第17回前編 デザインや絵に感じる「洗練」されたものとそうでないもの|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第17回前編 デザインや絵に感じる「洗練」されたものとそうでないもの


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションを軸に、古典絵画や現代アート、漫画、デザインなど
そこに隣接する表現ジャンルについてユル〜く、時には熱く語り合う。

文字を使ったデザインに知性を感じさせるものとそうでないものがあり、
絵に同様に知性や洗練を感じさせるものとそうでないものがある。
それを見抜くのは難しく、世の中には似て非なるものが溢れている。

 

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イラストレーションについて語ろう 第17回アイコン
 

■文字の選び方、置き方に知性を感じる

伊野孝行(以下、伊野):ブックデザイナー*1のトークイベントは人気があって、満席になるみたいですね。そのお客さんの多くはイラストレーターの卵だったりする。自分の絵を使ってくれる人の話を聞くっていうのは、直接メリットがある気がするから。そういうのにはお金を払ってでも聞きに行くわけですけど、ウチらの対談はそういうメリットないので(笑)。

南伸坊(以下、伸坊):これ読んでる人もオレたちにそれ求めてないでしょ。今流行ってるイラストレーションの話、伸坊に聞いてどうする(笑)。オレが今の若者だったら70過ぎの老人の言ってることなんて聞かない(笑)。

今の人の方が情報たくさん持ってると思うけど、そもそも絵を描くのにそんなに情報っていらないよね。一人ずつそれぞれ悩んでるわけだから、一人ずつ悩んで深いところまで行けばいい。

伊野:そうなんですよね。情報は自分の中にすでにあるんですよね。というか、自分の中のものをどう出すか。それが出来ればほぼ成功っていうか。

デザインに話を戻すと、絵を使わずに文字だけでブックカバーをデザインしたとしますよね。しかも文字は誰かが作った書体を使うとする。どの書体を選択するか、何色を使うか、どうやって配置するか、それだけの作業なんだけど、出来上がったものに知性を感じる場合と、そうじゃない場合があるじゃないですか。あれ不思議ですね。

伸坊:知性感じないのは知性ないからなんじゃない?(笑)。前に伊野君が絵を描く時、色の構図、全体の画面のバランスみたいな話してたじゃない、デザインも同じことが言えるんじゃないですか。レイアウトって、文字選んで置いてある「ダケ」だけど、そのダケに洗練されたダケとそうでないダケがある。

伊野:ああ、知的というより洗練という言葉の方がふさわしいかもしれないですね。洗練されたダケには自然と知性を感じると。

伸坊:コンピューターになってから安直にデザイン出来ちゃうから、工夫しないままって人が多いかもしれない。オレ、貧乏会社にいてさ、写植を何Q*でとかって指定して、出てきてアッチャーってなっても、それ使うしかないんですよ。もうちょっと大きい方が良かったなあとか思ってもダメなの(笑)。不自由な条件だとそこから工夫するしかない。そうすると始めに考えたデザインとまるっきり違うアイデア出てきたりする。写真とかもあるものを活かすレイアウト、何通りか考えたりさあ。今は考える必要ないからね。

伊野:なるほど、あるもので工夫するしかない。

伸坊:コンピューターだと試行錯誤できるっていうけど、むしろあんまり試行錯誤しないんだよね。

伊野:確かに、選択肢が無限にあると逆に出来ない。伸坊さんは貧乏会社っておっしゃいましたけど、布貼りとか箔押しとか、ふんだんに使ってましたよね(笑)。今のデザイナーはやりたくても出来ないですよ。

伸坊:それは社長の長井勝一さんが資本主義のイロハ無視してたっていうか、分かってなかったというか(笑)。

編集:手作業だと色を失敗して塗り直すのは大変なので、塗る前にちょっと考えるじゃないですか。コンピューターだと違うと思ったらすぐ戻れるから、あまり考えなくなる。

伸坊:ああ、そうだね、便利。

*1 ブックデザイナー 本、書籍のデザイン・設計を専門とするデザイナー。装丁(装幀)家とも呼ばれるが、装丁は本の表紙など「外装」を指す言葉で、ブックデザインには判型や紙の選択や中の版面デザイン(文字組など)、造本までが含まれ、厳密には異なる。とはいえ、昨今は本の判型や用紙などは出版社側で決定し、カバーや表紙まわりだけをデザインするケースも増えている。

*2 Q数 写植文字の大きさの単位で級数と表記することもある。1Q=0.25mmで、1mmの1/4(Quarter)であるのでその頭文字を単位とした。新聞などではポイント(pt/ポと略すことも多い)が使われ、こちらは1p=1/72inchでインチ法がベースになっている。DTPの世界ではAdobeが北米の会社なので当然ポイントが標準だが、日本語の組版ではQの方が有利とされる。

■書き文字について考えてみる

伊野:平野甲賀さんは「パソコンは便利」とおっしゃってますけど、その前に自分の手で長年やってる経験があるから、パソコンが便利って思うわけで。作業が効率化できるから。平野さんは別格としても、やっぱり手で書くしかない時代の書き文字*3って、いいですよね。今は書き文字のレベル下がってると思うなー。

最近の若い人たちはみんな絵がうまいという話があって、確かにセンスがいい人多いし、完成度もおしなべて高い。パソコンで修正がいくらでも効くし、手描きでやるにしても事前にパソコンでシミュレーション出来ますしね。あと資料やヒントとして世界中のあらゆるイメージを見られる。でも逆に書き文字のうまい人が減ってるなんていう状況もある。

伸坊:わざとへたみたいに、無造作に書いた風の文字はわりと多いね。手書きの文字も、平野さんみたいに作り込むんじゃなくて、ひょいひょいって書いたみたいな。

伊野:僕もそれしか出来ないんだけど(笑)。まあ、でも僕たちイラストレーターは、うまくはなくても何かしら味があってデザイン的に訴える力がある文字が書けるんじゃないかと思う。絵の感覚で。だからイラストレーターの手書き文字ももうちょっと見直されていいんじゃないかと思いますね。絵のセンスと字のセンスは繋がってますから。

伸坊:形の好みだからね。

伊野:書き文字でも読みやすい字とそうでないのがありますね。小林泰彦さんとかすごく読みやすい。伸坊さんは昔からよく文字を書いてましたけど、前のは読みやすくて、最近のは一応読めるけど、まあ、別に読めなくてもいいって感じで書いてるんですか(笑)。

Web連載17回1a-2

Web連載17回1b

小林泰彦「イラスト・ルポの時代」(文藝春秋/2004)
カバー表1-4がイラスト・ルポで構成され、それぞれに過不足ない説明の書き文字が入れられている。

 

伸坊:あはは、最近よく「読めない」って言われる。太い鉛筆で描いてるでしょ、それが面白いんだよ。ちゃんと削った先の尖った鉛筆で書けば読みやすく書けるんだろうけど、まあ、なんとなく分かればいいやって。どうせちゃんと読まなきゃいけないようなこと書いてないし(笑)。

Web連載17回2

伊野孝行画「腹ペコ騒動記 世界漫遊食べ歩き」(岡崎大五著/講談社/2017)
『小説現代』連載エッセイの挿絵。

 

Web連載17回3

南伸坊画 書き文字入りイラストレーション2種

 

 

*3 書き文字 印刷用のフォント(書体)の文字に対して使われる言葉で、人の手でフリーハンドで書かれた文字のこと。レタリングも手で文字を書くことを意味するが、デザインされた文字を書く意味合いが強く、手癖を活かした書き文字とは区別される。

■絵の中に言葉を書き込むことの効用

伊野:最初の頃は、絵の中に文字を入れるのはなかなか勇気が入りましたね。絵とバランスが合わなくて。ノートに書いてるような字じゃダメでしょ。絵の一部になってないと。それがだんだん書き慣れてくると、むしろ字を入れると背景描かなくて済むみたいな、ズルいワザを覚えてしまいました(笑)。

伸坊:オレは昔っから字を入れるズルいワザ(笑)。やり出したのは漫画雑誌のコラムページで、そのコラムの文章とやりとりするような感じで、フキダシで勝手なこと喋らせてた。

編集:イラストコンペではよく「文字を入れるのはよくない」と言われがちですが、実際の挿絵などを見ると、内容の説明とは別の言葉が添えてあったりしますね。

伸坊:その要素があった方が伝わりやすいこともあるよね。村上豊さんなんかも文字書いてるよね。

伊野:宇野亞喜良さんもそうですね。もっと前では木村荘八も。小林泰彦さんがおっしゃってましたけど、40代の男性っていうのは絵に描けるけど、47歳ってのは描けない。文字を入れるのはそうする必要性があるからだって。

Web連載17回4

宇野亞喜良「活路」(北方謙三作/『週刊現代』掲載/1994)挿絵
宇野氏は左利きで、筆による文字も左手で書かれたもの。

 

■洗練された絵はヌケがいい!?

伊野:最初話した、文字と色だけのデザインで洗練さを感じさせられるかという話。僕はこれ結構重要だと思うんですけど。

伸坊:デザインって、そういうもんだよね。

伊野:でも、洗練されてるかされてないかを見抜くのって、やっぱり見る目がないと出来ないから、世の中には似て非なるものが溢れてる。なかなか言葉じゃ説明しにくいんだけど。絵を見るのも同じですね。

編集:前にもちょっと「ヌケ」のいい絵の話をしましたが、あれもちゃんと説明できないですよね。

伸坊:オレよく分かんないな。自分じゃ「ヌケ」ってあんまり使わないし。具体的な、空間処理みたいなこと?

編集:なんとなくですが、洗練性やデザインとの相性のよさといったニュアンスを含んでいる気はします。

伊野:僕はヌケがいいとか悪いとか、よく使ってますね。

伸坊:垢抜けてるってこと?

伊野:う〜ん、洒落てるって感じと、ヌケがいいとはまた少し違う感じですかね。パっと見た時に主題が明快で、色も形も良くてみたいな、最上級の褒め言葉だと思って使ってた。すごい便利な言葉だけど、誰が発明したのかな。

伸坊:具体的に「これはヌケがいい」「これは良くない」って挙げて貰えば、なんとなく分かるとは思うけど。

伊野:ヘタうまの中でいうと、湯村輝彦さんは抜群にヌケがいいです。

伸坊:湯村さんはデザインセンスが抜群だもんね。

伊野:あと、鈴木春信の絵はヌケがあるけど、弟子たちの絵はヌケが悪い。

伸坊:ああ、そこはもうはっきりしてる。構図だとか、線にしても色にしてもそうだけど、モタモタしてないみたいなことかな?

伊野:うん、じゃあそれは「洗練された」という言い方でもいいのかな。

■死ぬ前に見たい絵とは

編集:以前、この連載で話が盛り上がったマルケの絵はヌケがいいと言えますよね。

伸坊:ああ、マルケはいいよね〜。マルケ、ブームになんないかな。地味だからなあ。マルケってフォービスムの人なんですよ。マティスと友だちなんだ。

伊野:そうなんですか? ずいぶんとおとなしい「野獣」ですね(笑)。

伸坊:マティスはマルケのことすごく評価してて、「私の北斎」*4ってあだ名つけてたらしい。アパートの同じ部屋に前後して住んでるから、窓から見る同じ景色、描いたりもしてる。フォーブってマチスが言うから付き合ってるけど、マルケははじめっから自分が描きたい絵を持ってる人だよね。

伊野:あのてらいのなさ、外連味のなさも気持ちいいな〜と思う。自分が感じた気持ちの良さって、描こうとしてもなかなか描けないですよ。それが出来るってすごいことなんですよね。

伸坊:ものすごく素直だったんじゃないかね。なんかやってやれみたいな野心なくて、「あ〜、気持ちいいな」って言いながら描いてる感じ。

伊野:マルケの絵は、展覧会とかで「マティスとその仲間たち」みたいな感じであちこちに貸し出されたりはしてると思うんですけど、単体の展示ってあったんですか?

伸坊:やってるらしいんだけど。その頃は全然名前も知らないから。日本人はたいがいあの良さ好きだと思うんだけど、有名じゃないからなあ。大々的に展覧会やってほしいよね。

編集:水辺を描いた作品が多いので、「水辺の画家」というニックネームもあって、地元フランスでは人気があるようです。

伸坊:水の描き方、すごく上手。空気感とか景色の実在感がすごい。実際よりキレイに理想化して描くとかじゃなくて、すごくいいなあってその瞬間をそのまま掬いとってくる。雨の日とか雪の日とか、雨上がりとかカラっと晴れた日とか、みんなそれぞれ気持いい。

Web連載17回5

アルベール・マルケ「Rainy Day. Notre Dame de Paris(雨のノートルダム)」(1910)
アパートからノートルダム大聖堂を望んだ風景。以前に同じ部屋に住んでいたマティスも同じ風景を描いている。

 

 

伊野:ずーっと見ていられる。好きで買ったのに飾ったらあんまり見なくなる絵ってあるじゃないですか。僕は変な絵が好きだって言ってますけど、自分が死ぬ時に部屋に飾って眺めるならシュルレアリスムよりマルケの方がいいかな(笑)。

伸坊:それいいね。死ぬ時にどんな絵見てたい? って(笑)。

(後編につづく)

*4 私の北斎 マルケと6歳年長のマティスは共にパリの官立美術学校で学び、親しい間柄だった。当時ヨーロッパではジャポニズムが隆盛期を迎えており、特に葛飾北斎は強い影響力があった。マルケは直接北斎の影響は受けていないが、マティスはマルケの絵に北斎に共通するものを感じて、「我が北斎」と呼んだという。


取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Inoイラストレーションについて語ろう 第17回伊野アイコン1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minamiイラストレーションについて語ろう 第17回伸坊アイコン1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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