第14回後編 イラストレーションは意識的でアートは無意識的? シュルレアリスム④|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第14回後編 イラストレーションは意識的でアートは無意識的? シュルレアリスム④

イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションを軸に、古典絵画や現代アート、漫画、デザインなど
そこに隣接する表現ジャンルについてユル〜く、時には熱く語り合う。


理性や意識の下の「無意識」に着目したシュルレアリスムでは
運動としては過去のものと思われているが、その思想は今も生きている。

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第14回アイコン

■何を描けば面白くなるかを見つける力

伊野孝行(以下、伊野):つげ義春さんの描く風景って不思議ですよね。僕が一番興味があるのは、どうやったらああいう不思議な感じを出せるのかなって、それを知りたい。

南伸坊(以下、伸坊):「ねじ式」ってかなりカメラ雑誌の写真、引用してるんですよ。赤瀬川さんの生徒だったとき、神保町の古本屋から写真雑誌の安くなったの買って来て水木プロ方式で「写真をペン画で模写する」って実習やった時にね、『カメラ毎日』とか『アサヒカメラ』とかめいめい買ってきた本から写真選んでたんだけど「アレッ、これ、ねじ式みたい」って言うヤツがいて、みんなでどれどれってみると確かに「ねじ式」のコマの風景なんだよ。

その後、漫画オタクがこれもこれもって感じに見つけてったらかなりの数のコマが他人の撮った写真の引用だってなったんだけど、これは盗用とか著作権侵害とかってことじゃ全然ないとオレは思う。当時は写真家もそんなうるさいこと言わなかったってのもあるけど、オレは今だっておんなじ意見。

それで、なんでつげさんの描く風景が不思議かっていうとそれはつげさんが、その写真の不思議さをすくい取ったんだと思う。

編集:写実的に描いているだけのようで、シュール感が出ているのが不思議です。

伸坊:「ねじ式」は夢を漫画にしたって言ってるんだけど、絵にする時は細部がなきゃ伝わんないよね、で写真を引用するんだけど、自分のイメージの写真を選べるってことは、夢のニュアンスをつかんでるってことでもある。

あるいは、写真の連なりから不思議な感じ作ってくみたいなこともあったかもしれない。伊野君は写真どんな感じで使う?

伊野:僕は文章とかを読んで場面を思い浮かべる方が楽というか、写真はそのイメージを補強するための資料みたいな扱いで。でも、資料写真見すぎるとそれに引きずられちゃって、イメージの邪魔になったりする。それに僕が思い浮かべるのは映画のワンシーンみたいなもんで「不思議なイメージ」を作り出す才能が自分にはあまりない。コラージュやってもエルンストみたいに不思議な感じにならないんですよね。

伸坊:だってコラージュはさ、人間の頭んとこに鳥の頭を持って来たりすればもうそれでとりあえず変な感じになるよね。それじゃあつまんないの?

伊野:うん、「もう一工夫」ってやってるうちにどっか理屈で繋いじゃうんですよ。そうすると当たり前な絵になっちゃう。何か発想の秘密があるのかな。あと、コラージュをやる時にいっぱい素材があれば面白いアイデアが浮かぶかもしれないけど、あまり素材を揃えないまま始めるからダメなんでしょうね。

 

■「手口」が分かったら面白くない

伸坊:シュルレアリスムではそれ理論化してて、名前もついてるんですよね。「ディペイズマン」(dépaysement=違和感)とか「メルヴェイユ」(merveilleux=驚き)とかってシュルレアリスム用語がある。驚きっていうのは方法っていうより、シュルレアリスムのテーマかな。

伊野:すごい、難しい言葉がスラスラ出てくる!(笑) 「メルヴェイユ」って知らなかったです。ロートレアモン*10って詩人に「解剖台の上でミシンとこうもり傘が偶然出会った」ってシュルレアリスムの有名な詩があって、高校生の時に知って、なんのことか分からなかったけど覚えてる。マン・レイ*11が実際、解剖台の上にミシンとこうもり傘を置いて撮った写真があって、伸坊さんがそれを見て「そのまんまだな」って(笑)。

伸坊:アハハ、「ミシンと蝙蝠傘」がつまりディペイズマンなんだけど、でも、まんま写真にしてもねー、あんまし驚かない。言葉が喚起するイメージと、ヴィジュアルのイメージ力って違うでしょ。ミシンと蝙蝠傘って、字面からパッってスパークする感じはあるんだけど(笑)。詩ってなんかそういう手口分かっちゃうと「ずっとやってろ」って感じだよね。技法から出来てるものって、こうすれば出来るんだろって見透かされちゃったら、もう面白くない。

伊野:そうか、やり方が技法にまでなると見透かされちゃうんですね。作ってる側も技法にならないように注意しないといけないんだ。

伊野孝行画「シュルレアリスム将棋」(2013 『イラストレーション』No.197 How to Drawのための作品) ディペイズマンの効果を狙って、シュルレアリストたちが将棋に興じる設定。デュシャン(1)とマン・レイ(4)の対局。マグリット(2)とダリ(3)は時計係。デュシャンは絵の制作をやめてチェスばかりしていた時期があり、マン・レイとチェスをしている写真も残っている。

伊野孝行画「シュルレアリスム将棋」(2013/『イラストレーション』No.197 How to Drawのための作品)
ディペイズマンの効果を狙って、シュルレアリストたちが将棋に興じる設定。デュシャン(1)とマン・レイ(4)の対局。マグリット(2)とダリ(3)は時計係。デュシャンは絵の制作をやめてチェスばかりしていた時期があり、マン・レイとチェスをしている写真も残っている。

 

伊野:伸坊さんは漫画では不思議なお話を描いていますけど、一枚絵では?

伸坊:そういう絵を描きたいってあまり思わなかったな。キリコの絵好きだけど、真似しようたって、あ〜んな変な感じ出せない。やっぱり本人の中に「描きたい」ってのがあると思うんだよ。ルソーだって、植物園とか博物館行って自分の世界作りだすんだけど、面白いもんね。描いてる色だったり光の感じだったりが、ルソーの出したいイメージがかぶさって、あの奇妙で不思議な感じが出るんじゃないか。

伊野:僕の場合、不思議のイメージがそもそも曖昧なまま絵をスタートしちゃう場合が多い。どこが着地点なのか分からないまま描いて失敗する。不思議だからと言ってイメージが不定形じゃダメなんですよね。やっぱり描く方は狙いを定めないと。

前に、家電製品の箱に入ってる発泡スチロール、あれを静物画で描こうと思ったんです。不思議な形だけど、家電の形のネガで、機能美がある。でもそれ自体存在してても意味がない。箱から出したらゴミ。じっと見てると神殿か何かにも見える。これを静物画にしたら面白いかも、ってその時は着地点が分かった上で描いてみた。

伊野孝行画「隙間を埋めるための発砲スチロールの静物画」(2011)

伊野孝行画「隙間を埋めるための発砲スチロールの静物画」(2011)

 

*10 ロートレアモン(1846-70) 詩人。本名イジドール・デュカス。ウルグアイ生まれで、作家を志しパリに出る。散文詩集『マルドロールの歌』(1869)と本名で刊行した小冊子『ポエジーⅠ・Ⅱ』(1870)を残し24歳の若さで死去。20世紀に入って詩人や文学者たちの間で評価され、特にシュルレアリスムに多大な影響を与えた。

*11 マン・レイ(1890-1976) 写真家、画家、彫刻家。初期はニューヨークで活動、デュシャンとともにニューヨーク・ダダの中心的存在となる。1921年拠点をパリに移すと、パリのダダイストと交流しながら本格的に写真家の活動を開始。商業写真家として成功を収め、シュルレアリスムが起こるとその運動にも参加する。絵画や実験映画なども手がけたが、写真による作品での評価が高い。

 

■夢で見たことの不思議さを伝えられるか

伸坊:さっきのつげさんの「ねじ式」の写真、きっと自分がピンと来るもの選んでるんだよね。夢を描いたって本人は言ってるけど、イメージをいろんなところから持って来てるわけだからそれだけじゃない。そこも面白いよ。夢の中の景色ってどこか少しずつ変じゃない? どんな風にしたらその変な感じ出せるのかって、すごい考えてるよね。もっとボーッとした夢の漫画も描いてて、「外のふくらみ」っていう自転車で地下道うろうろする漫画なんだけど、夢の生理っていうか、夢に出て来がちな景色の奇妙さをものすごくうまく捉えてる。

伊野:あの漫画いいですよね、タッチもいつもと違うぼんやりした水彩みたいな感じで。普通は夢の話を聞かされても、ちっとも面白くない。夢を見た人は「体験」として話してるけど、聞いてる方は「夢だろ?」って思って聞いてるから。つげさんの漫画はそこがうまいですよね。蛭子さんも夢で見たことをそのまま漫画にしてるって言ってたけど、夢の不思議さを読者に体感させるってすごい。

つげ義春「外のふくらみ」(1979)より 『夜行8』(北冬書房)に掲載された短編作品で、オリジナルはカラーで描かれていた。「つげ義春全集(6)」(筑摩書房/1994)、「義男の青春・別離」(新潮文庫/1998)に収録。

つげ義春「外のふくらみ」(1979)より
『夜行8』(北冬書房)に掲載された短編作品で、オリジナルはカラーで描かれていた。「つげ義春全集(6)」(筑摩書房/1994)、「義男の青春・別離」(新潮文庫/1998)に収録。

 

伸坊:伊野君は夢覚えてる方? オレはぜんぜん覚えてないんだ。

伊野:明け方に必ず目が覚めるんですが、二度寝した時はわりと覚えてます。でも二度寝で見る夢ってなんか質が低いっていうか。

伸坊:おそらく赤瀬川さんやつげさんは夢で見たことかなりクッキリ覚えてんじゃないかな、身体の調子悪い方が夢見るからね。なかなか寝られないとか、不安感を抱いてるとかで怖いとか落ち着かない感じがいつもあったんじゃないかな。だから絵に出来る。横尾さんの夢の絵もすごくうまいよね、自分じゃ描けないのに、絵見せられると「そうそう夢ってこんな感じ」って思う。

伊野:横尾さんの日記って、夢で見たことと現実に起こったことを区別しないで書いてあって、最初それに気づかず読んで「横尾さんてスゲーな! さすが大芸術家は違うな」って思ってました(笑)。夢の話だと分かって読むと、いろんな部分が納得できました。

伸坊:アハハ、赤瀬川さんもつげさんも横尾さんも、みんな区別ついてないかもな。普通のヤツが何もないところから荒唐無稽なこと言って「実は夢でした」って言ったって全然つまんないもんね。

伊野:「夢オチ」ですね。「夢オチ」縛りでみんなで一斉に何か作ったら一つくらい傑作も出来るかも。

伸坊:作った夢の話なんてつまんないよ。面白いって思う夢の話って自分が見た夢みたいに感じるんですよ。ユング*12とか共通無意識とか共通して持ってるイメージがあるっていうけど、「こういう夢見るよなあ」って共通するイメージの持ち方って、確かにあるよね。いわゆる「へたな絵」でも、面白いなって絵と、引っ掛かりも何もない絵があるじゃない。それは、自分の中の無意識をうまく引っ張り出せてるかどうかなんじゃないかな。

伊野:ポール・デルヴォーとか、そんな感じですね。夢のリアリズムがあるっていうか。太古から人間は毎晩夢を見て不思議な感じを味わってるわけですが、シュルレアリスムは夢の不思議な感じをそのまま作品として出して来た感じですかね。それまでも、もちろん夢というのは創作の重要なヒントだったわけですが。

伸坊:そうね「無意識」を解放するっていうか。それまで意識の世界しかなかったところから、本当は人間の意識の下にものすごく広大な「無意識の世界」があると、そういうものをひっぱりだして定着してみようってことだったんじゃないかな。

*12 カール・グスタフ・ユング(1875-1961) スイスの精神科医、心理学者。深層心理について研究し、分析心理学(ユング心理学)を創始した。人間の意識・無意識の研究などフロイトの精神分析とも共通点が多く、当初は親しく交流したが志向性の違いから次第に距離を置くようになった。フロイトの無意識研究が個人にとどまるのに対し、ユングは個人を超え人類に共通する集団的無意識(普遍的無意識)にまで言及している。

 

■シュールな表現を「アート寄り」というのは正しくない

伊野:今、アートと言われているものは、無意識の世界に訴えてくるような作品のことを言うのでしょうか。「イラストレーションというよりアート寄り」なんて言い方をよくしますけど、それはなんかちょっと引っかかる。今度から「無意識寄り」って言おうかな(笑)。

伸坊:ハハハハ。だいたい「アート寄り」って言い方自体おかしいよね。何がアートなの?

編集:意味が難解だったり抽象的な絵のことをよく「アート的」と言ってますね。

伸坊:それが「イラストレーションは通俗的」なんて思うもとになってるかもね。徹底的に変なことしようってやったのは、ダダとシュルレアリスムだね。

 

■美術史をヨコからつなげる視点がシュルレアリスムにはある

伊野:今まで具象と抽象、リアルとヘタを分けて語ってきたかもしれないけど、シュルレアリスムは「面白ければいい」っていう自由なスタンスだから、シュルレアリスムの中には具象もあるし抽象もある。リアリズムもあればヘタうまもある。いろんな絵がありますよね。

伸坊:そうだね。実は印象派の描き方ってのも、いろいろだったんだよね。よく言われるあの、ナントカ分割って、絵具混ぜないで塗る……。ああ筆触分割*13。

伊野:スーラ*14とか?

伸坊:スーラの点描はそれの極端になったヤツ。そもそも印象派が絵具混ぜないで色を画面に配置して、明るくなったとかって言うけど、ドガ*15とかカイユボットなんか筆触分割じゃないでしょ。みんな同じ技法で描いてたわけじゃない。要するに、印象派ってそれまでの約束事を破った人たちで、それをさらに突き詰めてって抽象画になっちゃった。

ジョルジュ・スーラ「グランド・ジャッド島の午後」(1884-86/シカゴ美術館所蔵) 点描で描かれたタテ207cmヨコ308cmの大作。スーラはこの作品の制作に約2年をかけており、これのためのデッサンや油彩スケッチ、習作を多数残している。

ジョルジュ・スーラ「グランド・ジャッド島の午後」(1884-86/シカゴ美術館所蔵)
点描で描かれたタテ207cmヨコ308cmの大作。スーラはこの作品の制作に約2年をかけており、これのためのデッサンや油彩スケッチ、習作を多数残している。

 

伊野:古典絵画から印象派そして抽象画へという流れはタテ軸の進み方で、簡単に言えば、写実的な絵からの解放。でも、シュルレアリスムはそうでない視点から絵を見てる。あらゆる絵をヨコからつなげるみたいな。

伸坊:そうだね印象派から抽象画ってのと全然考え方ちがうよね。絵柄だけでいったら、古典まで戻っちゃってるもんね。ダリとか。

伊野:うん、そうですね。逆行していく人もいる。

伸坊:つまりシュルレアリスムについては正しい理解がされてなかったってことだね。

伊野:だから、イラストレーションか? アートか? みたいな判断は無意味ですよね。シュールだからアート寄りっていうのも。そもそもシュルレアリスムがそういう分け方を嫌ったわけですし。

(第15回は7月20日公開予定です)

*13 筆触分割 パレットで絵具を混ぜず原色を直接キャンバスに置き、隣接する色同士が視覚上で混色される効果(視覚混合)で表現したい色を見せる技法。絵具を混ぜていくと色が濁ってしまうため、外の明るい光を表現したかった印象派の画家たちの多くは絵具の混色を避け、この手法を用いた。

*14 ジュルジュ・スーラ(1859-91) 新印象派に位置づけられるフランスの画家。印象派画家が多用した筆触分割の技法をさらに発展させて光学理論を取り入れた点描画で知られる。31歳の若さで没したため、点描の大作はわずか数点に過ぎないが、その制作のための素描や自身がクロントンと呼んだ油彩下絵を多数残している。

*15 エドガー・ドガ(1834-1917) フランスの画家。印象派展にも度々参加し、印象派の一人と位置付けられているが、古典絵画に強く影響を受けた写実的な画風で都市生活者たちに目を向けた作品を多く描いた。特に、バレエを題材に稽古風景や楽屋の様子を描いたパステル画がよく知られている。

取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino伊野自画像141971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami第14回アイコン_南1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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