第16回前編 アートの話をする時はお金の話はヌキ?|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第16回前編 アートの話をするときはお金の話はヌキ?


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションを軸に、古典絵画や現代アート、漫画、デザインなど
そこに隣接する表現ジャンルについてユル〜く、時には熱く語り合う。

絵を描くための画材をめぐる雑談から経済の話題へ。
アートを論じる際に、実際には深く関わっている経済の話がされないこと、
そして本当にお金のことは考えず描いた人も実在したというお話。

 

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第16回アイコン_伊野_伸坊_枠

■漫画やアニメーションと垣根がない部分がある

伊野孝行(以下、伊野):今はネットでいろんな絵が見られるので、すごく恵まれた環境だと思いますけど、自分だけじゃなくてみんなも同じ条件っていうのが厄介ですね(笑)。なかなか人を出し抜けない。

南伸坊(以下、伸坊):昔はどこに目をつけるかとか、どこから情報を手に入れるかっていうのがもう才能の一つでもあったわけだけど、今はどういう風にするのかな?

伊野:僕はTwitterとかFacebookとかのSNSは一応やっていて、そういうのに時々面白いものが流れては来ますけどね。

伸坊:ああ、なるほど。SNS…ツイッターって…ね〜。

伊野:でも、自分の足で見に行ったものじゃないから、すぐ忘れちゃうっていうか……。

僕と伸坊さんの対談を面白いってTwitterで広めてくれてる人が、必ずしもイラストレーターばかりではなくて、漫画やアニメの人だったりするんですよ。別ジャンルのように見えて、お互いどこか垣根のない部分もあるんだなと思いましたね。

伸坊:なるほどね。前に漫画の話をした時に、「タンタン」の絵は好きで面白いけど、漫画として見てるかというと違うかもしれないって言ったでしょ。同じような事情が今のアニメファンが見るアニメーションにもあるのかもしれない。作り方自体に必然的にああいうふうな絵になる“理由”があるのかもしれない。

伊野:漫画やアニメの絵には、ある意味、画一的にならざるを得ない宿命みたいなものもありますからね。多くの人に楽しんで貰うために。

 

■画材の違いは絵のカテゴリーの違いか!?

伊野:絵って線のスピードで感じが全然違って来るじゃないですか。伸坊さんはある程度自分の思い通りの感じが出るスピードって、ありますか。

伸坊:あるかもね。でも自分でよく分かってないかもしれない(笑)。前にマジックで描いたりした時、早く描かないと滲むから、それが不自由で面白いと思ったりしたけど。

伊野:ああ、マジックって急かされますよね。80年代頃の絵って、マジックで描いていたんですか。

伸坊:マジックで描いたのもあるし、一番最初はサインペンで描いてて。赤瀬川さんが「サインペンで描いてるんだよ、南は」なんて言いつけるんだよ。漫画やイラストはGペン*1とインクで描くもんだって、思い込んでたみたいで。

16-1南伸坊画「夏目漱石」

南伸坊画「夏目漱石」
マジックで描いたイラストレーション。

 

伊野:そこは赤瀬川さんは保守的だった(笑)。和田誠さんがロットリング*2で描き始めるまで、ペンっていうのはつけペンしかなかったんですか?

伸坊:そうだね。Gペンかカブラペン。

伊野:Gペンとカブラペンも、力の入れ具合によって線に強弱が出ますよね。

伸坊:そうそう。線の抑揚で遠近や陰影のニュアンスを出したりとかって人もいる。

伊野:和田さんの絵はある意味、道具とともに出来上がった。

伸坊:ロットリングの線、ああいう均質な線を描きたいっていうのはあったんじゃないかな。あんまりニュアンスを強調しないニュートラルな線。そういう線に新しさがあった。

伊野:ロットリングの線自体が新しい時代を表している感じですよね。僕は5年くらい前に初めてロットリングを使ってみたけど、なんの感慨もなかったですね。100円のペンと同じ線だと思って(笑)。すぐに詰まっちゃうし。

伸坊:最初は和田さんもそうだったらしい。で、しばらく放ってあった。その後なにか詰まらないようにする工夫があったんじゃないかな。

編集:『マンガの描き方』*3って本がありましたけど、漫画はGペンとかああいう強弱が出せるペンで描くものだって書かれていましたよね。

伊野:そうですね。鉛筆使っちゃいけないとか、薄墨使っちゃいけないとか、スクリーントーンを貼らないといけないとか。子どもだからそういうもんだと思い込んでた。

伸坊:印刷の精度の問題ですね。活版*4で大量印刷する時は、原稿通りにいかないの織り込み済みで、微妙な濃淡や掠れは飛んじゃうし。くっきりハッキリ描かなくちゃダメ。製版も印刷も事情が変わって、今はもっとなんでもありだよね。

編集:今は鉛筆で描く人がいたり、いつの間にか自由になっていました。

伊野:実はスクリーントーン貼らなくても、網点を指定すれば印刷所でやってくれるって『マンガの描き方』には書いてなかったからなあ(笑)。僕、最近Gペンをよく使っていますけど、Gペンはカブラペンより気持ちいい。筆とGペンがいいな、鉛筆も結構気持ちいい。筆ペンはあまり気持ちよくないんですよね。

伸坊:筆ペンって、なんか不自由そうだよね。誰が描いても同じような線になるしね。

伊野:そう、本物の筆に慣れると筆ペンって描きにくいんですよね。僕、ケチなんで、太い線を描く筆と、細い線を描く筆、それぞれ1000円以内のものを何本も買ってましたけど、3000円ぐらいする筆を使うと、1本で太い筆でも細い線が描けるってことに気が付きました(笑)。

伸坊:オレは筆とかペンとか、墨やインク1回1回つけなきゃいけないのがメンドくさいの。でも、筆やペンにはそれぞれの味があるよね。

伊野:つけペンで描くと、乾くのに時間がかかりますよね。

伸坊:そうそう、待ってらんない(笑)。消しゴムかけるのも早くやりすぎて。

伊野:それで台無しになるっていう(笑)。

編集:絵画とイラストレーションの線引きで、画材の違いを境界線として考えている人もいますね。

伊野:僕は高校で初めて油絵を描きましたけど、油絵具っていい画材だなって思いました。ゴッホの絵の実物を見た時に説得力があるのは油絵だからっていうのもあると思う。100年ぐらい経ってもツヤツヤしているし。ただ、イラストとアートの違いを画材で決めるっていうのは…。

伸坊:間違った考え方だね。だいたいさ、マチエールの有無の話だって画廊の趣味かもしれないけど、何時代? って話だよ。結局、絵の値段のつけ方とかも、今までずっとそういう絵を描いて来た人たちの既得権益で作られてんだろうね。

*1 Gペン ペン先にインクをつけながら書く「つけペン」の一種で、主に英字筆記用のもの。ペン先が柔らかく、線の強弱がつけやすい。かぶらペン(スプーンペン)も筆記用だが、こちらの方がやや硬い。いずれも漫画制作にもよく用いられる。

*2 ロットリング ドイツに本社を置く筆記用具メーカーの名称で、そのまま同社の製図用ペンを指す。製図用ペンのロットリングは中空パイプを用いた万年筆の一種で、一定量のインクが出て長い線をブレずに引くことが出来る。インクの詰め替えやペン先のクリーニングが必要だが、根強い愛好者が多い。

*3 『マンガの描き方』 手塚治虫が1977年に著した『マンガの描き方—似顔絵から長編まで』。オリジナルは光文社カッパ・ホームス刊で、光文社知恵の森文庫版(1996)、Kindle版(2016)もある。初心者に向けたマンガの基本技法から、プロ志望者に向けたアイデアの構築までを網羅。

*4 活版印刷 凸版印刷の一種で、金属(主に鉛)や木で作った判子状の文字を並べて組んだ板(活版)にインクを乗せて刷る印刷技法のこと。現存する活版印刷で年代が確定している最古のものは、法隆寺などに保管されている日本の「百万塔陀羅尼」(8世紀)。金属の活字印刷は11世紀頃には中国で始まっていて、ヨーロッパでは1445年頃のヨハネス・グーテンベルグ(ドイツ)の活版印刷機が最初。

 

■美術を語るときにお金の話ヌキになるのはなぜ

伊野:漫画、アニメ、イラストは昔から兄弟みたいなもんで、この連載もそっちの人たちは面白がってくれる人はいるけど、現代アートや美術の人には無視されてる気がする(笑)。

編集:自分たちの立場や価値を守るために近づかないようにしている面があるかもしれないですね。「実は近い」と思われたくないとか。

伸坊:それってさ、自分たちが今のアートを引っ張ってると思ってる人たちが、「画商がいて絵を売る」っていうヨーロッパで始まった絵画ビジネスの流れに乗らなきゃ意味がないって考えになってるからだよね。赤瀬川さんたちが前衛やってた60年代の日本の芸術家は、ヨーロッパの画商のシステムとは切れてたんですよ。っていうか入れて貰えてないと思ってたかもしれない。でもかえってそれが、面白いもの生み出してたってこともあるんだ。一番尖鋭なことやってた人たちは最初から前衛が金になるなんて思ってもないんだ。

伊野:昔は日本に現代美術のマーケットはなかった。今はあるけど、それは昔の前衛芸術家たちが商売抜きにやったことによって出来た土壌のおかげだと思うんですけどね。

印象派前夜は、王侯貴族がパトロンだったけど、そこでは印象派はまったく売れなかった。アメリカの画商が来て買い付けて売ってくれて、それで印象派の人たちの立場が上がった。それが始まりですよね、「画商がいて絵を売る」っていうシステムは。

伸坊:そう、マネが最初に売れた。昔の美術雑誌では、そういう話が出なかったよね。本当はお金の話で動いてて、編集者もそれは知ってたのに。オレたちはそんなこと知らないで読んでたから、芸術家はお金に関係なく面白いことをしているんだと思ってた。

赤瀬川さんは中学生のころはゴッホみたいな絵描いてたんだけど、ちょっと年上の吉村益信*5さんなんかの影響で上京して武蔵美入って、いつの間にか前衛芸術家になっちゃった。それはそれで面白いから続けてるうちにそのまま前衛の最前列にいた。当時はニューヨークのアートシーンが前衛芸術の最先端だと思われたんだけど、あっちの人たちは一つ売れるものが出来たら同じことをずっと続けるんだ。デュシャンは例外だけど。たとえばフォンタナ*6みたいに一つ発明したら、何枚でもキャンバスを切り裂く(笑)。

16-2伊野孝行画-フォンタナの肖像

伊野孝行画「フォンタナの肖像」

 

伸坊:赤瀬川さんは、次々発明し続けてついにやることないってとこまでいっちゃった。60年代の日本の前衛が実は当時の世界最先端になってたと思う。この認識は今後もっと裏付けられると思うな。

*5 吉村益信(1932-2011) 前衛美術家。ブタの剥製のオブジェで知られる。1960年、篠原有司男、赤瀬川原平らと「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」(ネオダダ)を結成。1962〜66年はニューヨークで活動。帰国後は既成の枠にとらわれない自由な活動を展開。アーティスト・ユニオンの事務局長も務め、アーティストの社会的自立にも貢献した。

*6 ルチオ・フォンタナ(1899-1968) イタリア出身の前衛美術家、彫刻家。時代が変わっても絵画や彫刻の枠組みが変化しないことに疑念を抱き、1947年に空間主義を提唱。単色で塗られたキャンバスをナイフで切り裂く「切り裂かれたキャンバス」シリーズを1000点近く制作、その多くに「空間概念・期待」というタイトルが付けられている。

 

■経済と結びつかない画家のイメージ

伊野:伸坊さんは当時、そういうのを近くで見ていたわけですか。

伸坊:それが残念なことにものすごく近くにいたのに、すれちがってもいないんだよね。美術手帖とか週刊誌で見たりしてた。こ〜んなへんなことやってる人がいるってことは紹介してくれるけど、お金のことは何にも書いてない。篠原有司男とか、テレビに出てきて派手だけど、作品売れてたわけじゃないから。

伊野:そうなんですか。篠原有司男さんは、結構売れてたのかと思ってました。

伸坊:オレ芸術はこういうのが正しいって言いたいんじゃなくて、こういうのが「面白いと思う」って言いたいんだよね。実際面白いから。中野京子*7さんが「怖い絵」っての書いて。あれ読んだ時「画家というのは注文があって描く」って普通にあって、そうだよなーって、初めて気がついた。昔はパトロンがいて、王様だったり教会だったりに雇われて画家は成り立ってた。

オレが思ってたような絵描きっていうのは、イカダに乗って難破する絵の、あのー、名前が出て来ないな(笑)。あっ!ジェリコー*8だ。「メデューズ号の筏」*9、あれ誰からも依頼されてないんだって。で、売るつもりもない。ジェリコーん家、金持ちで、そもそも絵で生計立てる必要がなかったらしい。

16-3テオドール・ジェリコー

テオドール・ジェリコー「メデューズ号の筏」(1818〜19/ルーブル美術館蔵)
実際に起きた事件をもとにした作品で、描かれたのは漂流13日目に救出される直前の場面。

 

伸坊:日本でいうと伊藤若冲もそうだよね。若冲は絵をお金にする必要がなかったから、どんどんお寺に寄進していたのが今残ってる。自分ん家が焼けちゃってからは、いわゆる売り絵を描くようになるけど。こういう話って昔は話されることがほとんどなかった、ちょっと考えればどうやって生活してんのよってなるんだけどさ。お金の話は芸術と関係ないみたいになってた。

伊野:ゴッホあたりから、芸術家っていうとみんなあんな風なんだっていうイメージができちゃったんですかね。

伸坊:ゴッホだって、弟がえのぐ買ってくれなきゃ絵描けないわけだからね。
(後編につづく)

*7 中野京子 作家、ドイツ文学者。西洋文化史を研究し、オペラや美術に関する著書が多い。2006年「怖い絵」(朝日出版社)で注目を集め、続刊も刊行された。この本をベースにした「怖い絵展」が2017年に兵庫県立美術館と上野の森美術館で開催された。

*8 テオドール・ジェリコー(1791-1824) 19世紀フランスの画家。ジェリコーは神話や聖書などのモチーフを好まず、実在世界を描くことを追求した。32歳で早世したが、ロマン派の先駆者とされ、ドラクロワなどに影響を与えた。代表作「メデューズ号の筏」は事件そのもののスキャンダル性もあって、賛否両論を巻き起こした。

*9 「メデューズ号の筏」 1816年にフランス軍のフリゲート艦メデューズ号が座礁し、救命ボートに乗れず急造の筏で漂流した乗員147人の大半が死亡した(生存者はわずか15人)事件をモチーフにした。これを描くためにジェリコーは綿密な調査と取材を行い、スケッチや習作も多数残っている。描かれた人物の一人のモデルをドラクロワが務めたとの逸話もある。


取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino第16回伊野1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami第15回アイコン伸坊1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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