井筒啓之さん「日本人の絵はWeb空間で注目されるはず」Inspiration on Behance トークセッション・レポート


東京 渋谷のHOLSTER Galleryで開催されたアドビ主催イベント「Inspiration on Behance – 日本クリエイター名鑑 Exhibition Gallery」の2日目にあたる1月28日(土)、「クリエイターの自己プレゼンテーション」と題するトークセッションが行われた。その中から、イラストレーター井筒啓之さんのトークセッションをレポートする。

日本のイラストレーション界のリーダー的立場にある井筒さんだが、常に貪欲に新しいツールに挑戦し、試行錯誤している。そんな井筒さんが日本の若いイラストレーターたちに、アドビが運営している世界中のアーティスト、クリエイターのためのポートフォリオコミュニティであるBehanceを始めとするネットツールをもっと積極的に活用するよう呼びかけた。
 

Inspiration_on_Behance

 


Inspiration on Behance -日本クリエイター名鑑 Exhibition Gallery


@HOLSTER Gallery
(東京・渋谷)

トークセッション「クリエイターの自己プレゼンテーション」

2017年1月28日(土)

<登壇者>井筒啓之(イラストレーター)

     仲尾 毅(Adobe Creative Cloud エバンジェリスト)

<モデレーター>塩谷 舞

(敬称略)

 

塩谷:本日はイラストレーターの井筒啓之さんに、Behanceでのプロモーションについてお話しいただきたいと思います。まずは簡単な自己紹介をしていただけますか。
 

モデレーターの塩谷 舞さん

モデレーターの塩谷 舞さん

井筒:イラストレーターを35年ぐらいやっていますが、最初は広告の仕事が多かったです。企業のポスターとかパンフレットとか。その絵を見て、だんだん出版社から仕事が来るようになったんですね。広告の仕事は、プレゼンテーションから「こういう絵でやります」っていう形が決まっていて、それに沿ってチームワークでやっていくわけですが、それと比べて出版の仕事って自由度が高いなと感じました。「絵を描く」っていうことの楽しさは、出版の仕事に見出した感じです。その後、出版のほうが多く依頼が来るようになりました。20年ぐらい前かな、浅田次郎さんの『鉄道員(ぽっぽや)』(1997年)というベストセラーになった作品のカバーに使われて、僕の絵がメディアに載りまくることになって、その時から、出版メインでいこうと思うようになりました。正直言って、ギャランティは広告の方がずっと高いんですけどね。

塩谷:広告系と書籍系のお仕事を比べると、たしかにそうですよね。

井筒:バランスよくやればなんとかやっていけるかなと思っていました。玄光社が出している『イラストレーションファイル』というイラストレーターの年鑑があるんですけど、その本に広告の仕事は載せずに出版の仕事ばかり載せて、あえて出版のほうにシフトしていきました。今では「出版の井筒啓之」みたいなイメージになっていますね。それから20年ぐらい経ちます。
 

井筒啓之さん(イラストレーター)

井筒啓之さん(イラストレーター)

Webでのプロモーションを意識したきっかけ

塩谷:井筒さんは相当のBehance使いだとか?

井筒:すごく活用してはいるんですけど、実はそんなによく分かっているわけではありません。

塩谷:井筒さんのアカウントを見ると「いいね」の数が半端じゃないんですよね。ほかの人の絵では「いいね」は2つぐらいがほとんどなのに、井筒さんの作品への「いいね」数のすさまじいこと。

井筒:Behanceは2013年に始めたんですけど、最初の2ヵ月で8万ビューまでいったんですよ。それから3年ぐらい経って、最初の頃の勢いはなくなりましたが、当時はすごいなと思いました。それまでブログとか、Webサイトとか、mixiなどのSNSもいろいろやっていたので見てくれる人の数とか訪問数はだいたい頭にはあったんですが、数の桁の違いにちょっとびっくりしました。それで、日本語でやっているよりも英語圏でやったほうが断然効果があるなって思いました。

塩谷:8万ってすごい数字ですね。私も記事を書いていろんな人に見てもらえたなっていう時でもせいぜい2、3万くらいでしょうか。8万ビューをすぐに出せるのは、ユーザーエリアが日本だけじゃないからというのが大きいですよね。ところで、なぜBehanceをアクティブに使うようになったんですか?

井筒:本能、でしょうか。

仲尾:本能! 出ましたね。(笑)

井筒:本能というか、人に絵を見てもらいたいという欲求ですね。
絵を描き始めた頃にまず、画家になるか、イラストレーターになるかって迷う人も多いと思うんですけど、イラストレーションというのは大きな媒体に使ってもらえますから、たくさんの人に絵を見てもらいたい欲求が強い人がイラストレーターを選ぶんだと思うんですよね。芸術家とか絵画の方向に行く人のように、自分が納得いく作品で、点数は少ないけどギャラリーに来てもらってその絵を見てもらいたいというより、僕は印刷に載せて多くの人に見てもらうほうがおもしろいと思ってたんです。

要するに僕にとっては現物の絵よりも印刷媒体がメディアになる、さらに言えば印刷媒体よりもWebを選んでいるところがあります。実際には紙媒体の仕事が多いんですが、描いてるときもBehanceに載せるなどWebの空間に上げることを想定しています。例えば、いま週刊誌で5センチ四方くらいのスペースの仕事をレギュラーでしているんですが、WebにアップするためにA4よりちょっと小さいくらいのカラーで描いてるんです。雑誌ではモノクロになるんですけど。

仲尾:Behanceに辿り着く前に、FlickrやTumblrやmixiなど、いろいろなツールを試したそうですね。

井筒:最初にWebっておもしろいなって思ったのは、Flickrですね。今は仕様が変わってしまいましたが、以前はFlickr上に自分のプロモーションサイトみたいなページが作れたのでそれを載せていたら、海外のブロガーが「日本におもしろいイラストレーターがいる」と紹介してくれていることが分かって、おもしろいなと思いました。

仲尾:ツールは常に流行ってるものを、いろいろ試しているんですね。いろんなツールにどんどん広げていってるのがすごいなと思います。その中にBehanceもあったということですね。
 

仲尾 毅さん(Adobe Creative Cloud エバンジェリスト)

仲尾 毅さん(Adobe Creative Cloud エバンジェリスト)

フラットなWeb空間の魅力

塩谷:Behanceを使い始めて、身の回りで何か変わったことはありましたか?

井筒:前提として現実的な仕事の話をしますが、キャリアを積んでくると、たとえば雑誌の中ページの5、6点描く小さいカットみたいな仕事が来なくなっちゃうんですよ。

塩谷:私も編集の仕事をしているので分かります。あまりキャリアがある方だとギャラが高いのかなと思って、どうしても同年代の人を選びがちです。

井筒:でもWebの空間ってフラットなんですよね。そこに絵をアップしてしまえば立場はみんな同じ。ベテランも新人も同じ。もっと言えば、過去の人、マチスとかピカソでも、この空間の中では同じなんですよ。例えばPinterestでいろんな絵をまとめている人がいるとして、彼らが集めた中に僕の絵がポンとあったり、誰か分からない人の絵もあったりする。そういうWeb空間のおもしろさってありますよね。

仲尾:Webにアップしていると、コメントがついたり、フィードバックとして返ってくるわけですよね。

井筒:コメントやメッセージはすごくたくさん来てて、当初はなかなか対応しきれなかったですね。本当に気軽に「hi, Hiroyuki」って感じで仕事の依頼が来てたりして。

仲尾:仕事の依頼が来だしたんですね。

井筒:例えば「Milk Magazine」という香港の雑誌の仕事ですけど、雑誌の中のカット10数点で、ギャラは1点あたり1000円ぐらいですよ。アジアの仕事っていうのはなかなか厳しいですね。

塩谷:そんな安い仕事が来ちゃっていやだって話ですか。

井筒:いや、マネージメントをお願いしているエージェントの人に、この雑誌の仕事はやっておいたほうがいいって言われたんです。

塩谷:「Milk Magazine」は有名だからやっておけと。

井筒:そう、それまでもインタビュー記事を載せたいという話があったので引き受けたりしていたんですが、それを知った日本の人が「すごいですね、Milk Magazineですか」って言ってくれました。やっぱり香港の事情を知っている人は「分かる」って言ってくれてます。

塩谷:最近、Instagramなどで、韓国語とか台湾語とかでハッシュタグをつけるとその国のフォロワーが増えるという話をこの記事で読んで、私もやってみたら確かにすごく増えました。

井筒:そのあたりの事情を、僕も知りたいんです。

仲尾:そういう情報にすごく貪欲なんですね。

井筒:いろいろ聞きたい。タグの付け方とかどうやったらいいのか。そういうことも若い人から得た情報で勉強しながらやっています。

仲尾:それをちゃんと実践しているところがすごいですよね。
 
Inspiration on Behance
 
仲尾:最近は、Behanceにはどんな作品をアップしていますか?

井筒:新聞小説の挿絵を載せています。一年以上続く連載なのでたぶん数百点になります。

塩谷:それは毎日の連載ですか?

井筒:平日、月曜から金曜の連載。一年以上続くということだから、たぶん200から300点ですね。

塩谷:それは、相当スピード感をもって描かないと間に合わないですよね。

井筒:間に合わないですね。並行して別の新聞の同じような挿絵もやっているんですけど、挿絵は毎日2枚。時間があるときにまとめて描いています。絵具で塗るんですが、スキャンしたときに塗った感じが見た目より汚く出ちゃうことがあるので上にフィルターをかけ、フラットになりすぎないようにレイヤーを透明にして筆跡は残しておきます。デジタル感が出ちゃうと、なんだデジタルで描いてるんだって思われちゃうので、ちゃんと手描きですよって伝わるように。

塩谷:実際にデジタルツールも入れて作り始められているんですね。

仲尾:最近採り入れられたツールはiPad Proですね。あとはApple Pencil。

井筒:iPad Proは使い始めてまだ1ヶ月経っていませんし、アプリのAdobe Photoshop Sketchで練習中なので、ちゃんとした作品として仕上げるには至っていません。当たり前なんですが、自宅に帰ってラフを描くとき、ツールは紙しかない。急ぎのときは家で紙に描いて、それをiPhoneで撮ってPDFで送ってたりしてたので、それならこういうツールがあってもいいかなと思って使い始めました。

塩谷:もう、どこでも描けますね。

井筒:でもやっぱり難しいですよ。それはそれで練習しないと描けないなって感じですね。

塩谷:でも数ヶ月後には、ラフスケッチならこっちのほうがいいみたいなことになっているかもしれませんね。
  
Inspiration on Behance
 

日本人の絵はWebで注目されるはず

井筒:僕はイラストレーションの教室で新人を育ててるんですけど、少し前まではいい絵を描くイラストレーターは自然に売れていくと思っていたんです。ところが今は本当にイラストレーションのマーケットが縮まってきているので、若いイラストレーターを育てるんだったら、僕らがマーケットを作っていかなければならないと思い始めました。それも日本だけだと限界があるので、Behanceにものすごく期待しています。しかし、まだまだBehanceを活用している日本人の数が少ないですね。もっとたくさんの日本人が使えばいいなと思っています。検索をかけると世界中の人たちの絵が見られるんですけど、日本人の絵ってやっぱり目立つんですよ。

塩谷:やはりクオリティが高いですか?

井筒:クオリティといいますか、アングロサクソンの人たちの絵って立体的なんですよね。日本人の絵はね、写実的に描いていてもフラットに、平面的に見えるので、なんとなく「ああ、東洋的だな」っていう感じがする。それが塊になっているっていうのはとてもおもしろいと思うんです。僕は今、東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)という団体の理事をやっていますが、そこに海外からの問い合わせがすごくたくさん来ています。TISのWebサイトで絵を見て問い合わせして来るんです。日本人の絵が塊になっているとすごく興味を持ってくれる。そういう意味でもBehanceの中で、日本人の存在感が大きくなれば、もっともっとみんなのところに仕事が来るんじゃないかなと思っています。

塩谷:「日本人イラストレーターはいいぞ」と世界中で評判になるといいですね。

井筒:そうなってほしいな。

塩谷:今日はありがとうございました。

 
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