企業との交渉にどう対峙するか ─ 覆面座談会|【Web連載】イラストレーターと著作権 第9回
【Web連載】イラストレーターと著作権 第9回
本連載は、イラストレーターやイラストレーターといっしょに仕事をする方々のために、著作権の基礎知識から運用上の注意点まで、主にQ&A方式でわかりやすく解説していきます。
一般社団法人東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)編
アドバイザー:大川宏/亀岡知子(総合法律事務所あおぞら)
イラストレーション:中村 隆
企業との交渉にどう対峙するか ─ 覆面座談会
B=50代女性/C=40代女性/D=40代男性/E=40代男性/F=50代男性/G=40代女性/H=50代男性/編=編集部
H:僕は写実寄りの表現なので、制作時間の半分以上は資料探しです。昔は図書館やら書店やらいろんなところへ行って探し回ったけど、最近は調べ物はほとんどネットになってあまり行かないですね。
F:僕も写実表現ですが、後々のトラブルを避けるため人物はモデルを立てて描くことが多いんです。ただ、時代劇ではいちいち全部揃えるのが大変で、特に人物が複数になったりするともうどうしようもないので、時代劇などの映像を見ながら「ここ使える」っていうところでストップして、そのポーズで描いてみるとかしょっちゅうやるんだけど。
E:それは僕もやります。
F:厳密に言うと、映像にも著作権はあるわけじゃないですか。だけど、その中の一部を参考にして絵を描くのはいいのかという。
E:いいんじゃないですか。それをトレースしてしまうと危うくなってきますよね。
D:著作権の勉強会をやったときに、トレースは100% ダメと言ってました。
E:僕も資料を参考にしないと描けないですけど、じーっと見てると同じになるので、よくやるのが「見たり見なかったり」。分からないと思ったら見る程度で、なるべく記憶で描くようにして、自分で作り出す度合いを上げてやるしかないなと思って。
F:ヌードを描く仕事だと、もうポそのポーズで描かないとおかしくなるから、出来るだけ忠実に描くんですけど、それも厳密に言うとね……。
C:勉強会のときに、ポーズに著作権はないって先生が言ってました。写真を撮るときの「フレーミング(構図)」には著作権が生まれて来るけれども、ポーズを自分で真似てやったら、それは問題にならないって。
D:ウルトラマンのあのポーズ(シュワッチ)とかはちょっとグレーって聞いたけど。
F:ポーズがキャラクターの一部になっていたらまずいっていうことですよね。
H:有名な場所の風景はお決まりのアングルがあるから、それはもう誰のものでもない。ただ、隅々まで忠実に描いたら資料そのものになっちゃうし、写っている人物の顔やポーズまで緻密に描くと資料が特定されて、それを指摘されるともう言い訳できなくなってしまう。
B:そういうの不安ですよね。顔を自分で変えたと思ってても、やっぱりどこか元の人の顔が残ってるような気がしちゃって。
C:だから本当は、出版社とか依頼側が元の撮影者に確認してくれれば一番いいですよね、こちらとしては。少しずつ変えたりしても、描いている自分としてはなんとなく後ろ暗いわけじゃないですか。
F:こそこそしてる感じがするのが嫌なんだ。
H:確認すると、許可取りのお金が発生したりと かいろいろ出て来る。
E:資料自体も自分で用意しないといけないっていうことですよね。
C:著作権フリーの素材フォトを買っている人もいますよね。自分で全部撮るのは無理だから、素材フォトを買ってそれでやってるって。
D:僕も買いました。自分で撮りに行けるところならいいけど、海外の風景は資料を使うしかないから。
編:素材フォトの利用規約に則っていれば基本的に問題ないはずです。
著作権侵害を起こしたら誰の責任?
B:例えば女性を描くときに、ある女優さんの顔をもとに、ぐっと変えて描いたとするじゃないですか。でも後でまだ似てるかもってすごく不安になっちゃって、編集の人に話したら、別の女優さんの名前を出して「この人を元にして描いたでしょ」って言われて、あ、やっぱり全然変わってたんだってホッとしたり。
H:Bさんの描く女の子って、みんなが考える「かわいい顔」のイメージだから、特定の人に見えないと思いますよ。アイドルっぽい顔を描いたとしたら、多分いろんな人に当てはまると思うんです。
B:ガッツリ変えられるときはいいけど、あまり変えられない設定のときもあって、バレないかなとか、すごい不安になったりするんです。
D:そういうときは相手に「これ、誰々に似てそうですけど大丈夫ですか」と言って、確認してもらう。電話ではなく(証拠が残る)メールで残しておく。
C:契約書を見ると、「著作権について誰かに訴えられたら描いたあなたの責任です」って文言が結構入ってるんですよね。
E:あなたのオリジナルであることを保証してくださいって書いてありますね。
D:依頼側からしたら怖いじゃないですか。素人みたいなイラストレーターもいっぱいいるわけで、ネットからそのまま写して描いたかもしれないから、やっぱりそういう一文を入れたがるよね。だからお互いに確認しておいて責任を分担してもらう。
E:なかなかそういうふうにはしてくれないですよね。後々突っ込まれたときに向こうは知らんぷりしますよ。最終的には僕らが責任とらなきゃいけなくなるので、注意しないといけない。
D:「これを描いてください」って写真をもらったときは、僕は必ずその出所と、許可をもらっているかを確認します。
E:そういう資料はちゃんと有償で、使っていいようにすることが多いですよね。
編:「報道」目的になると政治家や著名人は公人扱いになって、よっぽど誹謗中傷にならない限り自由に描いてもいいんですよね。
B:公人を撮った写真をトレースしちゃうのはダメですよね。似顔絵だったら出してもいいんですか。
編:似顔絵は完全に「その人の絵」になっていたらいいけど、写実的な絵の場合は、元になった写真の撮影者の同意・許可が必要になりますよね。
E:写実で描く人は、どこかのカメラマンが撮った写真をそのまま描いちゃうとアウトになる可能性が高いですよね。
H:イラストレーターは、人物の肖像権や写真家の著作権にも気を遣って描かないといけない。
C:ある作家さんの顔を描く仕事で、編集の人から宣材みたいな写真を渡されて、それがすごくいい写真だったんです。でもなんか嫌な予感がしたので、調べたら有名な現代美術家が撮ってたんですよ。その美術家は作家さんのため撮ってあげたけれども、それをどこの誰か分からないイラストレーターがそっくり描いたら気分悪いんじゃないかなと思って。でも作家さん本人はぜひこの顔を描いてほしいと言ってて、そこがすごい微妙ですよね。このかわいさを活かしながらも、元の写真が分からないように描かなくちゃいけない。
F:それは無理ですよね。
E:撮影者の同意取っちゃった方が早いですよ。
著作権侵害の非親告罪化とコラージュ、2次創作の問題
G:話が変わるんですけど、Hさんの人が雨のように降ってくる絵は?
H:マグリットの有名な作品で空中にたくさんの人が浮いている絵があるけど、そのイメージが元になっています。名画の中からもいろんなアイデアをもらえるし、仕事ではそういうアイデアを自分の絵に取り入れられないか、いつも考えています。
編:一種のオマージュ。
F:コラージュの素材は、もうそのものを持って来ちゃうわけだけど、いいの? って。
H:昔はコラージュというひとつの芸術があったんだけど、最近やりにくいですよね。
E:相当気にしている方もいますね。写真や雑誌とかを素材に使っているけど、元が絶対に分からないようにすごい気をつけてる感じで。
C:大変ですね、分からなくするっていうのは。
編:コラージュ表現は、著作権侵害が親告罪だから成り立っている側面があります。大川弁護士の解説でも「日本の著作権法にはコラージュという芸術を認める条項がない」とありましたが、問題になったらその都度審議するしかないんです。
H:著作権侵害が非親告罪化されると、今までは訴えるのが本人じゃないといけなかったけど、例えば「これは誰々の写真を元にした」と他の人が指摘して告発できるようになる。
C:告げ口が可能になった。
編:2次創作に関しては、出版社も著作者も実質的に黙認していてグレーゾーンという認識になっているけど、著作権法上は完全な「クロ」だから「やってもいいか」と許可を求められたら「どうぞ」とは言えない、という話でした。
E:肖像権もそんな感じになってますよね。聞いちゃうとアウトになるけど、黙ってやったら別に何も言わないみたいなところがある。
編:著作権侵害は民事だけでなく刑事罰も適用されますが、現行法は親告罪なので権利者が告発しない限り事件としては成立しません。非親告罪化されると、権利者の意向に関係なく捜査当局が摘発できるようになり、また第三者が「これはパクリ(無断盗用)だ」とか「この2次創作は許せない」(著作者人格権侵害)と告発したら、警察は動かなければいけなくなります。世間では2次創作で発展して来たコミケやパロディ表現が萎縮する懸念が取り沙汰されていますが、Hさんが今おっしゃった通り、イラストレーターの仕事とも関係して来ますね。
E:あとは、仕事で絵を描くときにいかに他人の著作権に気をつけるか、そんなことばかり考えていたら絵を描けないですよね。でもやっぱり、なんとなくでも気をつけなきゃいけないという意識を持つようにするしかない。
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一般社団法人東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)編
アドバイザー:大川宏/亀岡知子(総合法律事務所あおぞら)