の器とか、そっくりだよって。

伊野: レンブラント*1とかベラスケス*2は、筆跡をけっこう残しているじゃないですか。だから、近づいて見るとそれが分かるけど、離れると分からない。同時に両方味わえるというか、「絵ってこうなんだな」というのが逆に種明かしをされているようで……。

伸坊: その方がさらに面白い。

伊野: そうそう。でも、そういう写実的なことで驚かそうとすることを全然していない我々は逆にエライですよね(笑)。

伸坊: アハハ、何らかの形で驚かそうとするのは、サービスだよね。それも絵を見る楽しみだってことじゃないかな。
 

■西洋だって東洋やアフリカの影響を受けている

伊野: 黒田清輝は、それまでの高橋由一みたいな暗いヤニのような色ばっかりだった日本の油絵に、「外光派」*3と呼ばれる明るい光をもたらした人と言われますが、去年の東京藝術大学美術館でやってた黒田清輝の生誕150年展を観に行ったら、代表作の「湖畔」とか「読書」はまあまあ明るいけど、それ以外のはたいして明るくない。切れかけの蛍光灯くらいはありましたけど(笑)。それに一つのトーンでまとめることは出来るんですけど、印象派みたいに隣り合った色の対比で見せる、みたいなことが出来ない。色彩の画家ではなかったですね。

黒田清輝の先生がラファエル・コラン*4っていう画家で、会場にも並んでたんですが、コランの絵は、若くて可愛い女の子に人工的な光がピカピカ当てられたようなのばかりで、ワット数はかなり高いけど、これを「外光派」って言うのかなあ、って頭の中から思わず「?」マークが出てきちゃいましたね。

伸坊: ラファエル・コラン、俗っぽい絵だったね。

伊野孝行画 「黒田清輝の肖像」

伊野孝行画 「黒田清輝の肖像」


 

伊野: 黒田清輝は日本に戻ると「オレは本場を知ってるぞ」って顔をするじゃないですか。

伸坊: 本人がそう言う前に、周囲から「本場を知ってる人」として扱われるって環境もあったと思いますね。とにかくあの頃の日本人、めちゃくちゃ自信なくなってたんだよね。いきなり黒船が来てどやされちゃった、みたいなね。で、とにかく何でも西洋のものならエライってなっちゃった。それがすごく残念なんだけど。戦国時代なんか、例えば織田信長とかさ、ただ珍しもん好き、新しもん好きじゃない。「おお、変わってんなあ、いいじゃん」ってノリでしょ。どやされてないからさ。高橋由一も西洋の美術を「変なもの」「珍しいもの」として面白がってた感じするよね。

伊野: まだ「南蛮渡来」気分が残ってましたかね。

伸坊: そうそう、むこうだって浮世絵見てびっくりしてんだから。そういう意味では対等だと思うけど、なんか武力とかでおどかされちゃうと劣等感を感じちゃうって、つまんないよね。

伊野: 近代化という点では、むこうの方が進んでる部分が相当あったわけですが、絵に関しては、後で分かるように、むしろ日本の絵の方が先に行ってるとこもあったわけでね。

伸坊: 外国のを見ていいなって思うのはいいけど、それがよくて今まで描いて来たのは全然ダメだったって思っちゃうのが情ない。ものすごく面白いことやってたんだしさ。

伊野: むこうは日本の浮世絵の素晴らしさを知って、今まで自分たちが描いてきた絵を否定したわけじゃなくて、変化させたんですよね。

伸坊: あー、そうだね。今までやって来たことの締め付けがイヤだと思ってたけど、そこから出られなかったわけでしょ。いろんな絵を見て新しいと思ったり、アフリカの彫刻めちゃめちゃ自由にやってるよなとか。別に自由にやってるとかじゃないと思うんだけどさ、それぞれのやり方で作って来て、どっちがエライとかじゃない。みんな影響され合って面白いものが出来ていくわけだよね。

伊野: ちょうど西洋が世界を支配しだした時に重なったから、美術史は西洋を中心に書かれ、日本美術やアフリカ美術は周辺のものとして登場する。西洋美術史はアートの文脈を生み出す一つの軸でもありますしね。今度は中国が世界を支配しだしたら、また美術史も書き換えられるかもですね、4000年前にさかのぼって(笑)。

力関係は別にして、絵描きは常にヒントを探してるから、向こうが日本やアフリカのものを、こっちが西洋のものを取り込んでいくのは自然なことですね。

伸坊: 実際に描いている人たちは、自然にリスペクトする気持ちってあると思うよね。プロが素人の絵をいいなって思うのだって、「こういう風には描けない」って感じるからで、どうしたら描けるだろうって考えるわけでしょ。


*1 レンブラント・ファン・レイン(1606-69) オランダのバロック絵画を代表する画家の一人。背景を暗く落とし、人物にスポットライトを当てたような明暗対比で「光の魔術師」と呼ばれた。物語性を加えた画面構成が特徴的で、肖像画家として成功を収めるが、晩年は経済的に困窮した。銅版画や素描も多数残した。

*2 ディエゴ・ベラスケス(1599-1660) バロック期のスペインで宮廷画家として活躍。徹底した観察力により、人物の内面までを描いた。素早い筆運びによる荒々しいタッチだが、離れて見ると衣服や装飾品が立体的に見える写実表現が特徴で、彼を「画家の中の画家」と評したマネをはじめ、印象派画家にも多大な影響を与えた。

*3 外光派 19世紀に台頭した、スケッチから完成まで戸外で描き、自然光の色彩や空気感を表現した画家たちを指す。広義では印象派もこの中に含まれるが、自然下にはない明るい色を用いて光を表現し輪郭線を消した印象派に対し、その影響を受けつつも従来のアカデミックな描写技法を用いた画家たちを狭義の外光派と呼ぶ。

*4 ラファエル・コラン(1850-1916) フランスの画家。アカデミックな手法を骨格としながら、印象派や表現主義の影響を受けた折衷的なスタイルで、外光派の一人として活躍。黒田清輝や久米桂一郎などを指導し、日本の洋画に大きな影響を与えたが、母国ではほとんど忘れられた存在になっている。

 

■油絵で光を表現するのは実は簡単

伸坊: この間さ、「ゴッホ〜最期の手紙〜」*5っていう映画、全部油絵のコマで出来てるアニメーション、観てきた。

伊野: 僕はまだ観てないのですが、どうでした?

伸坊: なるほど! って思ったのは、グラスにワインを注いで飲んだりするシーンがさかんにあるんだけど、透明なグラスにワインが入ってるところとか、窓から太陽が射し込むみたいなのは、実写映像があるとすごくカンタンなんだなァって、あたりまえなんだけどさ。タッチはついてるけど、実写映像なぞってるわけでしょ。グラスの透明感とか光沢って、正しい位置にポツってタッチを置けば、一挙に感じが出る。動いたら、さらに物質感が出るんだ。

伊野: なるほど。動くと余計に、ってのは分かります。光り方って法則に従ってますもんね。でも、実写をもとに油絵に起こすとゴッホっぽさがなくなりますよね。そのへんどうしてるのかなって思うんですけど。

伸坊: まぁ、そこはしょうがないっていうか、映画にするためには、光の感じとか動きとかは犠牲に出来ないでしょ。

伊野: デフォルメされた形こそゴッホらしいとこなんだけどなー。予告編を観るとそうではないものがけっこうあったけど、全部ああいう感じにして欲しいなーって。

伸坊: ゴッホはなぞってないもんなあ(笑)。

伊野: ゴッホ映画といえば昔の「炎の人ゴッホ」という映画、アンソニー・クインがゴーギャン*6をやってて、いわゆる悪役っぽくは描かれてるんだけど、人間的に深みがあってすごくいいんですね。たしか助演男優賞獲ってるんですよね。主役のゴッホはカーク・ダグラスが演じてて、どっちもすごくそっくり。

伸坊: そう! 似てるんだ。オレあの映画観てないんだよなあ。

伊野: で、この映画で気になるところがあって、例えば、作中で再現されてるアルルでゴッホが住んでた部屋なんですが、壁も家具もベッドもみ〜んなゴッホの絵と同じ色で、形まで同じなんです(笑)。俳優もそっくりだけど、映画の中に出てくるものはみんな絵とそっくりに作ってあって。そうすると、ゴッホは、現実をそのまま描き写した、写実主義の人になっちゃう。

伸坊: アハハ、いいなあ(笑)。

伊野: ゴッホ好きとしては、今回の映画も観に行くつもりだけど、観る前の予想を裏切ってくれるかな……。

伸坊: 要所要所、ゴッホの絵で始まるみたいなところはあるよ。

「ゴッホ〜最後の手紙〜」 2017年/イギリス・ポーランド/96分/カラー/原題:LOVING VINCENT ©︎Loving Vincent Sp. z o.o/ Loving Vincent ltd.

「ゴッホ〜最後の手紙〜」 2017年/イギリス・ポーランド/96分/カラー/原題:LOVING VINCENT ©︎Loving Vincent Sp. z o.o/ Loving Vincent ltd.


*5 「ゴッホ〜最期の手紙〜」 実写映像をもとに、125人の画家たちにより描き起こされた6,250枚の油絵を使用したアニメーション映画。実写撮影時のセットなどはゴッホの絵世界に似せて作られたという。ゴッホの死の1年後、ゴッホの友人だった父からゴッホの手紙を託された青年が、その死の謎を解く旅に出る。2017年イギリス・ポーランド合作、ドロタ・コビエラ監督/脚本。www.gogh-movie.jp

*6 ポール・ゴーギャン(1848-1903) 後期印象派画家の一人。株式仲買人をしながら絵を描き始め、カミーユ・ピサロなど印象派画家たちと交流、サロン入選や印象派展出品を経て画業に専念。1888年にはゴッホと共同生活を始めるが、9週間で破綻。しかし手紙のやり取りはその後も続いた。91年から2度にわたりタヒチに滞在、現地人の暮らしを描いた代表作はこれ以降に描かれた。

 

■写真を使用せずに写真の存在を利用した絵もある

伊野: エドワード・ホッパー*7は写真を使って描いていないみたいなんですけど、印象はすごく写真的で、パッと切り取った「瞬間の世界」ですね。

伸坊: ああ、確かに、なんかちょっと違うね。どこが違うんだろう。

伊野: いいですよねー。スケッチから絵を始めてるんだけど、なぜか写真的な印象を与える。

伸坊: 雰囲気がある、描きたいものがあるよね。

伊野: 「写真が登場した」ことを利用していますよね。他の画家は写真が登場したことで、写実的に描くことから離れようとするんだけど、ホッパーは写真でしか得られない「瞬間」というものを絵に持ち込んだんじゃないでしょうかね。

伸坊: あの、ほら、えーっと、床削ってる絵の……。

伊野: ああ、印象派の……、カイユボット*8。大橋巨泉の本『知識ゼロからの印象派絵画入門』*9に出てくるんだけど、巨泉さんにはまったく評価されてないんですよ。「二流の画家だ」とか、「カイユボットに4ページ使うのはもったいない」とか(笑)。「床を削る人々」っていう絵がすごくいいんですね。

数年前に、カイユボットの展覧会やってて、観に行ったんですけど、小さい図版で見てると気にならないんだけど、近くで見ると形とかデッサンもおかしい。写真に基づいてるのに写真を利用してないんですかね?

伸坊: 展示には床の絵なかったね。カイユボットが描いた絵って、カメラを持ってたから出来たというか、カメラだから作れたアングルで、「絵になる」ところを見つけてる。あれが新しかったんだよね。

伊野: 2階から見下ろす、みたいな絵もありますね。そっか、写真が作るアングルで絵を描いてるんだ。

伸坊: あれはカメラ向けないと作れないアングルだよね。カイユボットはスケッチデッサンが残ってないっていうけど、そりゃ必要ないもんね。でもあの頃は、写真に色がなかったんだよね。ちゃんと色を再現してる。カイユボットの描法は現代イラストレーションに対して影響与えてますね。

伊野: へー、それはどういうところですか。

伸坊: 色の着け方だとか、絵肌の感じが油絵っていうよりイラストレーションの感じなんだ。ネットで図版、たくさん見ると分かる。

伊野: 確かにカイユボットの絵は、それまでの写実的な油絵とは全然違うものですよね。エドワード・ホッパーになるとイラストレーションへの影響はもっと直接的ですね。ホッパーの前にカイユボットがいる感じですかね。ホッパーはカイユボットに影響されてるのかな。二人とも題材の選び方はすごく面白い。
 

ギュスターヴ・カイユボット「床を削る人々」(オルセー美術館所蔵/1875年) ︎©Musée d'Orsay

ギュスターヴ・カイユボット「床を削る人々」(オルセー美術館所蔵/1875年) ︎©Musée d’Orsay


*7 エドワード・ホッパー(1882-1967) 20世紀アメリカを代表する画家。アメリカの都市や郊外、田園風景などを写実的なタッチで描き、明暗をはっきり分けたコントラストの強い画面は、都会の孤独や不安を表現し、アメリカ国民の高い支持を得た。活動初期には広告イラストレーションの仕事もしたが、本人はこの仕事を嫌っていた。

*8 ギュスターヴ・カイユボット(1848-94) 印象派画家の経済的支援者、印象派絵画の収集家として知られた。自身も印象派展に出品したが、子孫により作品が市場に出されたのは没後で、1960年代以降に正当な評価を得た。伝統的な写実描写に近い表現で、大胆なトリミングや極端なパースを用いた写真的な構図が特徴的。

*9 『知識ゼロからの印象派絵画入門』 幻冬舎から2013年刊行、挿絵を伊野孝行さんが担当した。放送作家/ジャズ評論家からタレント・司会業になった大橋巨泉(1934-2016)はセミリタイア宣言後、世界中の美術館を回って『大橋巨泉の美術鑑賞ノート』シリーズ(ダイヤモンド社)や本書などを著した。絵画について素人目線で、好き嫌いを含め本音で語られている。

 

■立体を平面に写す作業が難しい

伊野: リアルの絵が「リアルだからいい」だけで終わってると、何もグッと来ない。我々はへたな絵が好きですけど、「へただからいい」わけではないですもんね。

伸坊: ベン・シャーン*10は写真から「へた」に起こして面白い絵にしてるんだよね。その面白いとこがいいわけだから。子どもが描いた絵がみんないいかっていえばさ、やっぱり魅力的な絵もあればどうしようもないのもあるじゃない。

ラトゥール*11のろうそくの炎って、すごく感じが出てるじゃない。あれも、思えば光学装置のおかげだったかもしれないね。でもビックリしたと思うんだ、あれ初めて見た人は。目で見たものを画面に定着するのって、いろんな段階があって、3次元のものを平面に直すのは大変だけど、いったん平面になればそれを平面に引き写すのはそんなに難しくない。何が難しいかというと、人間は片目で定位置で動かないでいるってのは難しいから、同じように見てるつもりでもいちいち視点が変わっちゃう。人間の目は自由にピント調整も出来るし動いてもいけるから、逆に1枚の定着した絵を描こうとするとすごく難しい。それを無理やり何とかしようとするといろんなところで矛盾が起こる。そのむずかしさっていうのは、みんな絵を描く時に感じてると思うな。

秘密にされてた光学装置を使うってのも、今はもう秘密でもなんでもない。資料で写真を撮るって言ってるよ、みんな。でも写真に撮って、その写真より細かく描くって、それうれしいのかな(笑)。写真から写せば、もちろん手際はよくなる。手技の痕跡をなくす技術があれば、それこそ写真のように描ける。

南伸坊画 「写真を見て写真のように描いたトーマス・マン」

南伸坊画 「写真を見て写真のように描いたトーマス・マン」


 
伊野: 野田弘志*12さんっていう写実絵画で有名な人の本を読んだら「写真を使うと真のリアリズム絵画は描けない」みたいなことが書いてあったんですよ。でも、結局見た目が写真みたいな絵なんだから、写真を使えばすごく効率が上がると思うんだけど、タネも仕掛けもないんだって感じでしたね。とにかく「よく見る」ことだって。でもそのよく見るっていう意味が、人間の眼の気ままな性能を活かすって方向ではない気がするんですけどね。

さっき伸坊さんが言われたように、自分が見ている3次元を平面の2次元にしていくのは大変。眼とカメラではそもそも性能が違うから。カメラオブスクラがレンズを通して初めて3次元を2次元に変換して見せてくれたんですね。これはすごいことですよ。鏡の見え方ともまた違うし。鏡は平面だけど肉眼で見てるだけだから。

だから、カメラオブスクラは単に輪郭を写し取るための道具ではなくて、「見え方」までも変えてしまった驚異の道具だったわけですね。

(第4回②につづく)
 

*10 ベン・シャーン(1898-1969) リトアニア生まれ、アメリカで活動した画家。社会的なテーマを扱った作品を多数制作。1960年に来日し、第五福竜丸被曝事件をテーマに制作を行う。絵画のほか、ポスターや挿絵、写真などさまざまな分野で活動。特に独特の線で描かれたドローイング作品は、多くのイラストレーターに影響を与えた。

*11 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652) 暗い画面にろうそくや松明など単一の光源でモチーフを浮かび上がらせる作品が多く、「夜の画家」と呼ばれる。同じ画題と構図の作品を複数描いたことでも知られる。国王付画家の称号を得たが、没後は忘れられた存在となり、20世紀に入って再発見、再評価された。

*12 野田弘志(1936-) 東京藝術大学油画科で小磯良平に師事。1960年代はイラストレーターとして活動。1970年より画業に専念するが、その後もいくつか挿絵の仕事を手がけている。徹底した細密描写によるリアリズム表現で知られる。写真を「メモとして」使用することは認めつつ、初心者が写真を見て描くことには批判的な態度を取っている。


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino
04-ino-icon1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami
04-minami-icon1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。
 
 
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