第8回後編 風刺とパロディ② 日本の風刺画に感じる停滞感|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第8回後編 風刺とパロディ② 日本の風刺画に感じる停滞感


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションの現在・過去・未来と、そこに隣接するアートやデザイン、
漫画などについてユル〜く、熱く語り合う、連続対談。

海外では新しい風刺画がどんどん出て来ているのに
日本の風刺画にはどこか停滞感が漂っている。
そう感じさせる原因は何か、そのあたりを掘り下げていきます。

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連載第8回アイコン
 

政治風刺が面白くない理由

伊野孝行(以下、伊野):そもそも自分が風刺画っていうものにイヤな感じを持ってたのはどういうところかというと……。

南伸坊(以下、伸坊):なぜイヤだったのかといえば、面白くなかったからですよ。

伊野:そうですねー。絵柄が面白くないんですよね。それが一番。
例えば、アメリカの「ニューヨークタイムズ」のウェブ版とかには、けっこうシャレた感じの風刺画があるんですよね。新聞社のウェブ自体がきれい。ま、英語が読めないんでチラッと見ただけですけど(笑)。で、「朝日新聞」に時々はさまってくる「GLOVE*16」という海外の情報なんかを紹介しているオマケみたいな新聞があって、外国の新聞の紙面ぽい感じでデザインされてて、イラストレーションもむこうっぽい雰囲気の絵を使ってるんですよ。たまにはそういうこともしたら面白いんじゃないかっていう気持ちは新聞を作る側にもあると思うんだけど、もっと本体の方も変わったらいいのにと思う。むこうの雰囲気を真似する以上のものをやるとかさ。イラストレーターでも漫画家でも現代美術家でもいいからどんどん使って、ビジュアルが面白い紙面にして欲しいですね。海外の風刺的な絵は更新され続けているのに、日本はある時点から止まったまま。

伸坊:風刺画を「ジャンル」だと思っちゃってるんだよね。このジャンルではこういう絵を描かないといけないって思っちゃってるから、つまり古い。絵柄が変わればメッセージも変わると思うな。

伊野:トランプ大統領のことを絵にするにしても、誰が描くか、どんな絵なのかによってニュアンスが全然違って来るし、だから言葉じゃなくて絵のニュアンスで楽しみたい。政治風刺漫画って、言葉で言える主張が大事で、それが絵にしてあればOKみたいな感じが苦手。あと、善悪二元論みたいな描き方もつまらないし。

伸坊:絵で面白くしようってんじゃない。そこで自分が主張していることが正しいとか、自分が「そっちの組」に入ってることを表すだけになっちゃってるからね。

伊野:ウーマンラッシュアワーが、「スタンダップコメディ」*17みたいに政治風刺漫才をやって、すごく話題になってましたけど、テレビの真ん中にいる人があまりにやらないから話題になるんでしょうね。

伸坊:それはテレビが自主規制してるからかもだね。

伊野:お笑い芸人たちもそういう話題を避けている。

伸坊:それ、商売の話だよね。面白いことをやるってことより、お笑い芸人として生き残るため。最初の前提が違うよね。

伊野:風刺画やパロディって僕は絵の中のお笑い部門だと思うので、笑わせてなんぼだと思ってます。ブラックジョークで笑いたい。風刺画が好きじゃなかったのも、結局絵を見てあんまり笑ったことがなかったからかな。面白いって人それぞれ感じ方が違うから難しいけど、いくら権力者をつついても面白くないものは面白くない。

新聞も「風刺漫画みたいなコーナーがあればいいだろう」程度で、そこで面白いことやろうって感じがさらさらないですね。もっと本気で笑わせてほしい。別に風刺したからって世の中変わるわけじゃないんだけど、「笑う」っていうのが息抜きになるし。

伸坊:こういうのをやりたいって自分が作ったものじゃないからね、新聞にはもともとそういう欄があって、「お前ここやれ」って言われてやってるだけだから。


*16「朝日新聞GLOVE」 2008年よりスタートした「朝日新聞」の別刷り特別紙面。「ブレイクスルー・ジャパン」を掲げ、特定のテーマに沿った多角的な記事を掲載。海外の情報や翻訳記事も多い。発行日や回数は何度か変わり、現在は毎月第1日曜日の発行。

*17 スタンダップコメディ 一人喋りを基本とした漫談スタイルのコメディショーで、アメリカのお笑いの主流になっている。政治批判や芸能スキャンダル、下ネタなどの際どいネタを取り上げることが多く、時には差別問題などタブーとされているテーマを取り上げることもあり、日本のテレビではほとんど見ることがなくなっている。

遊び心や毒っ気をどう入れるか

編集:著名人の似顔絵でも、その人をどう描くかで可笑しさが感じられたりしますよね。どこか悪意のようなものが感じられたり。

伊野:それで言うと、横尾忠則さんがポートレートを描くと、誰を描いても何かありますよね(笑)。顔のシワとか克明に描いていたりして、悪意じゃないと思うけど、それはそれで批評っていうか。

伸坊:横尾さんは『話の特集』の創刊号の頃、「人物戯論」*18ってページをやってたのね。その時の有名人のイラストレーションを描くんだけど、一味違うニュアンスがありましたね。

伊野:毒って言えば、スージー甘金*19さんとかすごく好きでしたね。パロディも面白いし。スージーさんに限らず、僕が若い頃イラストレーションを見て、惹かれたのはそういう毒の部分ですね。

スージー甘金「よく見てごらん」(1986) リキテンシュタインのオマージュ作品。

スージー甘金「よく見てごらん」(1986) リキテンシュタインのオマージュ作品。


 
編集:微妙に毒っ気があるイラストレーションはけっこうあるんですけどね。

伸坊:イラストレーションの成り立ちからいえば、日本の場合は広告から生まれているんで、「広告主が望む絵」ってのが最初にあったんでしょうね。そこに飽き足らない人はもうちょっと自由度のあるエディトリアルの方に行った。クライアントから文句言われたら直すもんだってところからは、なかなか面白いものは生まれないでしょ。

だいたい、お金を出してるからって口出してくるってのが間違いなんだよね。広告でわざわざクライアントの悪口を言おうとするイラストレーターやデザイナーはいないと思いますよ。広告の効果を高めようとして自分の技術を提供しているわけだから、それに文句つけられたらやる気なくなる。

伊野:金を出して口は出さない。超かっこいい。惚れます。高い金もらったら言うこと聞くとか、安い分好きにやらせてくれる、とかそういうのはあったけど、最近は安くて言うことも聞かなくちゃいけなくって……。

口うるさく言われるのに嫌気がさしたイラストレーターたちがエディトリアルに来て、和田さんは『倫敦巴里』*20を作ったり、横尾さんは『人物戯論』みたいなことを始めた。お二人だけでなく、イラストレーション業界には最初から色濃くおちょくり精神やふざけるのが好きな雰囲気はあったと思います。

和田誠『もう一度 倫敦巴里』(ナナロク社/2017) 『倫敦巴里』(話の特集/1977)の復刻版。本書に収録された『殺しの手帖』は『暮らしの手帖』のパロディで、書き文字の書体や言葉遣い、レイアウトまで似せている。

和田誠『もう一度 倫敦巴里』(ナナロク社/2017)
『倫敦巴里』(話の特集/1977)の復刻版。本書に収録された『殺しの手帖』は『暮らしの手帖』のパロディで、書き文字の書体や言葉遣い、レイアウトまで似せている。


 


*18 人物戯論 『話の特集』で創刊当初より1970年まで連載された。政治、スポーツ、芸能、芸術など各分野の著名人を取り上げ、横尾忠則によるその人物のイラストレーションに詩人の高橋睦郎(1937-)のテキストが添えられた。

*19 スージー甘金(1956-) ポップなコミック風のイラストレーションで知られ、絵具を筆塗りするペイントスタイルでコママンガを描いた先駆け。アナログとデジタルで制作を行い、リキテンシュタインなどポップアートの手法を取り入れた現代アート作品も制作する。

*20 『倫敦巴里』 『話の特集』『オール讀物』に連載された和田誠のパロディをまとめた本。1977年刊行。川端康成の「雪国」の有名な書き出し部分を植草甚一、野坂昭如、村上春樹など当世の作家の文体で書いたり、巨匠画家が描いたビートルズなど、そのパロディセンスと引き出しの多彩さに驚かされる。

風刺画界の大物は実は常識人?

伊野:山藤章二*21さんの話をまだしてないですよね。

編集:風刺の話をする時に、山藤さんのことは抜きに語れない気がしますね。

伊野:山藤さんって和田さんと同世代で、お二人とも同じ時期に広告会社のデザイナー兼イラストレーターとして仕事をやってたし、同じようにベン・シャーンの影響もある。近いところにいるわりにあまり接点がない感じですね。二人とも落語が好きだし、井上ひさしさんや丸谷才一さんとか同じ作家の仕事をしていたりもします。あの頃は作家とイラストレーターが組んで面白いことやっていた印象がありますね。

山藤さんの『ヘタウマ文化論』*22っていう本を読んだんですけど、山藤さんは「ヘタうま」がブームになった時に結構ショックを受けてて、「どの絵を見ても表現したいことがビシビシと伝わってくる」って書いてました。ご自分が描くのはうまい絵だけど、相手をアッパレと褒めてるんで正直な方だなと思いましたね。山藤さんが、和田さん湯村さん水丸さん伸坊さん……っていう系譜とは違う感じがするのは、「ヘタうま」に外部から接するようなところにいたってことなんですかね。「ヘタウマ文化論」の最後の方に東海林さだおさんこそがミスターヘタウマだって書いてあって、そこはどうだろうって思ったんですけど(笑)。

伸坊:テレビ番組で山藤さんと二人でお寺に行って天井画を見るという仕事があって、それでお話ししたことがあるんだけど、実際に会ってみるとあの絵の感じの人じゃないの。あまり欲がなくて、面白いことは好きなんだけど、本当はああいう悪口みたいな絵を面白くて描いてるわけじゃない、みたいなところがあるんだなあ。へえーって思ったな。

伊野:ほう、そうなんですか。山藤さんが岡本太郎のことを描いてた時に、「岡本太郎の文章には納得できることが多いけど作品はどこがいいのかわからない」みたいな文章が添えられてて、結構ツッコミが常識的だなって思った印象はありますね。まあ、ツッコミというのは元来常識的な見地から発せられるものではありますが。僕らがやった「風刺画ってなに?」が風刺画になってない、っていうツッコミも当たり前のツッコミだなと思ったんですけどね。蛭子さんとかさ、他の人がえー? と思うような感想言うじゃないですか。ツッコミも思いもよらない方向から来るほうが面白いと思うんですよね。

伸坊:それはあるね。

伊野:そう言えば、山藤さんって立川流*23の顧問ですよね。

伸坊:立川談志*24のCDとか、本の装丁とか、山藤さんがされてることが多いじゃない。山藤さんの方も、談志との仲はご自分のアイデンティティの中に入ってる感じだよね。だけど、昔、談志さんにインタビューしたことあるんだけど、その時に「和田誠はホンモノだ」って突然言ってさあ、なんか言わずにいられなかったんだろうな。和田さんも談志のことは好きだよって言ってたけど、古今亭志ん朝*25も好きだったってのもあって、志ん朝さんと仲良くなる可能性だってあったらしいんだけど、たまたま談志さんと先に仕事する巡り合わせだったって言ってましたね。

伊野:へえ〜。今日はなかなかに興味深い話が聞けました。そういえば、友達が表参道を歩いてたら立川談志がいて、後ろをついてったら和田さんの個展をやってるHBギャラリーに入ってったって。二人があそこのテーブルに向かい合って映画の話とかしてるの想像して楽しくなっちゃいましたね。

(第9回は4月2日より公開予定です)
 

山藤章二 「落語決定盤 立川談志ベスト」CDジャケット(日本コロムビア/2011) コロムビア創立100年を記念した「落語決定盤」シリーズ。この似顔絵は『立川談志独り会』(三一書房/1992)や没後に刊行されたエッセイ集『遺稿』(講談社/2012)でも使用されている。

山藤章二 「落語決定盤 立川談志ベスト」CDジャケット(日本コロムビア/2011)
コロムビア創立100年を記念した「落語決定盤」シリーズ。この似顔絵は『立川談志独り会』(三一書房/1992)や没後に刊行されたエッセイ集『遺稿』(講談社/2012)でも使用されている。


*21 山藤章二(1937-) 武蔵野美術大学在学中に日宣美特選。ナショナル宣伝研究所を経て1964年よりフリー。1970年代頃から世相風刺画を多く手がけるようになり、76年より『週刊朝日』で「山藤章二のブラック・アングル」を連載、2015年には2000回を迎えた。また、同誌で81年より似顔絵塾を展開。74年より現在まで「朝日新聞」の政治家・著名人の似顔絵を担当。

*22 『ヘタウマ文化論』 2013年に岩波書店から新書として刊行された山藤章二の著書。「近頃、日本人がヘタになっている!」と嘆きつつ、かつて「ヘタうま」に触れて「へたなのに新しい」とショックを受けていた著者が、イラストレーションからマンガ、俳句、落語、芸能まであらゆるジャンルを取り上げ、江戸庶民文化の時代から日本に息づいてきた「ヘタうま」を論考する。

*23 立川流 立川談志が設立した落語家の団体。1983年、落語協会の真打昇進試験の結果と考査基準に異議を唱えた談志が弟子とともに脱会し、落語立川流を設立、その初代家元に就任した。談志の死去後、家元制度は廃止されている。

*24 立川談志(7代目 1936-2011) 落語家。16歳で5代目柳家小さん(1915-2002)に入門、1963年真打に昇進し、7代目立川談志を襲名する。古典落語の名人と評価される一方で、独自のスタイルを確立。日本テレビ「笑点」の初代司会を務めたり、落語に関する著書も多く、映画や音楽にも通じるなど多才な面を持つ。また毒舌家で、過激な行動や言動でさまざまなエピソードが残っている。

*25 古今亭志ん朝(3代目 1938-2001) 落語家。父は5代目古今亭志ん生(1890-1973)、兄は10代目金原亭馬生(初代志ん朝 1928-82)。入門5年で真打昇進を果たすなど、早くから才能を認められ、7代目談志、5代目三遊亭圓楽(1932-2009)、5代目春風亭柳朝(1929-91)とともに落語若手四天王と呼ばれた。特に談志とは互いの実力を認め合うライバルだった。

取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino第8回アイコン_伊野1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami第8回アイコン_伸坊1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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