第7回後編 面白いものは「編集」の発想の中から見つかる|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


 
─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第7回後編 面白いものは「編集」の発想の中から見つかる


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションの現在・過去・未来と、そこに隣接するアートやデザイン、
漫画などについてユル〜く、熱く語り合う、連続対談。

情報伝達の手段がテレビや雑誌からインターネット中心に移行して、
既存のメディアでなくても簡単に作品を発表することが出来る時代になった。

一方、情報が溢れる中で面白いものを作ったり見つけるためには
「編集する」という発想や視点を持つことが改めて重要になっている。

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第7回アイコン

■お金はないけど自由に表現できる場

南伸坊(以下、伸坊):アニメのオタクに聞いた話なんだけど、ヨーロッパとかで日本のアニメーションが今あんな風に持ち上げられて人気あるのは、むこうの深夜放送で日本のアニメをタダ同然でいっぱい流してたからだって言うんだよ。へぇーと思うじゃん、知らないから。ものすごく安く売ったことで、そういう展開になった。

伊野孝行(以下、伊野):海外の人が深夜にテレビつけていきなり日本のアニメやってたら、「なんだこれ?」って結構新鮮だったでしょうね。僕らの時は、夕方や深夜に昔の映画やドラマの再放送をよくやってました。それも安上がりだったからでしょうけど、自分にとっては新鮮でしたよ。僕が時代物を好きになったのも、完全に時代劇の再放送のせいだと思う。あと、深夜枠で変な番組もよくやってたし。

編集:テレビの深夜枠が拡大した1980年代以降、あえてオタク的な狭いところを狙った低予算番組が数多く作られて、そこから先鋭的なクリエイターたちが出て来ました。

伸坊:たまたまなのか、知恵者がいたのかもしれない。損して得を取れ、みたいな。もっと広く考えると、テレビの創成期とかって、別のところで失敗した人とか、得体のしれない馬の骨みたいなのをどんどんテレビ局が採用してたんだよね。そこで勝手なことやってたので面白かった。ところが、規模がどんどん大きくなって来ると、東大出のお利口さんを採ったりするようになる。それで、テレビが面白くなくなっちゃった。

伊野:そうですね、クラスで一番勉強が出来たやつと、面白いこと思いつくやつは別だった。でも深夜枠とか『ガロ』って、敷居が低そうで実は高かったですね。テレビだって誰でも出れるものじゃなかったし、『ガロ』に載るのも難しいし。僕もダメだった。僕にとってはネットがすごくありがたい。もしネットがなかったら、今どうしてたか分からないですね。

編集:今は「pixiv」*6のような無料の投稿サイトがあって、出版社やデザイナーが絵のうまい人を探す場にもなっています。膨大な数の作品が集まっている中から浮上してメジャーになるのは大変ですが、一方でメジャーになるつもりがなく、オファーが来ても断ってアマチュアにとどまる選択をする人も多いです。

伸坊:え? ピクシブ? それ知らなかった。その、メジャーになるつもりないって、それはいいと思うなあ。実際に見たいと思ってくれる人のために描く、それは正しいよ。無料の投稿サイトがあって、そこで面白い人ピックアップする有料のサイト作るのはどうかな。


*6 pixiv ピクシブ株式会社が運営するSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)サイト。会員登録することでイラスト、コミック、小説などの投稿や閲覧が出来る。2007年サービス開始。投稿できる作品点数などに制限はなく、会員同士で交流したり、好みに合う他者の作品を探すことも可能。https://www.pixiv.net/

 

■「面白いからお金を出す」時代は来ないのか

伸坊:今、小学生に将来何になりたい? って聞くと「YouTuber*7」って言うらしいよ(笑)。

伊野:らしいっすねー。今はどうか知らないけど、昔はイラストレーターも若者のなりたい職業のかなり上位でしたよね。簡単になれそうだからかな? YouTuberってどうやって稼ぐんですか?

編集:YouTubeに映像を上げて、アクセス数が増えると広告が入って、1クリックいくらでお金が入るようになるんです。それで生活してる人もいるとか。

伊野:一種の印税生活みたいなもんですか。

伸坊:でも、あれが広告になるってホントかな。広告になると思う人がいるからお金が出てるわけだけど。オレはさ、「面白い!」って思うからお金を出すって人が出てくればいいなと思うけどな(笑)。そうなったら面白い。

編集:昔の美術界の話をすれば、まだ無名の作家のパトロンになるのって、将来こいつは売れるとか大物になると思って、その作家の絵を買ってあげるところから始まるわけですよね。最初の時点では儲からない、好きだから応援する。

伊野:伸坊さんはすごく無責任に褒めるんですよ(笑)。

伸坊:アッハッハッハ。

伊野:責任持たなきゃいけないってなったら、「すごくいいねー」って言う回数が減るかもしれないから無責任のままでいいんですけどね。でも、あれですよ、その無責任なお言葉に私は何度も救われましたから。誰が言ってくれたのかってのも重要だったし。

伸坊:オレが金持ってりゃいいんだよね(笑)。持ったことないからなあ。

編集:雑誌も面白いと思えば誌面で紹介するし、それ自体はあまりお金にならなくても、その人にチャンスを作ることが雑誌の役割でもあるわけですけど。

伸坊:そうですよ、媒体が「これをやると売れるから」と思ってやるんじゃダメなんですよ。これが面白いから売れるようにしてやろうと思ってやるから面白くなるんで、マーケットリサーチしてこれやれば部数が上がると思ってやったんじゃ、先細りするだけ。

伊野:会社からは部数上げろと言われるし、我々からはソロバン弾いた特集はイヤだって言われるし、大変ですね……(笑)。
 

*7 YouTuber 動画投稿サイトYouTubeで動画を公開している人のうち、再生数に応じて入る広告収入で生活している人を指す。特に閲覧者の多い投稿者にはYouTube側から「パートーナー」の誘いが来て、パートナーとなった投稿者の映像の横などに広告が入り、再生数に応じて収入が入る仕組み。

 

■漫画の絵もだんだん似てきている

伸坊:『POPEYE』*8だったかが元気だった頃に、ロック雑誌の編集長やってた、あのー、岸信介みたいな顔した……。

伊野:渋谷陽一*9ですか(笑)。

伸坊:そう! あはは、うれしいねえ、伊野君はすぐ分かってくれる(笑)。『POPEYE』で渋谷陽一が新人・大友克洋*10を紹介してたわけ。こんなちっちゃいカットなんだけど。オレ、全然知らなくてさ、ものすごく新しい絵に見えたね。ああいう絵は漫画家もイラストレーターも描いてなかった。絵を描いている人なら感じるものがあるわけよ。本当は『ガロ』に描いて欲しいけど、もうちゃんと仕事してるんじゃ、出る幕ない。

大友克洋『AKIRA』1巻カバー(講談社/1984) 1982〜90年『ヤングマガジン』で連載。88年には劇場アニメーションも公開された。

大友克洋『AKIRA』1巻カバー(講談社/1984) 1982〜90年『ヤングマガジン』で連載。88年には劇場アニメーションも公開された。


 
伊野:ほぉーっ、大友克洋さんに『ガロ』で!

伸坊:こういう絵が欲しい! って思った。結局、『ガロ』で描きたい人って、『ガロ』らしい絵で作品を描こうとするんですよ。そこをちょっとずらす感じで。

伊野:ちょっとずらすというのは?

伸坊:佐々木マキさんや林静一さんが出て来た時は全然違うんだよ。林さんはアニメーションのスタイルを漫画に持って来た。マキさんはイタズラ描きかな。それまでの『ガロ』にも他の漫画誌にも載ってない、自分が知ってる面白いものから作って来た絵柄なわけ。そういう人は、僕が入った頃の『ガロ』じゃ現れにくくなってた。鈴木翁二*11とか安部慎一*12はそれぞれ発明してたんだけど、今度はその路線で描いて来る人ってのはいても、全くガラッと違う絵柄を発明するって、やっぱり難しいんだね。全体に暗っぽい、黒っぽい絵になってた。そういう時に大友克洋のこんなちっちゃなカットが載ってて、「わっ、こういう人がいるんだ」ってなった。

オレ、漫画編集者として全然ダメでさ、他の漫画雑誌の編集者なら自分が好きじゃない絵やジャンルでも知らなきゃいけないってちゃんと分かってるんだけど、『ガロ』の漫画しか面白いと思わないから見てないんだよね(笑)。今はそれこそ、ネットからいろんな漫画家が出て来ているんじゃないかな。

伊野:伸坊さんが『ガロ』の編集長になって湯村さんに漫画を描いてもらったってことは、後のイラストレーターや漫画家にとってすごく大きいことだったと思います。大友さんがもし『ガロ』に描いてたら、その後はまた違った風になってたかもしれないな〜って感慨深く話を聞いてましたよ。

林静一「花さく港」(英語版/2014) オリジナル版は『ガロ』1969年5月号に掲載

林静一「花さく港」(英語版/2014) オリジナル版は『ガロ』1969年5月号に掲載

佐々木マキ「バッド・ムーン」 『ガロ』(青林堂/1977年4月号)

佐々木マキ「バッド・ムーン」 『ガロ』(青林堂/1977年4月号)

南伸坊画 安部慎一(左)と鈴木翁二(右)のヘタ模写

南伸坊画 安部慎一(左)と鈴木翁二(右)のヘタ模写


 
*8 POPEYE マガジンハウスが刊行する10〜20代男性向け雑誌。1976年創刊。「シティボーイ」をキーワードに、それまでのファッション雑誌とは異なる切り口と、独特の呼びかけ調の文体で人気を獲得。愛読者は「ポパイ少年」と呼ばれた。初期はアメリカ西海岸のカルチャーを積極的に紹介、80年代はDCブランドブームの牽引役となった。若者向けカルチャー情報誌、ライフスタイル誌としてのカラーも強い。

*9 渋谷陽一(1951-) 編集者、音楽評論家。高校時代より音楽雑誌への投稿を始め、明治学院大学在学時の1972年ロック雑誌『ロッキン・オン』を創刊。当初はミニコミ誌だったが、77年商業雑誌となり、80年の法人化時にその代表取締役となる。『CUT』『bridge』など同社が刊行する雑誌の創刊や編集に関わるほか、音楽に関するテレビ・ラジオ番組の企画や出演、評論やコラムの執筆、音楽フェスの企画などを行う。

*10 大友克洋(1954−) 漫画家、映画監督。1973年短編「銃声」で漫画家デビュー。「童夢」(1980)「AKIRA」(1982)などの作品で知られ、フレンチコミックに影響を受けたとされる細密な線描写と、大胆な画面構成、複雑なパース表現は、国内外の漫画・イラスト表現に大きな影響力を与えた。映画監督としては「AKIRA」「MEMORIES」「スチームボーイ」「Short Piece」などのアニメーション作品を手がける。

*11 鈴木翁二(1949-) 1969年に『ガロ』にて漫画家デビュー。独自の詩情あふれる漫画作品を発表。安部慎一や現在はまんだらけの社長を務める古川益三(1950-)とともに「ガロ三羽ガラス」「一二三トリオ」と呼ばれた。代表作は「東京グッドバイ」「オートバイ少女」など。近年は水彩画を多く発表している。

*12 安部慎一(1950-) 1970年『ガロ』にて「やさしい人」で漫画家デビュー(同作はのちにフランスで翻訳版が刊行された)。70年代は『ガロ』『ヤングコミック』などで多数の作品を発表。80年以降は寡作になるが、2000年頃から再評価が進み、2009年にはのちに妻となった女性をモデルにした「美代子阿佐ヶ谷気分」(1971)が実写映画化された。

 

■情報過多な時代には編集的発想が必要

伊野:漫画家に限らず、イラストレーターもネットからいろんな人が出てきてますけど、とにかくいろいろありすぎて、自分がどれだけ把握できてんのかさえ分からない。

伸坊:うんうん。見る方の立場に立っても、書店に行くと1フロアぜ〜んぶ漫画でしょ。こん中から一番好きな漫画選ぼうって思えないよね、あれだけあると。

編集:まだ商業ベースに乗っかれていない人でも、ネットで発表の場は作れるから、そういうものがネットには溢れているわけですよね。

伸坊:それを編集する人がいて欲しいんだよねー。鼻が利く、目が利く、新しもん好きの、そういう才能のある人っているんですよ。

編集:今これが面白いって紹介するようなコンシェルジュみたいな人。

伸坊:本来、編集者ってそういう役割なんだよ。だけど、職業として出版社に入ると違うこと求められる、「売れるものを作れ」って大前提でしょ。それが間違ってるんだ、本当は。『ガロ』に存在意義があるとしたら、それを言わない長井勝一*13という社長がいたってこと。ものを作る人は、自分が作りたいものを作りたいんだ。そういう人が面白いものを作ってくれるんだっていう尊敬の気持ちがある。好き勝手にやらせてくれて、その中で作家として自覚的に考えられる漫画家がいい作品を作ったってことだよね。

伊野:前に伸坊さんが「世の中の見方を変えるものがつまり編集だ」みたいなことを書かれてて、編集って意味の本質が分かった気がしました。

伸坊:それは編集することによって、よく分からなかった人が、それが面白いことだって分かる。押し付けじゃなくて、いろんなものを集めて持って来て、そこに新しい世界が見えるってことですよね。

オレが木村恒久さんの生徒だった時に、新しい表現というのは、新しいアングルを見つけるかどうかだって話をされたの。そういうアングルを見つける人がいて、「ここから見ると面白い」と言えば、「エッどれどれどれ?」って見るでしょ。そういう視点を作ることが編集なんじゃないかって思う。

伊野:うん、みうらじゅん*14さんがやってる、世の中で誰も興味を示さないものを集めて名前をつけて見せるっていうのは、単なるコレクションではなく、編集だし、あれ自体がすごい表現ですよね。雑誌も表現なんだって感じがもっと欲しいですね。

伸坊:そうそう、みうらさんの場合はまた、その名前の付け方がうまいんだ。

伊野:あと、僕が高校生の時に読んでた雑誌に、東京のライブハウスシーンのレポートみたいなのがあって、小さなモノクロの写真が載ってるだけなんですけど、その写真を見るとなんだかものすごいことが起こっているような感じがして、スゲーなって思って読んでた。実際見たら案外普通かもしれないって今は気付いててるんですけど(笑)。でもそういうイリュージョンを作っていくのも編集だと思う。

伸坊:そう、それは伊野君の頭の中で作ったものなんだよね。こんな小さい写真を面白いものにしたのは伊野君なんだよ。情報が与えられすぎると、その人が「作る」部分がなくなっちゃう。「これは面白いはずだ」って想像を働かせる余地がない。

伊野:その考える余地を利用して「作ってる」ってことですよね。それでますますこちらの想像力も掻き立てられる。
 

*13 長井勝一(1921-96) 編集者、漫画雑誌『ガロ』の初代編集長。終戦後、貸本漫画の出版社経営に関わり、白土三平(1932—)や水木しげるの作品を世に送り出すが、結核で療養を余儀なくされる。1960年代、貸本の衰退で活躍の場を失った漫画家に発表の場を提供すべく青林堂を設立、白土の代表作「カムイ伝」連載のために64年『ガロ』を創刊。つげ義春、花輪和一、滝田ゆう、蛭子能収、内田春菊、杉浦日向子、根本敬ら、異才の漫画家を多数輩出した。没後の99年、郷里の宮城県塩竈市に長井勝一漫画記念館開設。

*14 みうらじゅん(1958-) イラストレーター、漫画家、エッセイスト。1980年『ガロ』で漫画家デビュー、80年代よりサブカルチャー誌などでイラストやエッセイを発表。少年期から好きだった仏像に関する著者や、独自の収集物をユニークなネーミングとともに紹介するエッセイを多数発表。「マイブーム」「ゆるキャラ」などの言葉を生み出した。ユニークな音楽活動でも知られる。2018年、生誕60年を記念した大規模な展覧会を川崎市民ミュージアムで開催中。http://www.miurajun.net/

 

■面白いものは自分の頭の中にある

伸坊:見る側・鑑賞者を教育するような感じで言っちゃってるけど、教育じゃないんだよね。つまりそそのかしたりさ、受け手が縛られてるものをほどいていくことだと思うんですよ。どんなに面白いことやってたって、自分が参加しなきゃ面白くないんだよ。今、その吸引力みたいなのは全部お金なんだよねえ。「儲かる」ってのが宗教みたいになっちゃってるから。お金にならなくても面白きゃいいやって考えが、もっと広がったらいいんだけど。

伊野:ええ、そうあって欲しい。そしてあわよくば、お金には後からついてきて欲しい(笑)。しかし、最近は手の内がみんなあからさまになってしまって、みんな驚かなくなっていますかね。いや、そんなこともないか? どうでしょう。

伊野孝行画 

伊野孝行画 「お金はあとからついて来る? 熊谷守一は60歳過ぎてからブレイクした」


 
伸坊:昔で言えば映画のトリックシーンだったり、あるいはSFX*15だったりさ、そういうのをコマ切れにしたみたいな映像が今YouTubeに出てて、それをみんなが面白いっつって集まってくるわけでしょ。

編集:今はスマホで映像が撮れたり、防犯カメラや車載カメラで決定的瞬間が数多く撮られるようになっていますが、まだそれに乗っかっているだけとも言えますよね。

伊野:そうなってから、UFOの数がものすごく減りましたよね、昔はいっぱい飛んでたのに(笑)。

伸坊:あはは、だから、「いて欲しい」と思って今まで作ってたんだろうね。

伊野:UFOや幽霊と同じにしちゃいけないかもしれないけど、空気中の放射性物質が危険だとか、そうじゃないとか、議論があるじゃないですか。もし仮に心配ないもんだとしても、「怖い」って思ったら、それはもう怖いわけだから、その意味ですでに「危険」。幽霊は存在しないって科学的に証明されても、「気持ち悪い」と思ったら、幽霊は「いる」ってことにもなる。裏返せば面白いことだってそうで、みうらじゅんさんだって街の「Since」を集めて*16無理矢理面白いって思うようにしてるわけですからね……。ちょっと強引ですか、この展開は?(笑)

伸坊:人間の脳みそなんですよ、面白いことって。今、もうあらゆることが自分より前に生まれた人たちによって作られてしまったみたいに言うけど、それは間違いですよ。自分のことを考えればいいんだよね。自分は何が面白いのか考えれば、面白いものを作れるはずなんだよ。

(第8回は3月15日より公開予定です)
 

*15 SFX Special Effects(特殊効果)を意味する略語。特殊撮影(特撮)により、実際にはありえない映像を作り出す技術を指す。美術装置によるもの、別撮り合成によるものなどがあり、CGなどデジタル処理で行うものをVFX(Visual Effectsの略語)と呼んで区別することがある。

*16 Sinceを集める みうらじゅん氏はお店などが創業年や歴史の古さをアピールするために「since○○」(年数を表す数字が入る)と掲げているのを収集している。氏によれば、街や地域によって「傾向」があるらしい。スチャダラパーSHINCOとのコラボでCD「君のSince」(2016年)もリリース。

 
取材・構成:本吉康成

 


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino第7回アイコン_伊野1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami第7回アイコン_南1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。
 
 
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