第18回前編 「恥ずかしい」と感じてしまう表現とは|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談


─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第18回前編 「恥ずかしい」と感じてしまう表現とは


イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションを軸に、古典絵画や現代アート、漫画、デザインなど
そこに隣接する表現ジャンルについてユル〜く、時には熱く語り合う。


この連載もいよいよあと2回。お互いに気になる絵の資料を持ち寄り、
それをきっかけに話を進めて行く形で対談を進めていった結果、
これまで話題にし損ねていた画家たちの名前が次々と挙がった。

 

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第18回アイコン-2

■浮世絵は彫り師と刷り師でなんとかなる!?

南伸坊(以下、伸坊):前回はどんな話だったんだっけ?

伊野孝行(以下、伊野):最後は「笑える絵」についてでした。今回は絵から話をスタートさせようということだったんで、何の絵を持って来ようかと考えてたんですが、伸坊さんが、「笑える絵の話をして、あまりうまくいった試しがない」っていうんで、そういう絵は持ってこなかった(笑)。

伸坊:ああ、河鍋暁斎の絵が飽きるって話か。絵に限らず、対談で「笑い」の話をすると理屈っぽくなって思った程笑いになんないんだよね(笑)。

伊野:資料は持って来なかったんですけど、歌川広重の弟子で広景*1という人がいて、すごくヘタクソなんですよ。吉本新喜劇みたいなズッコケポーズもまあまあ面白いんですけど、そこよりも背景の建物とかのパースがめちゃめちゃ狂ってて、可笑しいんです。景色に妙な空間が出来ちゃって。だけど彫り師と刷り師が頑張ってるので、浮世絵として成り立ってるところがまた変で。

伸坊:へーなるほど、へたでも彫り師と刷り師がプロだから完成度が出ちゃうんだ、それ見たいなー。写楽も実は素人だったんじゃないかって説もあったよね。オレ案外ありなんじゃないかって思ってて、彫り師と刷り師でちゃんとした浮世絵になっちゃう。オレらは「割り増し」して見てたかもね、北斎にしても歌麿にしても。

伊野:広景を見ると、こんなヘタクソな浮世絵があるんだ? って新鮮だった。でも、浮世絵のビッグネームは下絵を見てもさすがにうまいですよね。広景は広重の絵を下敷きにしたり、北斎の「北斎漫画」をそのまま写してて、そこだけはちゃんとうまい(笑)。自分で描いたのは、着物の中の関節がどうなってんのかすごくいい加減で(笑)。

18_1_歌川広景「いひ田まち」

歌川広景「いひ田まち」(1859/『江戸名所道戯尽』四十三)
『ヘンな浮世絵 歌川広景のお笑い江戸名所』(平凡社/2017)より

 

編集:ここ数年怪談や妖怪話が流行っていて、幽霊画とか妖怪画も今日のテーマにいいかなと思ったのですが、9月だと時期的には終わりという。

伸坊:ああ、妖怪の絵はいいんですよ。妖怪の絵だったら笑いの話出来るね。

伊野:妖怪の絵は、湯本豪一*2さんて人の『妖怪百物語絵巻』って本で紹介されてるのが面白いですね。「土佐お化け草子」っていう百鬼夜行絵巻なんだけど、たぶん元の絵巻があって、それを写本していくうちに、ものすごく可愛くなっちゃって。

伸坊:そうそう、素人が加わってさらに面白くなっちゃうんだ。絵そのものが楽しい。

18_2_土佐お化け草子

「土佐お化け草子」(江戸時代初期) 湯本豪一編『妖怪百物語絵巻』(国書刊行会/2003)より
16話からなる絵巻で、日本各地の妖怪が土佐に集結し、夜明けとともに退散するまでが描かれている。高知県佐川町教育委員会所蔵のものと個人(堀見家)蔵があり、それぞれ絵柄が異なり、前者は写本であると推測されている。

 

*1 歌川広景(生没年不詳) 江戸末期に活動した浮世絵師。広重の弟子ということ以外に詳しい情報がなく、その出自や活動は謎に包まれている。江戸の名所を舞台に騒いだりズッコケたりする人々をユーモラスに描いた代表作「江戸名所道戯尽」には、明らかに広重や北斎の作品を模写している部分がある。

*2 湯本豪一(1950-) 妖怪研究家、民俗学者。川崎市民ミュージアム学芸室長を経て、現在は妖怪や怪異に関する研究や資料・グッズの収集を行う。民俗学や風俗文化に関する著書も多い。2019年春には広島県三次市に湯本氏の5,000点に及ぶコレクションを収蔵する「湯本豪一記念 日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)」が開館予定。
 

■美人画を描くのは照れ臭い

編集:伸坊さんからは、前にもちょっと話題にした「美人画」を取っ掛かりにしてはどうかというお話もありました。

伊野:美人画っていうのは、家には飾りにくいですよね。

伸坊:たしかに、美人画飾ってる家って、絵に関心なさそうだよね。

伊野:家族でご飯食べながら見るようなもんじゃないですよ(笑)。

伸坊:世の中の大多数の人は美人好きだと思うけど。

伊野:まあ女性としては好きですね(笑)。伸坊さんも好きですか?

伸坊:もちろん好きですよ。でも、絵の美人ていうのは別の話で、絵として面白くないと美人が描いてあっても、面白くない絵は面白くない。伊野君とオレで岩田専太郎、さんざんけなすけど、岩田専太郎は自分の好み関係なく、商売として「みんなこういうの好きなんでしょ」ってやってる感じなんだよね。顔だけじゃなくて、色の塗り方だったり陰影の付け方だったりも全部「そっちの方がウケる」というのを選んで描いてる感じ。それはそれでプロフェッショナルだよなあ。

伊野:岩田専太郎と同時期に活躍した志村立美とか、みんな美人の顔が同じだったじゃないですか。区別つかない。小村雪岱や竹久夢二は自分好みの顔で描いている。クラスで3番目くらいにかわいい子っていうか、よく見たら美人だよなっていう感じの。

伸坊:ああ、「自分はこういう顔が好き」って発表してる絵なんだ。

18_3_竹久夢二『婦人グラフ』第3巻5号表紙

竹久夢二『婦人グラフ』第3巻5号表紙(1926 千代田区教育委員会蔵)
浮世絵の様式とは異なる女性像は「夢二式美人画」と呼ばれ、一世を風靡した。

 

伊野:僕は、自分が美少女を描いてるのを想像するだけで照れるな(笑)。

伸坊:自分の好み全開で描いたとして、それはお前の好みなんだろって言われちゃいそうだね。だけど、遠慮なしに素人が描いた美人画見たら感心するんじゃないかな、恥ずかしいとか思わない強さみたいなさ。

伊野:美人画を描いてる人は精神的なストリッパーなんじゃないかと思う。自分はストリッパーにはなれないっていうか。

伸坊:アハハハ、恥ずかしがりなんだね。

伊野:世の中的に恥ずかしいことやるのは割と平気なんですけど(笑)。絵を描く時は、普通の美人とか、風光明媚な景色とか、なるべくそういうものから離れようとしますね。
 

■センスが良い悪いギリギリの「身と皮の間」

伸坊:恥ずかしいと思う気持ちと表現って、どう関係するのかね。伊野君はセンスがいいってのも恥ずかしいんでしょ?(笑)

伊野:負け惜しみ?(笑) でも「センスいいよねー」レベルだとちょっと恥ずかしいかな。オシャレ頑張ってる人ってのは、だいたいバカに見えるし(笑)。僕は自分でセンスがいいとは思ってないんです。ダサい奴だと思ってます。でも「皮と身の間が美味しい」みたいな、センスがいいのか悪いのか、ギリギリのところがより面白いんじゃないかと思いますね。

伸坊:それは面白いな。小村雪岱はセンスばんばん押し出してて、ストーリーよりも絵としての美しさの方に向かってる。伊野君は木村荘八のユルイ感じの方が自分に近くて安心できるって言ってたじゃない? それはよく分かる。オレが小村雪岱好きなのは、デザインから入ったというのがあるかもね。鈴木春信も好きだし。

伊野:僕も小村雪岱が好きだし、浮世絵なら鈴木春信が一番好き。だけど、自分がやってもうまくいかない。きっと自分にデザインセンスがそんなにないんだと思う。たまに知り合いからチラシの絵を描いてって頼まれる時に、ついでにデザインまでやらされるんだけど全然うまくいかない(笑)。伸坊さんはデザインを自分でする時は、絵を描く時点で文字をどこに入れるか最初に考えるんですか?

伸坊:デザイナーって普通は初めっから計画的なんだよね。例えば、左右対称のデザインを考えたら、絵の描き方も最初からそうなる。オレはとりあえず描いちゃって、なんとなく上に字を持ってきて、だめだと思ったらタテにしたりヨコにしたりいろいろ考える。

伊野:先に絵だけ描いて、デザインは後で考えるんですか。

伸坊:どっちかといえばそうですね。割と途中で変わっていく。なんかよくないからちょっと文字動かしてみようとか小さくしてみようとか、そういう状態が楽しい。で、これでいけたなってなった時うれしい。イラストだけ描いた時はそういう感じはない。

伊野:伸坊さんの装丁を、日下潤一さんは「何も仕事をしてないように見える仕事だ」と言ってて。

伸坊:アハハハ。

伊野:最大級の褒め言葉だと思います。普通、デザイナーは何かしら「仕事した感」が欲しいから、自分印をどこかに入れてデザインで主張したい。

伸坊:オレはデザイナーは自己表現なんてしなくていいとかって言ってるけど、デザイン専門でやってる人にしてみれば、自己表現しなくてどうするって話だよね。

伊野:でも本屋で見て、たとえ伸坊さんの絵を使っていなくても、これ伸坊さんの装丁かなって、分かりますもんね。
 

■「変人」であることへの憧れ

伸坊:笑いのセンスのあるイラストレーター少なくなっちゃったなって思うね。オレなんか和田さんや横尾さんがやった仕事見て育ったから、この分野もっと受け継がれてもいいんじゃないかと思うけど、そういうのを面白がる人があんまり多くないのかもね。イラストレーションの仕事が来たら、ただキレイに描くんじゃなくて、ちょっと笑えるとかトンチがきいてるみたいにしたいと思うけど、一切そういうことは思わず、自分がカッコいいと思う男の子や女の子を描くみたいな。それはいろいろいていいんだけど。

伊野:僕がイラストレーターを目指したのは、まさにイラストレーションと漫画の融合が起こっていた時期で、面白い絵を描く人が多かった。面白い絵を描くためには人と変わった視点を持ってないといけない。僕は普通の人間なので、変人にはすごく憧れがあって、変人の言うことは常識とズレてるから、聞く価値があると思ってる。結局、作家性ってそういうことだと思いますね。

伸坊:芸人さんはテレビの現場の空気を読まないとやってけない。今じゃ視聴者まで空気読んじゃってるくらいだから、好き勝手なことを言い出す人を面白いと思うんだろうね。岡本太郎がテレビに出てた時もそうだし、水木さんもそうだった。自由な人が好きなんだ。

伊野:そう、人間は自由を求めているんですよ。

伸坊:番組うまくまとまるために決めてたお約束を守らない人がいると、解放感がある。変人が好きってことでいうと、イギリス人てものすごく変人が好きな国民性で、そういうのに憧れてるから、変人のフリする人も多いんだっていうね。

伊野:だから「Mr. ビーン」*3みたいな人が国民的スターになるわけですね。日本人も変人に対して寛容なところがありますよね。

伸坊:そうそう。日本人も、そうだと思う。

*3 Mr.ビーン イギリスで1990年〜95年に放送され人気を博したコメディ番組シリーズ。セリフのほとんどないヴィジュアル・コメディ形式で、俳優でコメディアンのローワン・アトキンソン(1955-)がビーンを演じた。日本ではNHKで放送された。劇場映画やテレビ特番も制作され、2012年のロンドンオリンピック開会式にもビーンが起用されるなど根強い人気がある。
 

■自分が描きたい絵が描けるデッサン以外のスキル

編集:ヨーロッパでは、最晩年とか死後にやっと評価を受けた画家の話が多くて、それが日本に入ってきてすぐに人気になることが多いですよね。

伸坊:うん、まあ悲劇好きって面もあるかもだけど、例えば、ルソーの日本での人気はちょっと違う。ルソーは遠近法とか「すでに乗り越えられているはずの課題」に対して無頓着だったというだけであって、ただ絵がへたな人とは違う。うまい人でもあると思うんですよ、洋行した日本人画家はすぐそのルソーのいいとこに反応した。で、みんな影響された。一目でよさを理解したんだ。理屈じゃなく。

伊野:絵の評価に「デッサン力」という言葉を使うからややこしくなるのであって、自分が描きたいものを描ける力があれば、それでいいんですよ。描きたいもの、表し方は人それぞれ違うんですから。「デッサン力」という言葉を使ってる人は警戒した方がいいと思うな(笑)。

この間、目黒区美術館で「没後50年 藤田嗣治 本のしごと」という展覧会を見たけど、藤田嗣治*4のイラストレーションの仕事がめっちゃいいんですよ。何でも描けちゃう。でもそれをデッサン力とは言いたくない。「絵のことがよく分かってる」と言いたい。

18_4_「没後50年 藤田嗣治 本のしごと」展覧会ヴィジュアル

「没後50年 藤田嗣治 本のしごと」展覧会ヴィジュアル(西宮市大谷記念美術館)
乳白色の裸婦のほか、猫、教会などの作品シリーズで知られる藤田だが、本の表紙絵や挿絵なども数多く手がけている。本展はそうした側面にスポット当てた展示で、巡回展がベルナール・ビュッフェ美術館(〜2018年10月30日)、東京富士美術館(2019年1月19日〜3月24日)で開催中。

 

伊野:ルソーは、ルイ・ナポレオン3世のお気に入りだったアレクサンドル・カバネル*5っていう人に憧れてて、ああいう絵が描きたかったらしい。もうぜんっぜん違うんですよ、ルソーの絵と(笑)。カバネルの絵は古典技法を使った美人画で。

アレクサンドル・カバネル「ヴィーナスの誕生」

アレクサンドル・カバネル「ヴィーナスの誕生」(1863 オルセー美術館所蔵)
ナポレオン3世が買い上げた作品。皮肉なことに、カバネルと敵対した印象派の殿堂と言われるオルセー美術館に所蔵されている。

 

伸坊:アハハハ面白いね。マルケの風景画にポツポツって黒い人影が出てくるじゃない。オレあれはルソーの影響じゃないか? って思うんだ。筆でちょいちょいって小さい人を描いたことで出る、あのニュアンスが共通してる。なんか人影がとぼけてる。ルソーの景色ン中にいる人だよ、あれ。

伊野:へえー。ちょいちょいって描く小さい人物って、フォルムがなかなか決まらないんですよね。意外に難しい。

風景の中に人を描くって結構大変で、通りを描いて、そこに人間を5人くらい描くだけで、配置とか服装とか年齢とかポーズとか考えて疲れちゃう。でも実際は、そこらの通りでも平気で30人くらいは歩いてるんだ(笑)。

伸坊:アハハ、平気で(笑)。無人の風景を描きたいって人は、自分が好きなように風景を「理想化」したいってことだよね。マルケは最初からそういう気持ちはない。人が歩いたりしてるような景色を描く。

伊野:今日、持って来たんですけど、この亜欧堂田善*6って人は風景の中に人をたくさん描いていてる。しかもなんだか、昔テレビで映画を放映する時に、画面の比率が変わって、人間が縦長になったようなフォルムなんですよ。

18_6_亜欧堂田善「両国図」

亜欧堂田善「両国図」(19世紀) 府中市美術館「亜欧堂田善の時代展」図録より
銅版画と肉筆による洋風画を描き、本作は洋風画の代表作。右は部分拡大。

 

伊野:風景の中に人を描いて世界を作るっていうのは、いろんな能力を試されますよね。イラストレーターって簡単な絵だけでも仕事できるんですけど、こういうのもちゃんと描けないとダメなんじゃないかと思いました。

伸坊:オレはダメっす。なるべく簡単に描ける方法しか考えてない(笑)。

(後編につづく)

*4 藤田嗣治(1886-1968) 画家。東京美術学校(現東京藝術大学)西洋画科では評価は振るわず、公募展でも落選続きだった。1913年フランスに渡り、現地の自由な表現に刺激され新しい表現を模索、「乳白色の下地」と呼ばれる独自の画風を確立し、パリ画壇で評価が高まる。33年に帰国、第二次世界大戦中は従軍画家として戦争記録画を描いたが、戦後は「戦争協力者」として批判される。49年に再び渡仏、55年にフランス国籍を取得し、レオナール・フジタ(洗礼名)としてパリで生涯を終えた。没後50年の今年、大回顧展が開催されている。

*5 アレクサンドル・カバネル(1823-89) フランスの画家。アカデミックで古典的な絵画スタイルで、歴史画や宗教画、肖像画を描いた。ナポレオン3世に気に入られ、サロンでは3度の最高名誉賞に輝くなどの成功を収める。サロンの審査員も務めたが、印象派には敵対的な態度を取り、1863年マネなどの作品をサロンで展示することを拒否。この年に開催された「落選展」は最大規模となった。印象派の台頭により、死後の評価は低くなっている。

*6 亜欧堂田善(1748-1822) 江戸後期に活動した洋風画家、銅版画家。須賀川(福島県)の出で、まず伊勢の画僧・月僊に師事、白河藩主・松平定信に画才を見出され谷文晁に入門。のちに定信の命で銅版画を研究する。初めは司馬江漢に学び、蘭学者の協力を得て銅版画や油絵の技法を取得した。江戸の風俗画や風景画で優れた作品を残し、医学書や地図などの実用的な図譜でも業績を残した。覚えが悪いと江漢に破門されたが、のちの田善の作品を見て江漢は後悔したとされる。

取材・構成:本吉康成


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino第18回伊野アイコン1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami第18回南伸坊アイコン1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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