第16回後編 意識してもしなくても絵は変化していく|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第16回後編 意識してもしなくても絵は変化していく


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションを軸に、古典絵画や現代アート、漫画、デザインなど
そこに隣接する表現ジャンルについてユル〜く、時には熱く語り合う。

得意分野を持つ、時代の先端に立つことを意識し自ら変化を求めた人、
好きなことを続けるうちに自然に変化していった人。
表現者にとって変化は大切なのだろうか。でも実はあまり変わってない?

 

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第16回アイコン_伊野_伸坊_枠

■制約だらけでも面白い絵は描ける

伊野孝行(以下、伊野):例えば、頼まれて描くって、一つの「制約」ですけど、自分勝手に描くっていうのと、頼まれたから描くというのと、じゃあ、どっちが面白いことが出来るかといったら、僕はどっちもどっちかなって気がするんです。

「プロのイラストレーターならクライアントの注文に答えてなんぼ」みたいな言い方されると反発があるけど、自分で気付かないことに気付かせてくれるのは他人だったりして、面白くなるきっかけかもしれない。それはクライアントの注文に限らず。

赤瀬川さんたちは一人というよりグループでやってたし、シュルレアリスムの人たちもそう。他人の中にいてこそ絵が描けるっていうか、一人じゃ絵って描けないんじゃないかなって。

南伸坊(以下、伸坊):そうかもしれないね、自分で出来ることって、さっきの文脈で「自分が描きたい絵を描く」ってのと違うんだけど、伊野君が今言ったようなことで出て来るものってあると思う。

伊野:僕は最初、絵を描く友達がいなくて、セツに行って友達が出来て、セツを卒業してまた減ったり、イラストレーターの仲間が出来てまた増えたり。絵は一人でも描けると思ってたけど、一人で描くもんじゃないなって気付き始めたのが割と最近で。友人や仲間がいると自分の中の自分も入れ替わり立ち替わりして。

伸坊:そうだね、自分の中にあるものを出すにしても、なんか外から入力がないと出て来ない。頭ン中でグルグルしてるだけのものって、たいしたことない。

伊野:僕が絵を描き始めた時って、イラストレーションも漫画もアートも、何も区別しないでっていうか、よく違いがわからずに描いてたんだけど、だんだんその違いみたいなのを考えないとダメなんじゃないかと思って、狭い意味での「イラストレーションってこういうものだ」みたいなこと。

伸坊:「業界」としての?。

伊野:うん、業界っていうか、役割を意識するっていうか。それで、テーマが与えられて描くのがイラストだ、みたいに思って描いてたけど、結局、それだけだと行き詰まる。で、伸坊さんとこういう絵の雑談をするようになったら、そこがパカッと開かれた感じがして。それまでは「イラストレーションとはなんだ?」みたいに職業の独自性を考えていたのが、逆に「他の絵とイラストレーションの違いなんてどこにある?」みたいに共通することを考えるようになった。だから僕は、みんなにもこういう話をしてほしいなって思います。いや、みんなもしたいんじゃないかなって(笑)。

伸坊:そうそう、こんな話してる奴がいるっていうのを読んで、自分でも考えればいい。

だけど、そういう時に生活のことを言ったってしょうがないじゃん、てのもあるんだよね。そうじゃなくて、絵について話をすることで、それぞれが自分の描く絵のことを考えるっていうか、「イラストレーターはクライアントの言うこと聞かなきゃいけない、言うこと聞くのがイラストレーターです」って話になっても面白くもなんともないやって(笑)。

伊野:そうなんです。仕事も大事だけど、仕事以外に何をやってるか、何を考えてるかの方が重要っていうか、その人の価値ってそこでしか作られないと思う。こうやって絵の雑談をしてるうちに、そのことに気付くというか。面白い絵描きはみんなそうなんですから。で、意外に、この対談みたいな“仕事”も来たりするんですよ(笑)。

伸坊:アハハハ。

編集:みんなちょっとずつは話していると思うんですよ。でも積極的に意見を交わすようなことはしていない。

伊野:みんなそれぞれ特定の好きなジャンルがあって、そこなら話が合うんだけど。例えば古い挿絵が好きな人と現代美術が好きな人は、なかなか話が合わないですよね。同じ絵描きなのに言葉が違う、みたいになっちゃうんです。絵を描くという共通言語を持ってるはずなのに、住み分けがあるような感じになっちゃうのはつまらない。

伸坊:つまんないよね。

伊野:頭の中の垣根をなくすと、自分の絵も広がるから、結果的に仕事も増えるんじゃないかなって。そしたら、みんな絵の話しようってなりますよ(笑)。

 

■専門分野、得意分野を持つということ

伊野:イラストレーターを目指す時に、ただ絵が好きで上手なだけじゃダメだ、一つ専門分野を持ってるとイラストレーターになれる確率が高くなるよって言われたので、僕は時代物が好きだから時代物をやろうかと。でも、めちゃめちゃ詳しいわけじゃないです。マニアとか研究者とか、もっと詳しい人がいるから。

16-4伊野孝行画-立身いたしたく候

伊野孝行画「立身いたしたく候」(梶よう子著『小説現代』連載/2013)挿絵

 

伸坊:伊野君が時代劇が好きっていうのは、やっぱり強いよ。好きだから描いた絵っていうのは、やっぱり伝わるんだよ。自分が描きたいから描く。例えば、渡辺和博は絵なんか全然描けないんじゃないかと思ってたらさ、漫画の中に自分の好きなものを描くようになってきた。それがいいんだ。なんか愛嬌があるっていうか、惹きつけるものがある。クルマやバイク、SMグッズとかね(笑)。好きだから興味あるから形の捉え方とか、ものすごく“カンジ”が出るわけ。その絵自体に力があるのね。つまり、そういう話ですよ、絵の話って。歴史とか、これは何を意味してるかとか、そんなの関係ないよ。

16-5渡辺和博-お父さんのネジ-枠

渡辺和博「お父さんのネジ」(青林工藝舎/2007)
クルマやバイク好きとして知られ、自動車雑誌への寄稿も多かった。

 

伊野:関係ないし、そういうのが絵の話をする障害にもなってると思うんです。美術史なんて知らなくても10年20年描いて来たら、美術史の中で起こっている問題はたぶん自分の中でも起こっているはずなんですよ。写実だったり、抽象画だったり、シュルレアリスムだったり、ヘタうまだったりについて、自然に感じて、考えてる。20年絵を描いてから美術史を読んだら、すごくスラスラ入って来るようになるかもしれない。

さっき、時代物が得意分野だと言ったけど、自分の体験で話せるのって、やっぱり絵のことなんですよね。時代物は単なるファンなだけで。それだったら絵のことを一番の得意分野にした方がいいと思ったんです。だからちょっと勉強も始めて(笑)。絵を描いてる人同士なら「この絵いいよね」「ああ、いいですね」で、それ以上何も言わなくても伝わる「回路」が出来てるんだけど、その回路を太くしたり、回路の中をのぞいたりするのは楽しいことだから。

 

■絵描きが書いた文章から何が伝わるか

伸坊:中にはうまい人もいるんだろうけど、絵描きが書いた文章ってムリしてるのが多くて、特に現代美術家なんか背伸びして書いてるから、伝わって来ないんだよ。前に岸田劉生の話をしたけど、何が面白いかって、絵を描く時にいろいろ考えてるんだよね。西洋の写実画みたいなのを描いてる時もあれば、中国の絵みたいになってみたり、「いい絵、描きたい」気持ちがそうさせてるってのが分かる。前は、絵なんて勉強してから描くもんじゃないだろって思ってたけど、伊野君が今言ったみたいに「分かる」感じがするんだよね。

伊野:岸田劉生はわりと若くして死んだけど、短い期間にいかに「深い呼吸」をしていたか。

伸坊:今まで、絵を描いていない人が絵について書くケースが多かったからさ。例えば、蕭白が酔っぱらって筆にたっぷり墨つけてぐわーって描いた後,乾くと七色の虹が出てきた、みたいな話あるじゃない、講談みたいな。そういう話が多いんだよ。

伊野:左甚五郎*10的な(笑)。

伸坊:面白いけどね。昔は全然興味なかったけど、むしろ本人が書いた日記とか。思うように絵が描けない時に書いた文章とか読むと面白いんだろうな。ゴッホの日記、伊野君や赤瀬川さんがよくゴッホのこと言ったり書いたりしてるんで、そんなにいいのかってちょっと読んだりすると、相当変なやつだよね。だけど、そういう変な人が描いてるなっていうのが分かるし、画家の生き方から「なぜこういう絵を描いたんだろ」ってヒントになることも案外あるんだな、というのは最近分かってきましたね。

伊野:ゴッホはめっちゃかわいいんですよね、かわいいから読めるというか、勿体ぶった画家だったら読みたくない(笑)。

伸坊:ゴッホはのちの時代の人が自分の日記を読むと思って書いたかな?

伊野:いや〜、どうでしょうね。ゴッホの手記ってのはほとんどが弟に送った手紙なんですよね。だから弟からも手紙が来てるはずなのに残ってないんですよ。それは、ゴッホが捨ててたから(笑)。弟が手紙をちゃんと保存してなかったら、ゴッホという画家のイメージは全然違うと思いますね。

*10 左甚五郎(生没年未詳) 江戸初期に活躍した彫刻の名工で、一説には播磨の出とされる。複数の人物をモデルにした伝承上の人物で、実在しないとする説もある。日光東照宮の「眠り猫」をはじめ、左甚五郎の作と伝わるものが全国各地にある。江戸時代の講談や落語等で多くの逸話が残るが、いずれも創作である可能性が高い。

 

■時代の先頭に立つ仕掛けとタイミング

伸坊:ピカソがどうやってあそこまでの存在になれたのか、絵からじゃなくて社会からの視点で書かれた本。社会たって、画廊とか経済とかの下世話な話ね。そういうのコンパクトにまとまった本あったら読んでみたいね。

伊野:画廊が絵を売るシステムを糾弾しておきながら、実はそういう本は読みたい。下世話、好きっす(笑)。僕もピカソは大天才だと思うけど、単純に絵の実力だけであそこまで登ったのかなって考えると、実際は……。

伸坊:そうじゃないよね。だって、それまでああいう絵がないんだからさ、あれをいいと思わせる仕掛けがないと。よく言われる「本当はすごくうまい絵が描ける」っての、ピカソの場合はあったろうね。

伊野:あと、ヨーロッパで生まれたからというのもありますよね。熊谷守一がもしむこうで生まれてたら、ものすごい巨匠の扱いになってたと思いますよ。

伸坊:女関係とかさ、伝説とかエピソードみたいなことではクマガイは「仙人」だからさあ、さっぱりし過ぎてるかもだけど。たしかにヨーロッパはあまりにも長いこと絵描きを抑圧してたってことでは、反逆の必然性みたいなことはあったかもね。でもそういうところでクマガイみたいな人、出てこないでしょ。

伊野:モランディ*10みたいなタイプですからね(笑)。

美術史にはページ数という「紙幅」があって、その中に入れた人だけについて論じてる。でも、芸術運動の中心からちょっと外れて描いてた人は、美術史の枠からも外されちゃう。でも、そういうところにオイシイものがあったりしますよね。

16-6モランディ-静物

モランディ「静物」(1955)
タイトルは全て「静物」となっていて、作品番号で整理されている。この作品は有名なテノール歌手ルチアーノ・パバロッティ(1935—2007)が所蔵したもので、現在はボローニャにあるモランディ美術館に寄託されている。

 

編集:タイミングってありますよね。ちょっと時代が早すぎたとか遅かったとかで、歴史に残らない人もいる。

伸坊:うん、今でもそれはあると思う。

伊野:大体、最先端を行ってた人は評価されて残りやすい。主流のものへのアンチで新しい表現をやって、結果的に次の時代の先端に立って、それで名を残した人。自分もそういう風にやってるつもりなんだけど、先端が自分のとこに回って来た試しがない。

伸坊:アハハハ。

伊野:僕も新鮮さで勝負したら若い人に敵わないから、どうしようか考えてしまう(笑)。別に生き残るためだけじゃなくて、面白いことをやっていけるかってことですけどね。

*10 ジョルジョ・モランディ(1890-1964) イタリアの画家で、初期にはデ・キリコら形而上絵画の画家と交流があったが、特定の絵画運動には加わらず、静寂で瞑想的と評される独自の画風を貫いた。静物や風景を多く描いたが、ありふれた容器などを配置を変えながら繰り返し描いた。

 

■年齢を重ねてさらに変化を続ける

伊野:僕、最近気付いたんですけど、自分が20代の頃は40代の人、50代の人ってすごく大人だと思ってたんですけど、自分が40歳を過ぎると、実はみんな20代後半ぐらいで精神年齢が止まってるってことに気付く(笑)。だから人間は20代後半過ぎたら、全員同い年ですよ。伸坊さんと僕は同い年。

伸坊:ハハハハ、いや、ホントそうだと思うよ。

伊野:気分的にはその頃と変わらないわけですよね。でも、自分が何か面白いこと、新しいことをしたいと思った時に、「オッさんの言ってること」って思われちゃうのかな。

伸坊:気にすること全然ないと思うね。オレは自分が若いころ河野鷹思のことボロクソに言ってたの、その時点では正しかったと思ってる。だから逆に「今はこういう絵、流行んない」ってなった時に、じゃあ今風のウケる絵描こうって思わない。今さら、オレがアニメみたいな絵描いたってしょうがないもん(笑)。

伊野:齢70にしてブレまくってる伸坊さんも見てみたいですけどね(笑)。でも、自分が面白いと思うものも変わって来ますね、ちょっとずつ。

伸坊:それは変わるよね、その時々に。でも、世間がどういうの好みとか関係ない。自分がいいと思うようにやるしかないと思う。

伊野:僕がザ・チョイスとかに出していた20年前、審査員の人が「こういう絵がカッコいい」「こういう絵が新しい」「こういうのは仕事にならない」とかいろいろ言ってましたけど、20年後にこんなに萌え系の絵が流行るなんて誰一人予想してなかったですよ(笑)。だから、人の言うことなんてあてにならない。自分の絵を作っていくって時間がかかるじゃないですか。その間に時代とズレていくこともあるけど、あんまり考えても仕方ない。

伸坊:伊野君が言ってた、自分が初めてやることの喜びや楽しさってのがあるって、それはいいと思うんですよね。自分で発明していくっていう。

伊野:発明は関係あると思います。僕は全然してないけど、発明は重要ですよ。

伸坊:いや自分ではそう言ってるけど、いろいろやってるよ伊野君は。

伊野:富岡鉄斎*11とか、歳をとるごとにどんどん絵がゆるくなってよくなっていく。伸坊さんもそういうタイプですよね。あと、伸坊さんの絵は80年代、90年代、2000年代で変わって行く。大体のイラストレーターはインタビューで「変化し続けていきたい」って言うんですよ。でもそんなに変わらないですよ。自分の視野の中で先を見ても、なかなか景色って変わらない。どういう風にしたら景色は変わって見えるんだろう。富岡鉄斎や伸坊さんのような進み具合に憧れますね。そして、やっぱり長生きも芸のうちっていうか、せめて長生きして最後に勝ちたいですね。目指せ、史上最長寿のイラストレーター*12(笑)。山田風太郎*13の『人間臨終図鑑』を読んでも、年をとってから死ぬ人の方が死に方が味わい深いもん。

伸坊:フフフ。

16-7富岡鉄斎-艤槎図

富岡鉄斎「艤槎図」(1924/京都国立近代美術館蔵)
最晩年に描かれた作品。

 

(第17回は8月16日より公開予定です)

*11 富岡鉄斎(1837-1924) 明治・大正期に活躍した文人画家で、最後の文人画家とも呼ばれる。儒学が本分で絵は余技と自認していたが、文人画を基本に大和絵や狩野派、琳派、大津絵などの様式を取り入れ、自由で独自性の高い画風を確立した。

*12 最長寿のイラストレーター 誰が最高齢なのか正確な情報はないが、現役では絵本作家の安野光雅氏(1926-)が92歳。アニメーターでもある久里洋二氏(1928-)が90歳。故人では熊田千佳慕氏(1911-2009)が98歳まで現役だった。挿絵画家では、中一弥氏(1911-2015)が104歳まで生きた。

*13 山田風太郎(1922-2001) 小説家。伝奇小説、推理小説、時代小説を柱とした娯楽小説で人気となる。旧制中学時代から小説の投稿を始め、東京医科大学在学中の1947年に小説家デビュー。初期は推理小説やミステリーが中心で、1950年代〜60年代には「忍法帖」シリーズが人気となる。晩年はエッセイや対談集が多く刊行された。


取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino第16回伊野1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami第15回アイコン伸坊1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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