第13回後編 不思議な絵はどうやって生まれるのか シュルレアリスム②|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第13回後編 不思議な絵はどうやって生まれるのか シュルレアリスム②


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションを軸に、古典絵画や現代アート、漫画、デザインなど
そこに隣接する表現ジャンルについてユル〜く、時には熱く語り合う。

シュルレアリスム以前の絵画にも、現在のイラストレーションにも
芸術運動のシュルレアリスムとは無関係な「シュールな絵」が存在する。
既成の枠を超えた表現を目指す中で生み出された不思議な絵たち。

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■第13回前編を読む

■日本ではファッションとして受け入れられた

伊野孝行(以下、伊野):シュルレアリスムのこと知らなくたってみんな勝手にそういう絵を描き始めるし、コンペとかにもシュールな絵が毎回出て来るわけですけど、シュルレアリスムについての話はあまりしないですよね。

南伸坊(以下、伸坊):デザイナーやイラストレーターのシュールはファッションだから。理屈は関係ない。難しいこと言いたいわけじゃなくて、効果だよね。見れば分かる面白いものを作らなきゃって、それでみんな工夫してるわけだから。

伊野:なぜこの表現が生まれるに至ったのかを知るのは僕は好きですね。あまりに自分が知らなかったってのもあるけど。シュルレアリスムって「現実を超える」意味だと勘違いしてたし。シュルレアリストたちの初期衝動や問題意識を知るのは、自分たちが今の時代に新しいこと面白いことをやるって時にはプラスなんじゃないかなと思って。

あと、シュルレアリスムって友だちの集いですよね。友だち、そこもいいポイントですよ。アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』て本がきっかけになってますけど、あれも出た時は絶対そんなに売れてないですよねー(笑)。

伸坊:だろうねー(笑)。

伊野:僕の作品集とかも売れてないから励みになりますよ、ははは。

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アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言 溶ける魚』(巖谷國士訳/學藝書林/1989)
巖谷氏の訳による新装版は、1924年の原初版の構成に基づき、自動記述で書かれた物語「溶ける魚」を併録。岩波文庫版(1992)もこの構成を継承。なお、原初版以降の原本は「溶ける魚」を切り離し「第二宣言」などを併録。

 

■シュルレアリスト以外にもシュールな絵を描く画家はいた

伊野:巖谷國士さんは『シュルレアリスムとは何か』の中で「ダリは絵を描く画家だけど、マグリットは絵を考える画家だ」って書いていましたね。

伸坊:ああ、分かりやすい言い方だよね。日本ではダリも流行ったけど、マグリットの方がめちゃくちゃ流行った。オレが高校生ぐらいの時に『みづゑ』とか『美術手帖』にマグリットが出てて、「おもしれ~」って思った。広告の世界でもマグリット調がすごく流行ったね。空にサッポロビールの巨大ラベルが浮かんでるみたいなのとか、マグリットのパクリだよね(笑)。マグリット自身、もともと広告デザイナーだったんだけど。

伊野:シュルレアル風のイラストレーションは広告で使われにくいって言ってたけど、マグリット調ならイケますよね。マグリットの絵の不思議さはだまし絵的であったり、言葉で説明できる部分があるから分かりやすい。僕はエルンストのコラージュが大好きなんですけど、全然言葉で説明できないし、しかもありものの挿絵をコラージュしてて、自分では全く描いてないですもんね。ま、コラージュだから当たり前か。

伸坊:だまし絵っていえば、マグリットとエッシャー*12ってちょっと方向性似てるよね。二人ともなんか主張するとか、テクニック見せるとかじゃなくて、絵そのものを面白がるっていうスタンス。

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マウリッツ・コルネリス・エッシャー「婚姻の絆」(1958)
7月18日まで上野の森美術館で開催中の「ミラクル エッシャー展」に出品された作品。 All M. C. Escher works copyright ?The M. C. Escher Company B. V. -Baan-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com
「ミラクル エッシャー展 奇想版画家の謎を解く8つの鍵」
公式サイト http://www.escher.jp/

伊野:単なるだまし絵ではなくて、見てる人の「絵はこういうものなんだ」という思い込みを外すみたいな。二人の不思議さの方向性は違いますけどね。この間、ルドン*13を見たんですけど、ルドンは印象派の時代の人だけどシュルレアリスムっぽいですよね。ああいう不思議な絵はあの人たちの発明なんですかね。

伸坊:目玉が気球みたいなのとかね。ボッシュなんかも突然ああいう絵が出て来てるのかなと思ったけど、聖書の中にあることを描いてるんだってね。

伊野:ちゃんと宗教的な必要性があって描いているんだけど、知らないで見るとめちゃくちゃ不思議な絵に見える。あとウィリアム・ブレイク*14とか。

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オディロン・ルドン「眼=気球」(1878) ニューヨーク近代美術館所蔵
初期作品はリトグラフや木炭によるモノトーン表現で、1890年以降は画風が変化し鮮やかな色彩を用いるようになったが、一貫して幻想的な世界を描き続けた。

 

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ウィリアム・ブレイク「偉大なる紅き竜と太陽をまとう女」(1805) ブルックリン美術館所蔵
「ヨハネ黙示録」の挿絵として制作された手彩色による版画。紅き竜とはサタン、太陽をまとう女は聖母を表している。

 

伊野:ところで、デュシャンはシュルレアリスムの仲間だったんですか。

伸坊:運動としてのシュルレアリスムには入ってた感じないけど、近くにはいたんだろうね。ダダとシュルレアリスムって重なってるから。

伊野:デュシャンって、1回発明したらもう次へ行くじゃないですか。ずっと同じことやって様式化して来ると、それ自体シュルレアリスムとしてはタブーな感じがするんですが、ダリとかずっと同じことしてて、あれは商売になっちゃったからですかね(笑)。

伸坊:ダリはアメリカ行って、とてもうまくはまったんだね。アメリカ人はスターが欲しかったし、広告にも映画にも新しいイメージがぴったりだった。テレビのバラエティーにも出るし、変な家具作ったり、キャンディーとかジュエリーのデザインもする。なんでもやって、ダリはアメリカの商業システムにうまく乗ったんじゃないかな。

伊野:そう、チュッパチャプスのね。意外でしたよ、知った時。

*12 マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898-1972) オランダの版画家。幾何学的な絵柄パターンが徐々に変化していくメタモルフォーゼ手法や、錯覚を用いた実現不可能な構造物などを用いただまし絵(トロンプ・ルイユ)の第一人者として知られる。2018年、生誕120年を記念した大規模な展覧会が上野の森美術館ほかで開催中。

*13 オディロン・ルドン(1840-1916) フランスの画家。印象派と同時代でありながら、それとは対照的に内面の神秘的・幻想的な世界を描き続けた。特定の流派に属さず独自の画風を貫いた「孤高の画家」とされて来たが、近年の研究で過去の巨匠や同時代の挿絵等の大衆芸術から多くの影響を受けていることが明らかになっている。

*14 ウイリアム・ブレイク(1757-1827) イギリスのロマンティシズムを代表する画家、詩人。版画家・挿絵画家として活動を始め、自ら発明したレリーフ・エッチング手法による彩色印刷(Illuminated Printing)により挿絵と文字テキストを同列に収録した詩集を発表。自身が「ヴィジョン」と呼んだ「幻視」の能力で得たイメージを反映した幻想的な世界観は生前あまり評価されなかったが、現在は高く評価され、文学、芸術、音楽など多方面で大きな影響力を持っている。

■「運動」ではなく「考え方」としてのシュルレアリスム

伊野:横尾さんの絵は別にシュルレアリスムとは言わないですよね。

伸坊:どうかな、どの立場の人が言うかじゃない? 自分をシュルレアリストと言ってる人が「横尾忠則もシュルレアリストだ」って言うことはありうる。巖谷さんなんかのおっしゃる本来のシュルレアリスムは「考え方」とか「生き方」のことだから。でも美術史の中ではもう「終わってるもの」として扱われてる。つまり印象派があって立体派で未来派で、ダダで、シュルレアリスムでってのが美術史だと思い込んでる人は、ダダが終わって、シュルレアリスムも終わったと思ってるんじゃないかな。

編集:ステートメント*15で、「私はシュルレアリストです」と宣言する人って今時いないんじゃないでしょうか。

伸坊:いや、いたっておかしくないんだよ。シュルレアリスムのスタイル・手法で描いてますって意味だったら、それはシュルレアリストじゃないんだし。

伊野:横尾さんは宣言大好きだから、そういう意味ではシュルレアリストかも(笑)。印象派だって当初は前衛だったけど、時代が過ぎると当たり前になって、普通の人にも理解されてる。だけどデュシャンとか「永遠の前衛」ですよね。「泉」は1917年だから去年でちょうど100周年だったけど、未だにあれが一般に理解されてるわけじゃないですから。いつ見ても惹かれるし、終わっていない。

自分の中ではシュルレアリスムの運動は過去のものだと思ってたこともあったんですけど、絵描きは印象派とかシュルレアルとか抽象とか言い出す前から、似たような絵は描いてきてたと思う。シュルレアリスム自体、未完や遊びや合理的でないことにの中に人生を見つけることだから、そういうのは終わるわけないですよね。ま、シュルレアリスムという大きな花が咲いて、実がなってタネが飛び散って、みんなの中にそれぞれ入ったから、ことさらもう言う必要がないのかもしれないけど。

伸坊:伊野君がいつも言ってることだけど、運動とか新潮流とかってんじゃなく、今はどんな絵描いたってなんでもありだから、現時点で新鮮に感じさせるイメージを提示できるかどうかじゃないのかな。でも、シュルレアリスムの考え方はむしろこれからの、例えば「AIが絵を描く」みたいな話になった時に、意味が出て来るかもしれないよね。

AIの描いた絵があたかも人の手で描いたかのような効果まで出せるようになったら、普通の人たちはそれを見て感動するのかな。

伊野:AIが「自動記述」を始めるとか。ま、AIは自動ですが(笑)。

編集:村上隆氏*16の「スーパーフラット」*17にしても、アートの文脈に漫画やアニメを持ち込んで並列に見せたという新しい「提案」がありましたが、個々の表現手法や様式自体は前の時代から存在しているものでしたね。

伊野:あの時代はまだそういう主張がしやすかったですね、今から思えば。

*15 ステートメント 「声明」「声明文」の意味。展覧会においては、主催者や作者本人がその展覧会や展示作品に対する考え、制作意図などを述べた文章を指す。

*16 村上隆(1962-) 現代美術家。アーティスト集団カイカイキキ主宰。アニメやフィギュアなど日本のオタク・カルチャーを取り入れたアート作品で知られる。自身の制作活動のほか、アートフェスGEISAIなどを通じた若手作家の発掘・支援やアートマーケットの開拓、アートイベントの企画プロデュース、さまざまな企業やブランド、ミュージシャンとのコラボレーション企画を手がける。

*17 スーパーフラット 村上隆が提唱、展開した芸術運動、概念。浮世絵などの古典絵画から現代のアニメ・漫画にまで通じる日本の絵画表現の立体感のない平面性と、日本におけるファインアートと大衆芸術の区別のなさ、階層のない社会、消費文化の空虚さを結びつけ、これらを同列に「フラット」に紹介する試み。同タイトルの展覧会が2000?01年日本とアメリカ数カ所で開催された。

■今や現代アートがイラストレーションを真似ている

伸坊:シュールっていうと、ダリみたいなのだけがシュールだってのが世間の見方だけど、シュルレアリスムにはもっとのんびりした、素人っぽいのとかヘタうまみたいなのもあって、むしろそっちの方がメインなんだよ。

伊野:そうなんですよね、僕も知らなかった。すげぇバカバカしいのありますよね。ブローネル*18の「モティーフについて」って絵がくだらなくて(笑)。

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ヴィクトル・ブローネル「Sur Le Motifモチーフについて」(1937 ポンピドゥーセンター所蔵)

 

伊野:「イラストレーションかアートか」みたいに言われる作品って、前々からシュルレアリスムっぽいヴィジュアルが多いような気がするな。2017年のTIS公募展で大賞獲った人、平井豊果さんの絵もちょっとシュルレアリスム的で、ヒロ杉山*19さんや木内達朗さんが推してましたね。

伸坊:ああ、ヒロ杉山さん、公募展の審査ん時隣にいたな。湯村さんとこにいたんだってね。でさ、オレもう湯村さんの大ファンだから、湯村さんの話ばっかしてた(笑)。

伊野:イラストレーションの可能性を探る時に、ヒロさんのように、現代美術からいろんなものを持ち込もうとする手もありますよね。

伸坊:他の分野のものをスライドさせる、こっちからこっちに持って来るっていうのは重要な方法論だよね。例えば、つげ義春さんが随筆のスタイルでマンガ描いた、そういうのはそれまでマンガの世界にはなかったんですよ。そうすることで新しい表現が生まれる。でもさ、現代アートなんて全然面白くないのに、なんでその面白くないのイラストレーションに持ち込むの?

伊野:ハハハ、面白い現代美術もありますし(笑)。ドナルド・バチュラー*20とか当時知りましたもん。ハゲたおっさんが夕日見てる絵とか、唐突にオクラやジャガイモが描いてあったり、一般的に有名な人じゃないけど絵がおかしくて好き。バチュラーは都築響一*21さんが京都書院から出してた『アートランダム』っていう現代美術全集みたいなのに入ってました。ヒロさんや伊藤桂司*22さんが若いイラストレーターたちに現代美術への興味を開かせたというのはあると思いますね。僕もその一人だった。赤瀬川さんの本はそれより後で読みましたね。現代美術の入り口もいろいろある。

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ドナルド・バチュラー「Deep North」(1989) cortesy the artist and Fisher Landau Center for Art.
『Art Randam(98)』(都築響一著/京都書院/1990)より転載

 

伸坊:現代美術がエライと思ってんのかな? だってさ、今、現代美術の方がイラストレーションの真似してんじゃん。

伊野:そう、今は完全に逆転現象が起きてますね。日本のアニメの絵がそのまま現代美術なんですから。

伸坊:湯村さんはポップアートの同時代にポップ的なものをイラストレーションに取り入れたんだけど、さらに、それ、追い抜いちゃったんだよ。そこがすごいんだよ。

伊野:うん、すごいっす。

(第14回は7月上旬に公開予定です)

*18 ヴィクトル・ブローネル(1903-66) ルーマニア出身のユダヤ系画家。キュビスム、ダダを経て、パリ訪問を機にシュルレアリスムに加わる。呪術的、神秘的な作品が多い。一時期は目が飛び出したり片目を傷つけた人物を多数描き、それはしばしば自画像であったが、のちに彼は喧嘩に巻き込まれて実際に左目を失っている。

*19 ヒロ杉山(1962-) イラストレーター、クリエイティブディレクター。湯村輝彦のフラミンゴスタジオにデザイナーとして勤務後、1987年谷田一郎(1964-)と「近代芸術集団」結成。日本グラフィック展海外審査員賞、竹屋すごろく名義でザ・チョイス大賞受賞。97年クリエイティブ集団エンライトメント結成。広告や音楽関連のグラフィック・映像制作、展覧会での作品発表、VJ、ZINEイベントなど多彩な活動を行う。

*20 ドナルド・バチュラー(1956-) ニューヨーク在住のアウトサイダー系の画家、彫刻家。「子どもの落書き」のような画風が特徴。日本ではアウトサイダーアートの展覧会での紹介にとどまるが、1980年代以降世界各国で個展が開かれ、多くの美術館に作品が収蔵されるなど世界的な評価を得ている。

*21 都築響一(1956-) 編集者、ジャーナリスト、写真家。大学在学中から美術・デザイン分野でライター活動を開始、フリーランスの編集者として『POPEYE』『BRUTUS』などの雑誌に関わる。東京に住む多種多様な人々の生活空間を撮った写真集「TOKYO STYLE」で写真家として評価を得て、日本の珍スポットを集めた『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』で木村伊兵衛賞受賞。これまでスポットが当たらなかったモノや人々を取材し続け、自身が運営する有料サイト「Roadsider’s weekly」等で発表している。

*22 伊藤桂司(1958-) イラストレーター、アートディレクター。1980年代より広告、雑誌、音楽関係のアートディレクション、グラフィックワークを幅広く手がける。ミュージックビデオ制作や、コラージュやペインティングなどによる作品制作、展示も行う。京都造形芸術大学教授、UFG(Unindentified Flying Graphics)主宰。


取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino伊野自画像131971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami13回アイコン-伸坊1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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