第11回後編 ヘタうま④ 不意に見えて来る「筆の置きどころ」を見逃すな|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第11回後編 ヘタうま④ 不意に見えて来る「筆の置きどころ」を見逃すな


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションの現在・過去・未来と、そこに隣接するアートやデザイン、
漫画などについてユル〜く、熱く語り合う、連続対談。

「ゆるさ」を絵の魅力の一つと捉える価値観においては
「描き足らぬように描く」ことが大切で、筆をどこで止めるかが重要な課題。
形を追求せず光のリアリティを表現するマルケの絵にそのヒントが隠れている。

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第11回アイコン

 

■ネット検索で見つけたマルケの絵の魅力

南伸坊(以下、伸坊):最近は絵の題名とか作家の名前を入れてネット検索すると、見たことない絵がいっぱい見られるようになって、ありがたいよね。アルベール・マルケ*8のこと赤瀬川原平さんが書いてて、そのマルケの絵がすごくいいんで、気に入っちゃったんだ。「Les Sables D’olonne」って絵なんだけど、トボけてるみたいな、キレイで気持ちいい絵でさあ。フランス人だからウィキペディアとかでフランス語のスペル(Marquet)も出てるでしょ、それで検索したらいっぱい出て来たんだけど、いいんだよね〜みんな。トボけてるって思ったのは、その「ドロンヌ」がそうだったってことで、他のはわりと普通の絵なんだけど、その場で見てる景色みたい感じがする絵なの。マルケってあんまり有名じゃないよね。絵の勉強した人は知ってるのかな?

伊野孝行(以下、伊野):いや、僕は知らなかったですね。赤瀬川さんの本で初めて知った。

伸坊:ちょっと見てみようか(インターネットで検索する)。全体に小ちゃい画像が多くてね、まとまった画集があれば見たいと思うけど。あ、これが西洋美術館の展示に出てたさっきの「ドロンヌ」ね。

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アルベール・マルケ「Les Sables D’olonne」(国立西洋美術館所蔵/1921)
フランスの大西洋沿岸にある観光地で、この地を描いた作品が複数ある。マルケはフォービスムの画家に位置付けられながら、本作のような穏やかな筆致と色彩を特徴とした。

 

伊野:いや〜いいですねえー。前に話してた、光の雰囲気みたいなのが出てますね。かと言って、細かいとこは全然ちゃんと描いてないし。

伸坊:そうなんだよ。全然細かくないけど、写真より雰囲気出てる。このテキトーな人影ね、いいんだよねえ。なんで有名じゃないんだろうって思うよねー。

伊野:へただからじゃないですかね(笑)。

伸坊:いや、これはへたじゃないよ(笑)。

伊野:僕らからしたらこれはうまいですけど、一般的な人の目からしたら……。

編集:細かいところまで描かれたのが「うまい絵」と考えるならそうなりますけど、でも空気感がすごくよく表現されていますね。

*8 アルベール・マルケ(1875-1947) フランスの画家。エコール・デ・ボザールでギュスターヴ・モロー(1826-98)に師事。同級生にマティスやジョルジュ・ルオー(1871-1958)がいて、特に6歳上のマティスとは親密だった。フォーヴィスム(野獣派)の一人に数えられるが、その特徴である激しい色使いやデフォルメはなく、穏やかな色使いとタッチで海や港など水辺の風景を好んで描き、「水の画家」と呼ばれた。

 

■筆の置きどころが難しい

伊野:マルケはこうやって何枚も見ていても、みんないいですね。駄作なし。

伸坊:いいでしょ、ホントに。

伊野:ここで描くのをやめてるのがいいですよね。

伸坊:そう、やめられないよね、普通。

編集:やめ時、筆の置きどころって重要ですね。

伊野:マルケは勘がいいから、ここで筆置いていいんだなってのがパッと分かるんでしょうね。たいていはもうちょっといかないと気が済まない。そして気付いた時にはもう手遅れ(笑)。赤瀬川さんもここまで多くの作品を見てないんじゃないですかね。

伸坊:見てないと思うね。それはすごくありがたいよね、ネットでこうやって出て来てくれるっていうのは。

編集:前に話が出た生賴範義さんの作品を管理している方に聞いたんですが、乗って描いてる作品は筆に勢いがあって、実はあまり細部を描き込んでいない。それほど乗り気じゃない仕事の方が細かく描いているという話です。

伸坊:描けた! と思えばやめちゃうってことだよね。

伊野:乗り気じゃない仕事でも没頭できるのは素晴らしいことですよ(笑)。

伸坊:細かく描いてくってのは別の快感だからね。単純に、そういう時間を過ごしているのが気持ちいい。

 

■描き足りないぐらいがちょうどいい

伸坊:前に出た「描き足りない」感じだけじゃなくて、形が完璧じゃない方がいいんだってのは確かにそうなんだけど、それ以外にもっと追求できるところがあるんじゃないかなって思うんだよね。例えば、マルケの絵に関していうと、光の感じは完璧なんだ。形まで写真みたいに描いたら、この魅力は出ないんじゃないかな。

……えっと、名前が出て来ない、あのスペインの画家、マネが真似した。

伊野:ベラスケス?

伸坊:そう、ベラスケスの絵がすごいってマネが絶賛するじゃないですか。何にそんなに感動しちゃったのかなって思ったんだけど、ベラスケスは筆のタッチがすごく見えるけど、無造作にひょいひょいって描いててさ、でもそれがピタッと、そこに筆を置いていいってとこに的確なんだ。ベラスケスもなんらかの光学装置を使ってたんじゃないかな。だから、自信持ってココってとこにタッチを置けた。形に関しては完璧にしたいからこそ光学装置なんだけど、タッチまで律儀に滑らかにしちゃっちゃつまんないって、ベラスケスは思ってたと思うんだ。川瀬巴水みたいになんでもかんでも丁寧に描いたんじゃないとこが魅力なんじゃないかって。

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ディエゴ・ベラスケス「王太子バルサタール・カルロス騎馬像」(1635/プラド美術館所蔵) ©Museo Nacional del Prado

 

伸坊:フェルメールも、大理石のタイルの模様をひょいひょいって描いてるよね。あれ丁寧に描いたら感じ出ない。自分のタッチでひょいひょいと描いてるから自然な感じが出るんですよ。スタジオで映画撮る時の背景画、写真みたいに細部までくっきり描いたらダメなんだって。なんか、いい加減に描いた方が実景の雰囲気出るらしい。それは現場の知恵で、スーパーリアルに細部まで描いちゃうとむしろ絵だってことがはっきり出て来ちゃう。

伊野:ちょっと前に、「ダンケルク」っていう、第二次世界大戦でドイツ軍に追い詰められたイギリス軍の映画を観たんですけど、全編フィルムで撮ってて、しかも書き割り*9を使っててCG合成してないって。どこが書き割りか全然分からなかったけど、書き割りに完全に騙された。

伸坊:それは人間の目が介在してるからなんだろうね。

伊野:お芝居とかでも、書き割りの背景がパッと出た時にやけにリアルに感じることがありますよね。大道具によってはチャチに感じることもあるし。ああいう芝居の書き割りっていつぐらいからあんな絵なんだろう。江戸時代は違うはずですよね……ちょっと話が逸れちゃいましたけど。

伸坊:いやいや、逸れてないよ。あるんだよ、人間の目が捉えるものがカメラの目とは違うんだ。

編集:背景を細かく描かないのは、空気遠近法*10の考えも多少あるんでしょうか。

伊野:そういうのも利用してるんでしょうね。マルケはどうなのか分かんないけど。

Albert Marquet

アルベール・マルケ「Le pont Saint-Michel et Notre-Dame」(1905)
住んでいた部屋から眺めたサン・ミッシェル橋とノートルダム寺院を描いた作品。「雨降ってるとこの感じ、出まくり」(伸坊)


 
*9 書き割り 舞台や映画で用いられる大道具の一種で、舞台やスタジオセットで使用する背景用の絵のこと。細かく分類すると、建物の内部や近くの家屋などを描いたものを書き割りと呼び、風景など遠くの景色を描いたものは遠見(とおみ)と呼ぶ。

*10 空気遠近法 近くのものほど形や色がはっきりと見え、遠くになるほどぼやけて不明瞭になることを生かした遠近法表現。ルネサンス期においては、レオナルド・ダ・ヴィンチが遠近法を熱心に研究し、それまでの透視図法(線遠近法)だけでは不十分として空気遠近法の概念を組み合わせた考え方を構築している。

 

■「うまい絵」よりも「いい絵」を描きたい

伊野:話はまた意識、無意識に戻っちゃうんですけど、文章は無意識で書いたら、たぶんメチャクチャになるか破綻する。日本語としておかしい、みたいに。詩だったらそれもいいんだけど。でも絵はそもそも無意識を取り込みやすいんですよね。

伸坊:うん、そうだよね、そこにヒントがあるよね。

編集:文章の場合、論理の矛盾や破綻は避けなければなりませんよね。絵の場合は多少の矛盾や破綻は許容されるというか、そこが面白さでもある。絵柄の一部だけが細かく描かれていたり省略されたりするのも、描き手の意識の向かい方、実際に見ている見方からするとむしろ理にかなっていたりします。

伊野:例えば、どこかの風景を描いた絵があって、その絵を見たことがない人に説明する時に、写実的な絵だったら「まるで写真みたいに描いてあるんだよ」って言えばある程度伝わる。でも、マルケの絵を説明して相手にあのイメージを思い浮かばせるのは難しいですよね。そっちの方が絵としての「純度」が高いような気がします。じゃあ、最も言葉で説明しにくい抽象画の方がより純度が高いってことになるけど、ある程度の雑味こそ旨味で、純度が高すぎてもって(笑)。

伸坊:抽象画はさあ、「なんかワケの分かんない模様」とか言ったら伝わるじゃない(笑)。分からないから面白いってのもあるけどね、どうやったらそういう絵が描けるか。いろいろ工夫するしかないんだけどね。

伊野:なんかワケの分かんない模様(笑)。

僕の頭の中に「へたより他にうまいものはなし」的な、ある意味狭い考えがあるのは事実なんですけど、熊谷守一自身が「へたも絵のうち」と言ってますが、あれはどういう風に考えればいいんですかね。

伸坊:あれはさ、世間はきっと「へたな絵」って思ってるだろうなって(笑)。

伊野:そうだったのか(笑)。ところでマルケが有名じゃないのは、やっぱり「描きかけの絵みたい」だと思われてるからでしょうか。

伸坊:う〜ん、地味だからじゃない? 味わってみる前に「地味!」つって通り過ぎちゃう。でも、この水の色の微妙な濃淡とかさあ、すごくいいよね。ものすごく感じがあるんだなあ。水丸さんの「うまい絵」じゃなくて「いい絵」を描きたい、うまい絵を描く人はいっぱいいるって発言もヒントになるね。

伊野:ああ、地味ね、確かにそうかも。いい絵なんですけどね〜すごく。「いい絵」というのも基準は難しいけど。リアルだろうがヘタうまだろうが。

編集:「いい絵」の条件にリアルさを求める人もいれば、違うものに求める人もいるということですね。

伊野:弁解みたいなるけど、僕は別にリアルな絵が嫌いなわけではないです。いい絵ならなんでも好きなんだけど。いい絵の基準ていうのは……自分に中にはあるけど、自分の外に求めてもこれっていうのはないんでしょうね。

(第12回は6月1日より公開予定です)


取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino伊野自画像その111971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami第11回アイコン_南1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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