人物を描く場合は肖像権にも注意|【Web連載】イラストレーターと著作権 第8回


【Web連載】イラストレーターと著作権 第8回

本連載は、イラストレーターやイラストレーターといっしょに仕事をする方々のために、著作権の基礎知識から運用上の注意点まで、主にQ&A方式でわかりやすく解説していきます。

一般社団法人東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)編
アドバイザー:大川宏/亀岡知子(総合法律事務所あおぞら)
イラストレーション:中村 隆

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人物を描く場合は肖像権にも注意

イラストレーターと著作権-08-01

Q:政治家は「公人」の扱いで、絵に描いたりするのに許可はいらないと聞きましたが、公人の範囲とは?

A:公職にある政治家や公務員など。社会的な立場にある個人(学者、芸能人、スポーツ選手など)も含まれます。

公人とは、「公職にある人。公務員・議員など。また、社会的な立場にある場合の個人」(デジタル大辞泉)といわれています。同じ公務員でも、上級職のキャリア官僚の場合もあればノンキャリアの場合もあります。また、「社会的立場にある」といっても、その区別の基準が曖昧です。一定の事項を決定する権限があるとか、他人を指揮命令する立場にあるかどうかが目安になると思います。過日、天皇ご夫妻が私的旅行をされた際、高校生がたまたま駅でその姿を認め写真に撮り、ネットにアップしたことがありました。この時の宮内庁の見解は肖像権を問題にしないということでした。公人一般についても、公務に従事している場面では肖像権はないと考えてよいでしょう。

問題は公務を離れた状態、その人を公人たらしめる活動から離れている時です。本人の私生活の領域に立ち入って、客観的に(誰が考えても)公表されたくない事項を絵に描いて公表するのは、プライバシーの侵害になります。事件など「報道の自由」が認められる場合を除き、本人の許諾が必要でしょう。


Q:文豪や政治家など昔の有名人を描くのに、よく目にする肖像写真を参考にしたいけど許可は必要ですか。
また、肖像権には著作権と同様の「保護期間」はありますか。

A:本人(と遺族)への許可は基本的に不要、撮影者が明確で著作権保護期間内であればそちらの許可が必要な場合があります。

昔の小説家や政治家などについて、残っている肖像写真をもとに絵に描く場合、まず写真家の許諾の要否が問題になります。古い写真でも、保護期間内であれば著作権は存続していると考えなければなりません。しかし、ごくありふれた写真であったり、写真の画像をそっくりそのまま模写するようなものでなければ、著作権侵害が問題になることはないと考えます。次に、肖像本人の許諾については、小説家や政治家は有名人ないし公人ですから、名誉毀損となるような内容でない限り許諾は不要でしょう。

もともと肖像権はプライバシー権(人格権)に由来するので、本人の死亡とともに消滅します。肖像権には、著作権のような保護期間(著作者の死後50年)はありません。亡くなった有名人の肖像の財産権的側面(パブリシティ権)については、財産権だから相続できるとか、譲渡できるかといったことが問題になりますが、これを正面切って認めた判例はこれまでにまだありません。

なお、著作権法では、著作者が亡くなった後でも、「著作者が生存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない」(60条)とし、遺族に差止請求権等を認めています(116条)。肖像画の内容によっては、この規定を類推して訴えられる可能性もあります。


Q:資料写真に写り込んだ通行人を仕事の絵にそのまま描くと肖像権の侵害になりますか。

A:絵の構成要素として軽微であれば問題ありません。

いわゆる「写り込み」の場合です。著作権法に、「写真の撮影……の方法によって著作物を創作するに当たって、……写真等著作物に係る写真の撮影等の対象とする事物……から分離することが困難であるため付随して対象となる事物……に係る他の著作物(当該写真等著作物における軽微な構成部分となるものに限る。……)は、当該創作に伴って複製又は翻 案することができる」(30条の2)という規定があります。いわゆる「写り込み」の場合に、写り込まれた著作物が軽微な構成部分であれば、複製等することが出来るということです。

著作権法にこの条文ができる前の判例があります(東京高裁平成14年2月18日判決・雪月花事件)。裁判所は、「書を写真により再製した場合に、その行為が美術の著作物としての書の複製に当たるといえるためには、上記表現形式を通じ、単に字体や書体が再現されているにとどまらず、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群の余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨の冴えと変化、筆の勢いといった上記の美的要素を直接感得することができる程度に再現がされていることを要するものというべきである」として、カタログ中に50分の1程度の大きさで写っている「書」について複製に当たらないとしました。

30条の2は、写真の場合の写り込みを規定しています。イラストレーションの場合で、かつ、肖像の写り込みの場合も、イラストレーション全体の中で通行人の肖像が「軽微な構成部分」であれば複製できる、つまり肖像権侵害にならないと考えてよいでしょう。


Q:写実的に描かれたイラストレーションの場合、特に有名ではない一般人でも肖像権侵害は成立するのでしょうか。

A:無許諾であれば肖像権侵害が成立するケースがあります。

原則、無許諾のときは肖像権侵害になると考えます。ただし、写り込みのような場合や群衆の一人である場合など、イラストレーションが本人の名誉を侵害したり誹謗中傷するような内容でないときは、肖像権侵害には当たらないと考えます。日本には肖像権の法的規定はなく、判例により認定されてきましたが、肖像権は人格権(プライバシー保護)と財産権(肖像の経済的利用)に大別され、後者はパブリシティ権と呼ばれ、有名人にのみ適用されます。従って、一般人を対象に肖像権侵害が成立するのは、ポート的に描かれていて、かつプライバシー侵害や名誉毀損に該当する場合のみで、レアケースと言えそうです。


東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)Webサイト

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アドバイザー:大川宏/亀岡知子(総合法律事務所あおぞら)