第14回前編 不思議な気分になれることも絵の娯楽性 シュルレアリスム③|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第14回前編 不思議な気分になれることも絵の娯楽性 シュルレアリスム③


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションを軸に、古典絵画や現代アート、漫画、デザインなど
そこに隣接する表現ジャンルについてユル〜く、時には熱く語り合う。

世の中は常に「明るく楽しい絵」を求めているというが、それだけだろうか。
怖い映画を観たり、泣ける小説を読んだりするのも「娯楽」だとすれば
見る者に驚きを与え、不思議な気分にさせる絵の魅力にも着目したい。

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第14回アイコン

■絵のマチエールに興味がなかったマグリット

伊野孝行(以下、伊野):前回、シュルレアリスムは「驚かせる」って話が出ましたけど、シュルレアリスムは不思議な気分にもさせてくれます。

南伸坊(以下、伸坊):驚かすというより、「驚く」ね。「笑い」と同じように「驚き」とか「不思議な気分」っていうのは一種の娯楽だよね。たとえば脳みそのエラーで「デジャヴ」*1が起こるでしょ。

なんか面白いんだよねデジャヴ、何で面白いんだろ? 「脳が脳のことを考える」ってことかなってとりあえず思ってるんだけど。脳が脳について考える感じが面白いんだと思う。

伊野:そう、僕このあいだ、パソコンで「コマンド+C」(コピー)を使おうとしたら、突如「C」のキーがどこにあるか分からなくなったんですよ。指の動きで場所を覚えてるはずなのに、キーボードを何回見渡しても見つからない。順番に指でさして確認していってもどこにも「C」がない。「あれ、なんか今オレ変だぞ!」ってビビりましたが、ちょっとその状況が面白かったですね。2分くらいしたら見つかりました、いつもの場所に。なんだったんだろあれは? これからこういうのが頻発してきたらヤバイ(笑)。

伸坊:アハハ、そりゃあ頻発します。もっと年とったら(笑)。

脳みそが自己言及的に脳みそを考える、それを面白いと思うように人間の脳みそは出来てるんじゃないかってのが“オレ仮説”なんだけど。笑い話って結構そういう構造だよね。「メタ」言語っていうのは言葉についての言葉のことだけど、「メタ学習」って“オレ造語”でいうと、「学習」についての学習。これが「面白い」の正体じゃないのか。

伊野:確かに落語の「頭山」とかそうですね。脳みそが戸惑っちゃう。「ダリは絵を描く画家で、マグリットは絵を考える画家だ」て巖谷國士さんの本に書いてあったかな。シュルレアリスムは絵を自己言及的に捉えてるんでしょうか。

伸坊:絵をっていうより、やっぱり脳みそをかな。巌谷さんの仰るのはマグリットは絵のマチエール*2に対して執着がなかったってことなんじゃないかな、こういうアイデアを絵に描きたいと思ったら、それが描けてればいい。美術館でマグリットの絵見て、看板描きの絵みたいだって悪口言う人いるよね。そういう人たちは絵のマチエールが好きなんだ。マチエールのない絵はそういう楽しみを与えてくれないから面白くないって、そういうことなんじゃないかな。

伊野:逆に僕にとってマグリットの魅力は、あの「思い入れのなさ」で画面の隅から隅まで均一に描いているところですね。普通は描きたいところとそうでないところに差が出来ちゃうもんですよ。なかなかああいう風に描けない。

伸坊:マグリットが変わった絵描きなのかもね。

ルネ・マグリット「大家族」(1963 宇都宮美術館所蔵) 広告や音楽ジャケットにも大きな影響を与えているマグリットの作品の中でも、よく知られる作品。

ルネ・マグリット「大家族」(1963 宇都宮美術館所蔵)
広告や音楽ジャケットにも大きな影響を与えているマグリットの作品の中でも、よく知られる作品。

 

編集:横尾忠則さんもマチエールには全く興味がないっておっしゃっていました。自分のマチエールを一所懸命作ってる時間がもったいないって。

伊野:世田谷美術館で見た横尾さんのアクリルの大きい絵は、よく見ると一部の人物がペロッて剥がれてた。そこだけカラーコピーかなんかなんですよ(笑)。その「図像」さえあればいいってことで。

*1 デジャヴ 「既視感」を意味するフランス語。実際は体験していないのに、どこかで見たり経験したように感じること。しばしば予知夢と結びつけられて考察される。

*2 マチエール 材料、材質を意味するフランス語で、美術用語で絵画の表面の凹凸や質感を指す。テクスチャーともいう。描画時の筆跡や絵具の厚みに由来するものと下地に由来するものがあり、後者では粒状性のある地塗り材を使ったり、厚く盛り上げたり、波形や櫛目のパターンをつけるなど作為的な要素が多い。

 

■不思議な気落ちになれるのも絵の娯楽性

伊野:シュルレアリスム的なイラストレーションはあまり需要がないって言ってたじゃないですか、でも、今までにそういう人も結構いませんでしたっけ。

編集:全然いなくはないですが、昨今は広告や雑誌では分かりやすく明るいイメージを求められていて、難解なものやネガティブなものは避けられる傾向があると思います。

伸坊:なんか明るくって分かりやすいって、そんなのばっかでつまんなくないの(笑)。

伊野:分かりやすいから面白いわけではないんですけどね。マグリット風の広告がいっぱいあったという話は前回しましたけど、やっぱり不思議な絵にはかならずどこか引っかかりがありますよね。

伸坊:そうそう、明るい気持ちにさせるのと同じに、不思議な気持ちにさせるってのも娯楽性だよね、最初から「それはダメなんです」ってなっている広告制作側の頭の貧困さってことだよね。

伊野:僕は明るいものばっかり見てると、逆に気持ちが落ち込んで来ます(笑)。

伸坊:アメリカの1950年代の広告って、まさにそれだよね。オレたちが子どもの頃に見てたアメリカのホームドラマとか、どこもかしこもものすごく明るくなっちゃってて。今アメリカでそんなことやったら、お笑いでしょ。

伊野:みんなニコニコしててね。僕は画学生時代、ニコニコしてる顔なんて描きたくないって思ってたんですよ。マティスの描く人物は全然ニコニコしてない。絵画の中の人って、表情があるようなないような顔で、そういうのがカッコいいって思ってた。マティスの絵の中の人がニコニコしてたら、全然絵のニュアンス変わっちゃうし。でも、イラストレーターになろうとしてそんなとこで我を張るのも馬鹿らしいなと思って。尊敬する伸坊さんだってニコニコした顔いっぱい描いてるし。

伸坊:アハハハ、そうだね。

伊野:別にニコニコしてるから、格調が下がるわけでもない。伸坊さんの絵はかわいいけど甘くはないですからね。でも、表情って難しいですね。ちょっと線が変わったり配置が変わったりするだけで、同じニコニコでも全然違う。

南伸坊画「ニコニコしてても甘くはない」

南伸坊画「ニコニコしてても甘くはない」

 

編集:最近は「明るい絵」一辺倒ではなくなって来ていると思います。

伸坊:変わっていくと思いますよ、広告作る方だって。

 

■甘い絵だけでなく辛口やブラックな絵も欲しい

伊野:「甘さ」っていうのは「美味しさ」につながるので、絵本にしてもお母さんは「甘い絵本」を買って読ませたがる。だから売れる。甘くない絵本ていうのは長新太*3さんの絵本とか。でも子どもにしたら、甘いのばかりじゃイヤだと思うけど。

編集 ある方向に行きすぎると、今度は反発のようなものが出て来ますよね。

伸坊:お酒も「甘い」のはダメってなったよね、辛口が通みたいな。昔は甘みのある旨味のあるお酒がいいってなってて、それで人工的に甘み加えたのが出て来た。それが甘ったるいって評判悪くなったんで、作り方を昔風に戻してとか、いろいろうるさくなったんじゃないですか。

伊野:吉村昭*4さんのエッセイに「ある時期に日本酒で革命が起こって急に味が良くなった」って書いてあったんですけど、いつ頃ですか。

伸坊:いつだろ? 戦争中に人工的に醸造した酒が流通して、戦後もしばらくそれで続いて、もっとちゃんと昔みたいな作り方をしなきゃって、そっからじゃないかな。お米すごく研いで削って削って作るのが大吟醸っていう。雑味を取るとかいうけどね、でも大吟醸って飽きますよね。

伊野:僕も大吟醸好きじゃないんですよ。安い本醸造とかの方が好き……って、一体何の話してんだって(笑)。

編集:絵も「甘い絵」一辺倒ではなく、ダークな中にも笑えたり楽しい要素があるようなものがあっていいんじゃないかと。

伸坊:アハハ、戻しましたね(笑)。オレが高校生ぐらいの頃、ブラックユーモア*5ってのが流行ったんですよ。「ブラックユーモア選集」って短編小説集が出たりもした、そのブラックユーモアってのはシュルレアリスムから出て来たものだったんだけど。

伊野:へえ〜! ブラックユーモアってシュルレアリスムから出て来たんですか。

伸坊:そう。今はブラックつったら「ブラック企業」とかだね。

*3 長新太(1927-2005) 漫画家として活動を始め、漫画家集団「独立漫画派」で小島功や井上洋介らと交流。やがて絵本、児童書を多く手がけるようになる。シュールで不条理なナンセンス絵本で人気を博した。

*4 吉村昭(1927-2006) 小説家。緻密な取材に基づいた歴史小説、ノンフィクション小説で知られる。代表作は「戦艦武蔵」「桜田門外ノ変」など。没後に刊行されたエッセイ集『味を訪ねて』(2010/河出書房新社)収録の「日本酒花盛り」に、日本酒が急に美味しくなった話を書いている。

*5 ブラックユーモア 世の中の不条理を笑い飛ばす皮肉の利いたユーモア。特にイギリスで好まれる。文学においては、アンドレ・ブルトンが1935年に風刺性の強い笑いをブラックユーモアと分類し、40年に「黒いユーモア選集」を著した。1960年代に入ると、文学や映画・ドラマ、漫画などでブラックユーモアが流行した。

 

■シュルレアリスムとは距離を置いていたバルテュス

伊野:話してて気付いたんですけど、伸坊さんは、印象派とか古典絵画の時は画家の名前がなかなか出て来ないけど、シュルレアリスムの時はちゃんとスラスラ出て来ますよね。僕の間違いも正してくれる(笑)。

伸坊:アハハ、若い時に憶えたことって忘れない。勉強して憶えたんじゃなくて好きで憶えちゃったことは忘れないよ。オレ、高校ン時に澁澤龍彦先生の美術エッセイ『みづゑ』で読んでものすごく面白かった。我が意を得たっていうか気が合った。なんかへんてこで、変わってるもん好きだったから。澁澤さんの好みがシュルレアリスム系の人が多かったんですよ。マグリット知ったのもゾンネンシュターン*6知ったのもそうだし、バルテュス*7とかピカビア*8とか、全然知らない画家ばっかり。ピカソなんか出て来ない。

伊野:澁澤さんて、ピカビア好きだったんですか。

伸坊:好きだと思いますよ。ピカビアの絵って、ちょっとヘタうま系なんだよね。なんか味がある。僕も好きだなあ、横尾さんも好きだって書いてたね。

伊野:僕も20年くらい前、新宿の伊勢丹の美術館展で見ました。あ〜、あの頃は伊勢丹に美術館があって、そこでピガビア展やってたんだもんな〜。

フランシス・ピカビア「母なしで生まれた娘」(1917) 時代ごとに作風を変えたピカビアでも最もよく知られるのが、「機械の時代」と呼ばれる歯車など機械部品をモチーフにしたシリーズで、初期ダダとも時代が重なる。

フランシス・ピカビア「母なしで生まれた娘」(1917)
時代ごとに作風を変えたピカビアでも最もよく知られるのが、「機械の時代」と呼ばれる歯車など機械部品をモチーフにしたシリーズで、初期ダダとも時代が重なる。

伸坊:バルテュスなんて、澁澤さんが紹介した頃はまだ誰も知らないし、エッこんなやらしい絵出していいの? って。今まで見たことない感じだったな。

伊野:バルテュスの初期の絵は古典絵画の格調と、見てはいけない禁断のイメージと、不思議さもあるしイヤらしさもある。だんだん晩年になると不思議ではなくなるし、イヤらしさも……。

伸坊:どっちもなくなってくよね。やらしくもないし不思議でもない。

伊野:枯れるってことなんでしょうか。僕は後期の絵も割と好きなんですけどね。バルテュスが日本に来た時、街を歩いてて「兵隊やくざ」の看板を見て、「このバルザックに似た俳優は誰だ?」って、そこから勝新太郎とバルテュスの交流が始まったんですよね。勝新のファンの中で一番の大物。Youtubeにバルテュスのスイスの山荘で勝新が三味線弾いて聞かせる映像が上がってますよ。痺れますね。

伸坊:アハハ、勝新の中に響きあうもんあったんだろうね。とにかく澁澤さんの美術エッセイでバルテュス知ったって世代にとっては、世の中ってこんなに変わったんだってくらい変わったよね。

バルテュス展公式図録(2014) 東京都美術館と京都市美術館で2014年に開催された大回顧展の図録。表紙の作品は「美しい日々」(1944-46/部分)。

バルテュス展公式図録(2014)
東京都美術館と京都市美術館で2014年に開催された大回顧展の図録。表紙の作品は「美しい日々」(1944-46/部分)。

 

伊野:今やバルテュスも大人気ですもんね。ジャコメッティ*9も「棒人間」に行き着く前はシュルレアリスム的な彫刻を作ってましたが、バルテュスの絵の不思議さというのもシュルレアリスムを意識したものなんでしょうか。

伸坊:いや、バルテュス自身はむしろ距離を置いてたらしいね。ブルトンとかはバルテュスのこと褒めるし、シュルレアリスムに入って来て欲しかったんだろうけど、入ってくれない。

伊野:へえ。でも仲間に入らなかったおかげで、バルテュスはバルテュスって感じがする。違う時代に生まれてもああいう絵を描くんじゃないかって。

伸坊:そうだね、子どもの時の絵もすごくいいんだよね。

伊野:「ミツ」、完璧ですよね、あれ。バルテュスが今の時代に生まれてたらどんな絵を描いたか分かりませんが、結局、意識しようとしまいと、遠ざけようと遠ざけまいと、絵描きは自分の生まれた時代を生きて描くしかない。売れっ子になる条件は、自分の泳ぐ力と潮の流れに乗れること。潮目が変わっても、自分の力で泳ぎ切らないといけない。僕は沈まないようにどこかでプカプカ浮かんでいられたらラッキーです。

伸坊:ピカソでも誰でもそうで、時代の波に乗れたから売れたってのはあると思いますよ。売れた人の絵しか残ってないけど、今見たらスンゲエ面白い絵があったかもしれない。今見て面白いかってことと、その時代に波に乗ってウケたってのはホントは違うと思うな。

(後編につづく)

*6 フリードリッヒ・シュレーダー・ゾンネンシュターン(1892-1982) ドイツのアウトサイダー系画家。幼少時から問題行動で何度も感化院に送られ、成人後も密輸や詐欺罪などで逮捕され、刑務所や精神病院に送られる。精神病院で出会った画家の影響で絵を描き始めた。球体間接人形で知られるハンス・ベルメール(1902-75)がブルトンに紹介し、パリの国際シュルレアリスム展(1959)に出品し注目を集めた。

*7 バルテュス(1908-2001) フランスの画家。本名バルタザール・ミシェル・クロソウスキー・ド・ローラ。思春期の少女をモチーフにした作品で知られ、その猥褻性が物議を醸したが、バルテュス自身は少女にはまだ何かになりきっていない「移行中の美」があるとした。アカデミー・ド・フランス館長として来日した際に出田節子と出会い、5年後の1967年に結婚した。「ミツ」は愛猫ミツとの交流をモチーフにした少年時代の素描画集。

*8 フランシス・ピカビア(1879-1953) フランスの画家、詩人。初期は印象派の影響を受けた作風で、次にキュビスムに傾倒、1915年ニューヨークに移って機械をモチーフにしたシリーズを描き、デュシャンやマン・レイとともにニューヨーク・ダダを形成。パリに戻ってパリのダダにも参加するがのちに決別、シュルレアリスムにも関心を寄せ、展示などに参加。作風は時代ごとに次々変化し、後年は抽象画や点描画を描いた。

*9 アルベルト・ジャコメッティ(1901-66) スイス出身の彫刻家、画家。後期印象派画家だった父の影響で早くから絵画や彫刻を学ぶ。1922年パリに出て、キュビスムの影響を受けた彫刻作品を作り始め、30年からシュルレアリスムに参加。35年にシュルレアリスムから離れ、細長い人物の彫刻を数多く制作する。晩年は絵画や石版画など平面作品も制作した。


取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino伊野自画像141971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami第14回アイコン_南1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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