第15回前編 ノスタルジー最強説|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談
─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談
第15回前編 ノスタルジー最強説
イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションを軸に、古典絵画や現代アート、漫画、デザインなど
そこに隣接する表現ジャンルについてユル〜く、時には熱く語り合う。
「ノスタルジー」とは過ぎ去った時間や失われたものを懐かしく思う気持ち。
人は「今」だけを生きるのではなく、常に過去と現在とを行き来している。
だからこそ、懐かしい気分になれるものに強く惹かれてしまうのだ。
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■勝手に耳に入って来た曲が懐かしく感じられる
伊野孝行(以下、伊野):今年の3月でしたか、伸坊さんが夜中にNHK FMで自分の好きなアルバムを1週間にわたって紹介する番組に出られてて。あれは再放送だったんですか。
南伸坊(以下、伸坊):だいぶ前の収録だったから、再放送だね。
伊野:伸坊さんとは音楽の話はしたことなかったんで、どんな音楽が好きなのかなって興味津々で聴いてたら、1日目はエルビス・プレスリーのベスト盤で、次の日はオールディーズのベスト盤で、その次の日がサントラのベスト盤って具合に、結局1週間全部ベスト盤で押し通したという(笑)。それはそれで面白かったんですけど。
伸坊:アハハハ。あの番組は、ゲストが好きなレコードを持って来てそれかけながら話すってのが趣旨だったらしいんどけど、オレ音楽とか全然趣味ないからさあ。好きな曲っていったら中学生くらいの時に知らないうちに聴いてたオールディーズくらいなんだ。家に再生装置がないからラジオで聴くしかない。いきおい何度も何度もかかる流行った曲しか知らない。それでベスト盤になる。
伊野:ああいうベスト盤って、本屋の店先のワゴンで500円で売ってるようなやつですよね(笑)。
伸坊:そういうやつ。でもさあ、大人になってから、そういうやつ、テープとかCDとか買うじゃない。たいがい不満が残る。確かに流行ってたし知ってるけど、全然懐かしくない曲ってのがある。自分じゃ趣味ないって思ってたけど、案外あるのかもしれない。ホントはいい機会だから好きな曲だけ編集して自分用のベスト盤作ってもらっちゃおう! って思ったんだけど、出来合いのから選んでくださいってなった(笑)。
亀和田武*1さんが「団塊世代はみんなビートルズ好きとかっていうけどウソだ」って書いてたけど、たしかに中学時代は、もっと幼稚な甘ったるいポップス聞いてたよね。ニール・セダカとかデル・シャノンとかの10代の恋みたいな曲ばっかり。ビートルズは高校生になってから。
感受性って高校生より中学生の頃に基本的なとこ作られるって気するなあ。そっちの方が懐かしいもん。
*1 亀和田武(1949-) コラムニスト、SF作家。テレビ等のコメンテーターとしても活動し、辛口なコメントで知られる。成蹊大学文学部卒業後、エロ系漫画雑誌の編集長を経て執筆活動を開始。1963年にラジオでビートルズを聴き、それまでどっぷりハマっていたアメリカンポップスが「一夜にして懐メロになった」と後述している。
■ノスタルジーは商品としてものすごい力を持っている
伊野:“懐かしい”というのは後ろ向きな印象もありますけど、過ぎ去った時間を思い出す時って、なんだか妙に脳が活性化しますよね。
伸坊:懐かしいって、前回話してた自己言及とかメタ学習とかってのに近いと思う。「脳」が脳のこと考えてる時の面白さっていうか。音楽を聴くと、その時の記憶がよみがえってきたりするじゃない?
伊野:うん、一気にワープ。そういう時って、自分が今の場所にいなくて、イメージの中に飛んで行ってる。以前はノスタルジーを否定的に思ってたんですけど、最近はノスタルジーに勝る娯楽はないんじゃないか? ぐらいに思うようになりました(笑)。
伸坊:アメリカの短編小説でさ、骨董屋に入っていくと自分が子どもの時に使ってたようなオモチャがあって、ものすごく興奮するんだけど、よく見ると、本当に主人公が子どもの時に持ってた自分のオモチャなんだ。店じゅう自分のオモチャってファンタジーなんだけど。
編集:そういうのを「大人買い」したりネットオークションなどで買い集めている人がいますが、子どもの時に欲しくても買えなかったものを、「あの時の自分」のために買ってあげるような感覚がありますよね。
伸坊:ああ、それはありますね。
伊野:峰岸達さんが描く昭和は自分の親の世代なんだけど、うっかり懐かしいと思っちゃう。
編集:峰岸さんは主に昭和中期の世相文化を描かれていて、今はまだ懐かしい感じですけど、あと20〜30年したらもう時代小説の域に入りますよね。
伸坊:そうだよなあ。オレらが子どもの時に明治とか大正時代の話してる大人がいて、みたいな感じだもんね。

峰岸達「東京キッド」 TIS展出品作
■実は経験していないのに経験したような共同幻想
編集:ノスタルジーって自分の実体験だけでなく、拡大解釈されて幻想が入っている部分がありませんか。
伸坊:そうですね、記憶のまんまじゃない。まんまだともっとみじめな感じだよね、個人の体験なんて。
伊野:峰岸さんは、「ALWAYS 三丁目の夕日」*2はワンシーンの中に昭和的なアイテムがいくつも映ってて嘘っぽいっておっしゃってた。でも絵の場合は、それが不自然に感じないんですよね。映画のワンシーンと1枚の絵では凝縮度が違いますから。
あと、あの時代のデザインっていいですよね。洗濯機とかテレビなんかの家電、クルマとか建物にしても。形がよくて、かわいい。靴の形とかもある程度出揃ったら、それ以上はなかなか新しいデザインって出てこないっていうか。形の美しいものを絵に描く楽しさもあると思うんです。
伸坊:ああ、確かにね。これ謎なんだけど、たとえばメンコの印刷の粗末な感じが懐かしいとか、ブリキのオモチャの「なんちゃってアメリカン」がポップだったりってあるけど、プラスチックのオモチャで育った世代にあれはどう見えてんのかな?
伊野:あれらもまた、「うっかり懐かし」ですよね。
伸坊:でさ、プラスチックに懐かしさは感じるられるのかなって話よくしたんだけど。両方あって、当然プラスチックで育てばプラスチックが懐かしいってのと、プラスチックには懐かしさを引き出すディテールがないんじゃないかって、二つに意見が分かれた。
伊野:確かにガンダムのプラモデルの箱の絵には懐かしさを覚えても、プラモデルの質感には一切懐かしさってものを感じないですね。だけど同じプラスチックでも家に置いてあった変な柄のコップとか、ああいうのを見ると惨めな懐かしい時代を思い出す(笑)。
伸坊:あー、そうだよな。花柄の魔法瓶。
伊野:みんな花柄でしたね、ジャーとか。でもそれは花柄に懐かしさを感じてるだけか?
編集:一方で、東京オリンピックとかビートルズの来日とか大阪万博みたいな世の中の大きな出来事って、まだ生まれていなかった人や幼くて覚えていない人でも、同じ時代を生きたという「共同体験」みたいな感覚がありますよね。
伊野:自分が生まれた年に起こった出来事は「見てきたような感じ」しますよ。
*2 「ALWAYS 三丁目の夕日」 西岸良平の漫画「三丁目の夕日」を原作として2005年制作された山崎貴監督による映画作品。1958(昭和33)年の東京下町が舞台、当時建設中だった東京タワーを始め、都電が走る当時の街並みを緻密なミニチュアとセットによる実写、VFX合成で描いた。実写シーンでは当時の自動車や家電の本物が使用されている。
■自分が生まれる前のものに興味を持つこと
伊野:今の若い人たちは1980年代が好きで、永井博さんとか山口はるみさんとか再びブレイクしていますが、彼らにとっては80年代はまだ生まれる前。僕も若い頃60〜70年代のものが好きで、生まれる前の時代の音楽とか聴いてた。伸坊さんはそういうのありました?
伸坊:生まれる前っていうと戦争中だからなあ、オレ生まれたの終戦から2年目だし。
伊野:やたら軍歌に詳しい同級生とか(笑)。
伸坊:例えば、いま昔の広告マッチの絵が好きで、そのまま絵に描いたりするんだけど、若い頃はああいうの全然好きじゃなかった。古臭いし、ビンボー臭いって、そういやマッチラベルって戦争中もあったし、オレが生まれる前の方が面白いの多い。そういう意味では、伊野君の自分が生まれる前のもの好きってのと同じだね。
伊野:未知なものとして見ている部分が……。
伸坊:ありますよね。
伊野:自分たちはどこから来たのかみたいな、ルーツ探しの面白さも。

南伸坊画「広告マッチ」
伸坊:さっきの80年代の再評価とか復活ってどういうの?
編集:ネットから出て来た若いアーティストで、明らかに80年代の影響を受けている人たちがいるんです。人物だと江口寿史*3さんやわたせせいぞう*4さん、風景だと永井さんだったり鈴木英人さんの影響が強い。
伸坊:わたせせいぞう! 流行ったよね。全然いいと思わなかった(笑)。都会風のカッコイイもの描いてんだけど、絵が追いついてない。
伊野:追いついてない(笑)。わたせさんは毎週新聞にでっかく載ってて、中二ぐらいまではすんげーうまいなーと思ってました。同時にヒロ・ヤマガタ*5もいいと思ってましたからね(笑)。あとは原田泰治*6さんの日本の風景とか新聞に毎週載ってたな。母親が原田さんの絵が好きで、切り抜きが台所の壁に貼ってありました。でも、今見ると不思議とどれにも懐かしさは覚えない。
伸坊:原田泰治さん、クマさん(篠原勝之*7)とムサビの同級生なんだよな。
伊野:へえ〜、そうなんですか。僕の記憶では、原田さんの絵は、むこうに山があって、その山は見えないんだけどその山を描いてから手前の山を描いてて、だからすごいんだみたいなことを母親が言ってた気がします。見えないんだから描いたって一緒じゃんと思って聞いてましたが(笑)。

諏訪市原田泰治美術館「原田泰治描く美しい日本の童謡・唱歌展」
ポスター 作品は「みかん集落」(1995)。
8月1日より「原田泰治描く大型作品展 広い世界」を開催(2019年1月14日まで)。http://www.taizi-artmuseum.jp/
*3 江口寿史(1956-) 漫画家、イラストレーター。「すすめ!! パイレーツ」「ストップ!! ひばりくん」などの作品で知られ、すぐれたギャグ漫画センスを発揮したが、休載や中断により未完のままの作品も多い。扉絵は1枚絵としての完成度も高く、特に女の子の表現には定評があり、1990年代以降はイラストレーションの仕事が多くなっている。
*4 わたせせいぞう(1945-) 漫画家、イラストレーター。保険会社に勤務しながら絵を描き始め、「ハートカクテル」(『週刊モーニング』1983〜89年連載)など、オシャレで都会的センスの漫画で人気を得る。バブル全盛期を代表する「トレンディ」な作風は、パロディのネタにもなった。
*5 ヒロ・ヤマガタ(1948-) 画家。本名・山形博導。鮮やかな色彩のシルクスクリーン作品で知られ、ポスターも広く販売されている。日本で広告デザインやイラストレーションの制作をしたのち、1972年にパリへ移住し、サロンへの出展や展示活動を行う。78年以降はロサンゼルスに活動の拠点を置く。レーザー光線によるインスタレーション作品でも高い評価を受けている。
*6 原田泰治(1940-) 画家、グラフィックデザイナー。デザインの仕事の合間に絵を描き始め、1973年にユーゴズラビアのナイーブアート(素朴画)に感銘を受け、自身もナイーブアートを志す。日本のふるさとの四季を叙情的に描いた作品シリーズで人気となる。1998年に活動拠点である長野県諏訪湖畔に諏訪市原田泰治美術館を開館。
*7 篠原勝之(1940-) 自らを「ゲージツ家」と称する。鉄を溶接したオブジェ作品で知られ、他にガラス作品や銅版画も制作する。「クマさん」の愛称で親しまれ、文筆業やタレントとしてテレビ出演などもこなす。
■歴史ドキュメントの楽しみはノスタルジーとは別物
伊野:今のオタクの人が描く時代物って、時代考証はすごく詳しいらしいけど、江戸時代の雰囲気を再現する意思はないじゃないですか。人物は類型化されたアニメ風のキャラだし。江戸時代に生きてた人は今は誰もいないので、懐かしむようなノスタルジーとはちょっと違うとは思うんだけど、僕は「かつてあった日本はどんなだったんだろう」ってとこに興味があるんですね。
編集:歴史を調べていろいろ分かってくることには、みなさん興味あると思うんですけどね。
伸坊:その面白さとは別なんだね。だけど、新撰組の沖田総司が好きって沖田総司のこと調べていくとさ、肖像画が、若貴兄弟のお兄ちゃんみたいなんだよ。

左から沖田総司、若乃花(『TVガイド』テレフォンカード)、島田順司(「新撰組血風録」より)
伊野:ハハハ、見たことある気がします。全然美少年ではないんですよね。あれは「燃えよ剣」*8のドラマで栗塚ナントカが演じた時から美少年という設定になっているんでしたっけ? 僕はドラマは見たことはないんですけど。
伸坊:栗塚ナントカは土方歳三役ですね。栗塚旭っていえば路上観察で京都歩いた時、むこうから土手を栗塚旭が歩いてきたんだよ。若い男の子4〜5人従えて、まんま新撰組(笑)。
伊野:ダハハ、あ〜栗塚旭は土方でしたか。沖田役は?
伸坊:沖田総司はよく知らない俳優(※島田順司)。ちょっと本物寄りの地味めの顔で、いわゆる美少年じゃない。
伊野:じゃあ、そのドラマから美少年設定が始まったわけではないんですね。
伸坊:もうずっと前から、新撰組の映画とかじゃ沖田総司は二枚目の俳優がやってましたね。「燃えよ剣」の時はむしろリアルにふったと思う。
伊野:僕が学生の時はなぜか牧瀬里穂が沖田総司やってましたよ(笑)。
(後編につづく)
*8 燃えよ剣 新撰組の副長・土方歳三の生涯を描いた司馬遼太郎(1923-96)の長編歴史小説で、映画やドラマ化もされた。対談で話題になったのは1970年にNET(現・テレビ朝日)が制作したドラマ版で、主要キャストはNETが65年にドラマ化した「新撰組血風録」(司馬が「燃えよ剣」と並行して書いた新撰組を題材とした短編集)と同じ。中でも土方歳三を栗塚旭、沖田総司を島田順司が演じ、それぞれの当たり役と言われている。
取材・構成:本吉康成
<プロフィール>
伊野孝行 Takayuki Ino1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/
南伸坊 Shinbo Minami1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。