第12回後編 アートに「理屈」を求めることの是非|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第12回後編 アートに「理屈」を求めることの是非


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションの現在・過去・未来と、そこに隣接するアートやデザイン、
漫画などについてユル〜く、熱く語り合う、連続対談。

この絵は何を表しているか、作者の意図は何か、どんなところがいいのか。
アート作品には、その意味や価値を説明するための「理屈」が求められる。
絵を鑑賞する愉しみの多くが「理解した」ことの満足感という現実……。

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第12回アイコン_伊野_伸坊

■「色の構図」を理解できれば抽象画は面白い?

伊野孝行(以下、伊野):セツ・モードセミナーに行ってた時代に、長沢節先生は「絵の基本はデッサンじゃない、絵は色の構図なんだ」と言ってたけど、最初はなかなかそれが分かんなかった。分からないっていうのは「実践できなかった」ということ。合評会でも半年くらいは全然絵を褒めてもらえなかった。「オマエ、デッサンがうまくても、これじゃ色の構図が出来てないヨッ」て。それでデッサンもめちゃくちゃで、初めて絵を描いたような生徒の絵が褒められる。

でも、だんだん自分で色の構図ってのが作れるようになって来ると、形の崩れたピカソやマチスの絵でも、抽象画でも「あーきれい、あーいいな」って素直に思えるようになって来たんです。それまではいまいち「分からない絵」があったんですけど、分からない絵はなくなった。

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伊野孝行画 セツ・モードセミナーの水彩タブロー合評会の様子
長沢節先生「色の構図が出来てないヨッ!」

 

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アンリ・マティス「夢」(1940/個人蔵)
伊野さんが水彩タブローの授業で「色の構図」がバッチリ決まっている絵として見せられたマティスの作品。

 

編集:セツはデッサンやクロッキーを重視しているイメージがあっただけに、それは意外ですね。

伊野:むしろそっちが眼目でしたね。いくら文学的な主張があっても、色の構図が決まってないと響いて来ない。逆に主張が全然なくても、色の構図が決まっていると絵として何かしら訴えて来るものがある。もっと言えば、壁の染みにさえこちらで勝手に感じてしまうものがある。それが絵の一つの本質的なものだって、セツに行って分かったんですけど、自分の場合はデッサンが絵の基本みたいな考えが邪魔して、音楽を聴くようには素直に感じられなかったですね。

南伸坊(以下、伸坊):オレは音楽の楽しみ方が全然分かってないと思うんだけど、知らないうちに聴いていたものに対して、懐かしいとか親しみを感じるってのは分かる。例えば昔は、ラジオでアメリカのポピュラーソングが流行ったら、勝手に耳に入って来るわけですよ。何度も聴いていると耳に慣れて来て、それが心地よいものになる。絵にもそういうことは言えるんだと思うね。だからアニメーションで育った世代がアニメの絵が好きだっていうのは、自分の体験の中の「音楽」に照らしてみれば分かるかなって。しょうがないんだよなって(笑)。

伊野:繰り返し聴いてるってことで言うと、家で仕事中にラジオ流してるんですけど、「♪ごはんがすすむ〜、ごはんがすすむよ、ススムくん〜」(笑)とか刷り込み的に頭に入ってきて。だから僕、ネット広告なんかよりラジオの広告の方が絶対効果的だと思うんですよ。ラジオの広告が減っていると言いますけどね。ま、「ごはんがススムくん」ってどういう商品か知らなくて、いまだに買ったこともないんですが(笑)。

伸坊:あははは。耳はいちいちふさげないからね、入って来ちゃう。目はつむれるんですよ。

編集:広告といえば、湖池屋スコーンとかポリンキーのCMで時代の寵児だった佐藤雅彦*9さんは、商品名を連呼しても苦痛にならない聞かせ方を工夫していました。

伸坊:広告は商売でお金もかかってるから、必死だよね。江戸時代の人たちが「ああ、風流だね」って自分からそれを取り込もうとするような、聞く方の楽しみ方っての欲しいよね、聞かされるんじゃなくて。

伊野:そうですね、「こっちから行く」ような。絵も「これが名画です」って言われて見るより、自分の名画を見つける方が楽しい。僕はセツの時に、それまで何がいいのかよく分かんなかった抽象画に、面白い抽象画とつまんない抽象画があるのが分かった。

伸坊:オレ、抽象画って基本的につまんないけどなあ(笑)。抽象画で面白いのは理屈だと思う。

伊野:長沢節も抽象画は嫌いでした。なんだろ、僕は理屈っぽいのかな(笑)。

*9 佐藤雅彦(1954-) 電通のCMプランナーとして数々のヒットCMを手がける。独立後は主な活動の場を教育に移し、NHK Eテレ「おかあさんといっしょ」で「だんご3兄弟」の企画と作詞を担当、同「ピタゴラスイッチ」等の監修などを行う。慶應義塾大学環境情報学部教授、東京藝術大学大学院映像研究科教授。

■古いものをどんどん捨てていく考えはもはや古い

伸坊:印象派から始まって、いろんな運動が起きて抽象画に至るまでの近代絵画の歴史って、面白いといえば面白いけど、今になって思えば間違った方向だよね(笑)。次々に新しいものが出て、それに追われるように「今までのものは古いから新しいものにしよう」ってずっとやって来たわけだから。で、オレたちなんかまさにそういう時代の中にいて、とにかく「古い」って言われたらオシマイって感じだったけど。そんなにして無理やりやってたことって何だったの? ってのあるんだよね。

伊野:伸坊さんも前に話してましたけど、『吾輩は猫である』の中で、迷亭先生がアンドレア・デル・サルト*10という画家がいるって話をするんですよ。その箇所を読んでいたら、「デル・サルトは便所の壁のシミを模写しろと言ったらしいよ」みたいな。へえ、シミを美しいと思うなんて抽象画みたいなだなと思った。昔から画家はそういう風にしてものを見てたんだ。例えば、カーテンの柄が具体的な絵じゃなくて抽象画みたいな模様だから意味が分からないっていう人いないと思うんだけど、要はそうやって抽象画も見ればいいんです。

伸坊:正しい答えは自分以外のところにあって、その答えが分からないうちは口をつぐまなきゃいけないってみんな思っているんですよ。自分さえ良けりゃいいじゃんって思うけどなあ、オレは。絵見るくらいさあ、自分がいいかイヤかでいいよ。

伊野:さっきは「絵は色の構図」とか言ったから難しく聞こえるかもしれませんけど、もっと簡単に言えば、部屋の中に家具をどう配置するか、その家具はどんな色なのか、それによって部屋の空間が気持ちいいとか、スッキリしないとか、そんな話です。

伸坊:「画面の中のバランス」が美しいってのは分かるけど、それだけかなあ。黙ってても、自分はここが美しいとか感じてたんだけど、自信がなかったんじゃないの?

伊野:う〜ん、自信がなかったのもあるし、明確になったというのもあります。

伸坊:「ここはきれいだからいい」って言っていいんだ、ってことではないの?

伊野:いや、その「きれいさ」が半信半疑だった。自信がないというより分かってない、美しさに気付いてない部分があった。自分が描けるようになって初めて理解に達したというか、自分の鑑賞眼と手が一致することによってより分かるという感覚があったし。

伸坊:描けるようになったっていうのは体験だから、その体験をすることで自分が分かったってことは、大切なんだろうね。セザンヌって物の形を円筒や円錐に還元して考える、みたいなこと言うじゃない。そう思ったことによってセザンヌは自分の絵が描けるようになって、自信がついたってことだと思う。だけど、いきなりそう言われたこっちはさあ、「何が言いたいの?」ってなるじゃない。

伊野:うん、セザンヌの言ってることは難しいですよね(笑)。デッサンは修練しないとうまく描けるようにならないけど、このキャンバスにいい感じで色を塗れって言ったら、色塗るくらい誰でも出来るし、その色が何かしらの形になってる。だから絵は誰でも描ける。そこが本質的な部分だと思います。モンドリアン*11の抽象画だって、別に誰かが真似ようと思えば出来るわけじゃないですか。

伸坊:モンドリアンといえばさあ、モンドリアン本人がヘンなんだよね。緑がキライで、ニューヨークで木が生えてないとこばっかり歩いてたとかさ。「抽象画ってものが新しい」っていう時代の空気もあっただろうけど、もともと好みがあったんだなあ。水平と垂直が好きで、斜めはイヤなんだ。で、色は赤・青・黄で緑は大ッキライ(笑)。

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ピエト・モンドリアン「赤・青・黄のコンポジション」(1930) テート・ギャラリー(ロンドン)所蔵

伸坊:モンドリアンがいかにして抽象画を描くようになったかについては、美術の教科書とかで「最初は木の絵を描いてて、それがどんどん簡単な線の集合みたいになって、十文字になって」って説明されてるけど、絶対そんなことないと思う。「こんな風にして単純化した」って本人も言ったかもしれないけど、実際は違うよね。そんな風に順を追ってああいう表現に行ったんじゃない。

伊野:そう思います。ああいう考え方が一つ厄介にしていますよね。

伸坊:「運動」だからね。言い負かさなきゃいけないんですよ、前にあるものを。

伊野:プレゼンのようなものはその頃からあったんだ。

*10 アンドレア・デル・サルト(1486-1531) ルネサンス期に活動したイタリアの画家。フィレンツェ派最後の大家と言われ、のちのマニエリスム絵画にも影響を与えた。夏目漱石『吾輩は猫である』の中で、主人・苦沙弥先生の友人・迷亭がデル・サルトの言葉を披露するが、後で作り話だと種明かししている。なお、便所の壁のシミを模写する話は、正しくはダ・ヴィンチが弟子に言ったと迷亭が話した内容。

*11 ピエト・モンドリアン(1872-1944) オランダ出身の画家で、抽象画を最初期に描いた画家の一人。伝統的な美術教育を受けるが次第に写実表現を離れ、ポスト印象派やキュビスムの影響を受け抽象表現を探求。1920年代に水平・垂直の黒の直線と、青・赤・黄の3原色の色面を組み合わせた「コンポジション」の作風を確立した。

■美術にはバックボーンとなる「理屈」が求められる

伸坊:そうそう。横尾忠則さんがアメリカで展覧会やってくれって言われて、むこうに行くと、なんかそういう「理屈」をこねてくれって言われるんだって。むこうの人はそれをものすごく求めるらしいね。「これこれこういう背景があるからこの絵はエライんだ」って、それを言わなきゃいけないってみんな思っちゃってる。

編集:バックボーン的なものが必要だという話ですね。

伸坊:今、美術関係の本で売れるのって、そういうものでしょ。西洋の絵にはいろいろ約束事があって、こんな神話があってそれをこういう風に表してる。じゃあ、日本の神話が分からない西洋人にとって日本の絵はどうなんだよって。

伊野:ハハハ。美術の本に「この絵のこの部分にはコレコレこういう意味がある」って書いてあるのを読んで納得できる人はいいけど、僕は納得できない。だからそういうのが書いてあると、立ち読みしてたのをやめる(笑)。

伸坊:つまり、「理解して面白い」っていうのは、いろいろ勉強したってことの満足感なんだよ。

伊野:しかもですね、日本美術と違って西洋美術の先生って、基本的に語学が達者ならむこうの文献を読んで、それを紹介するだけで済むんじゃないかって疑念があるんですけど(笑)。むこうの方が研究が進んでるはずですから。

伸坊:全く。その研究ってのがどういう研究なのか、オレ全然興味ないけど。トム・ウルフ*12って美術研究家でもなんでもないコラムニストが『現代美術コテンパン』って本を書いてて、ずいぶん昔に買ったんだけど、2〜3年前に読んだらさ、アメリカの批評家なんかが言ってることが、あまりにも単純で頭悪い(笑)。

伊野:僕も伸坊さんに聞いて読みました。

伸坊:西洋じゃ、ものすごく長い間、3次元のものを2次元に移し替えることに腐心して来た絵画の歴史があるわけだよね。そこへ全然違う絵が入って来て、それまで描いて来たものに対して「なーんだ」ってなって、そこから今までのものを憎むぐらいになっちゃう。「3次元のものを2次元で表現して何になるんだ」って、その勢いで抽象画まで行っちゃった。ポップアートだって、「平面のものを平面に描くのがいいんだ」って、ちょっとでも3次元のものを2次元で表現しようとすると「古い!」ってなっちゃった。

伊野:その、前のものを古いと思ったり憎んだりするような考え方と、デュシャン*13が便器を「泉」と名付けて作品にしたのとでは、何か質が違うような気がしますね。

伸坊:まあデュシャンの場合は、ダダ*14だしね。からかってるんだから。

伊野:デュシャンって、赤瀬川さんもそうだけど、ギリギリまで詰めて考えて、ポーンと思考を飛ばしたところにビタッ! と作品がくっついてる。で、作品の方が思考の言葉よりも先に進んでる。その他の現代美術はデュシャンや赤瀬川さんがポーンと飛んだ距離の間を刻みながら進んでいる感じ。

伸坊:まさにそうだね。刻むのはいくらでも出来る。デュシャンてさ、絵はそんなにうまくないんだ。最初に描いた絵なんて、まんまセザンヌだよね。

伊野:そうですか? 僕はデュシャンの描いた「階段を降りる裸体No.2」の絵を見て、すげーうまいなと思いましたけど。

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伊野孝行画「階段を降りるマルセル・デュシャン」(「画家の肖像」より)
「階段を降りる裸体No.2」(1912/左下)に「泉」(1917/右下)の便器を組み合わせた。なお、「泉」のオリジナルは紛失され写真で残るのみで、本人の許可を得た「複製」が多数現存する。

伸坊:あ、そう。立体派の色とテクニック使って、連続写真の動きを取り入れたってアイデアだよね。それが新しかった。西洋じゃ裸体は動いちゃいけないんだってさ。要するに西洋人がそもそも変だよね。デュシャンの絵でいいなと思ったのはデッサン。ヘタうまなんですよ。やらしいエロっぽい絵がいい。ラクガキみたいなのに、なんか品があるんですよ。

(第13回は6月15日から公開予定です)

*12 トム・ウルフ(1930-2018) アメリカの作家、ジャーナリスト。米国文学における最重要作品の一つ『虚構の篝火』(1987)、NASAのマーキュリー計画に関わった7人の宇宙飛行士を描くドキュメンタリー「ザ・ライト・スタッフ」(1979)の作者。サブカルチャーや現代美術に関する著書も多い。

*13 マルセル・デュシャン(1887-1968) 20世紀で最も重要な作家の一人とされるフランス出身の美術家。ダダの中心人物で、活動初期は「階段を降りる裸体」シリーズなどの絵画を発表するが、30歳以降はほとんど絵画作品を描いていない。また、既製品の小便器を用いた「泉」(1917)などの「レディ・メイド」シリーズはコンセプチュアル・アートの先駆けで、現代美術に多大な影響を与えた。

*14 ダダ 20世紀前半にフランスやドイツなどヨーロッパ各地とニューヨークを中心に同時多発的に起こった芸術運動・思想で、ダダイスムとも呼ばれる。フランスの詩人トリスタン・ツァラ(1896—1963)が1916年にチューリッヒで「ダダ宣言」を行い、それが始まりと言われる。教義的な主義主張はなく、芸術における意味性の否定や既成の常識や価値観の否定・破壊を目指したもの。


取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino伊野自画像その121971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami第12回アイコン_伸坊1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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