「Artist in the World」サラーム・サラーム ロングインタビュー


イランと日本を絵本で繋ぐ

日本に住む人間にとって、“イラン”という国名から想像出来ることはきっとそう多くない。そんな異国の地の絵本を日本に紹介することでぐっと身近に、また興味深い存在だと気付かせてくれるのが、ペルシャ語翻訳家・愛甲恵子さんと美術家・YUMEさんのユニット“サラーム・サラーム”の2人だ。2017年11月サラーム・サラームの企画で開催されたヌーシーン・サファーフーの絵本原画展『スーフィーと獣と王たちの物語』の会場となった原宿・SEE MORE GLASSに在廊中の2人を訪ね、彼女たちの視点、またその活動について伺った。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 左から美術家のYUMEさんと、翻訳家の愛甲恵子さん
 
取材日:2017年11月16日
取材・構成:イラストレーション編集部(文責:岡あゆみ)
取材協力:SEE MORE GLASS(http://www7b.biglobe.ne.jp/seemoreglass

*ここでは『イラストレーション』(No.217)に掲載された、サラーム・サラームのお2人の対談の完全版をお届けします。誌面では個性豊かなイランの作家7人をご紹介しているので、ぜひあわせてご覧下さい。


サラーム・サラームの活動

───お2人の出会いと来歴について教えて下さい。

YUME(以下Y):高校が一緒で、2人ともバスケ部だったんですよ。

愛甲(以下A):高校卒業後、彼女は美術の道へ。私は大学でペルシャ語(イランの公用語)を学んだ後、10カ月ほどテヘランに留学しました。

───サラーム(*1)・サラームの活動の始まりは?

A:イラン留学中に絵本をいろいろと集めていたんです。それをイランに遊びに来たYUMEに見せたら、「いいねぇ、こんなにたくさんの絵本。それで、帰国した後はどうするの?」と聞かれて……。

Y:そしたら、愛甲は「絵本の翻訳をやりたい。これらの絵本を出版社に持って行って、そういうことが出来ないか探ろうかなぁと思ってる」と。それを聞いて、「ほほぅ、なかなか難しそうだなぁ」と感じました。

A:彼女は世の中をよく知っているんです(笑)。

Y:でも、どの絵本も内容は分からないけれど惹き付けられる絵で面白かったんです。だから直接出版社に持ちこむより、まず〝イランの絵本〞を知って貰うために絵を中心に見せる原画展を開いた方がいろいろと広がるんじゃないかな? と提案したんです。愛甲が日本語訳を付けて、イランの絵本そのものを紹介する方がいい気がして。それで、2人の間でトントン拍子に話しが進み……。

A:その時はもう帰国の1カ月前だったので、急いで出版社や作家に連絡しました。まずはテヘランで開かれていた『ごきぶりねえさんどこいくの?』の原画展ですでに出会っていたモルテザー・ザーヘディ(*2)に連絡しようと思ったんですが、彼はその時兵役中で連絡がとれなかったんです。出版社の人にそのことを話したら「彼の絵が好きなら、マルジャーン・ヴァファーイヤーン(*3)に会うといいよ」と紹介してくれ、すぐに彼女の家で作品を見せて貰うことに。それで2回目に会った時、ドキドキしながら原画展のアイデアを話して作品を借りたいと伝えたら、意外にもあっさり「いいよ!」って……。今思えばそうやって最初にマルジャーンが屈託なく私たちを信用してくれたのが、すごく大きかった。彼女自身も若かったからかもしれませんが、普通遠い国からの留学生に対してもっと警戒すると思うんです。そのことで人生がくるっと回転したような感覚がありますね。

───初めての展覧会はどこで開催されたんですか。

A:YUMEが定期的に展覧会をしていた銀座のT-BOXでした。YUMEとマルジャーンの絵と、イランの絵本の力で形になったんです。

Y:T-BOXは初個展からお世話になっている場所で、ギャラリーの企画展としてやらせて下さいって頼みこみました(笑)。

A:その後しばらくマルジャーンと兵役から戻って来たモルテザーの個展を中心に、イランの絵本を紹介する活動も少しずつしていたんですけど、2008年にちょっとした転機がありました。渋谷パルコ内のロゴスギャラリーで、「だれも知らないイランの絵本展」という展覧会を開催することになったんです。

Y:前年に絨毯屋さんや陶芸家さんと一緒にロゴスギャラリーで展示をしたんだよね。

A:そうそう。その時は絨毯や陶器が展示される中でちょっとだけ絵本を紹介していたんですが、次の年に「だれも知らないイランの絵本展」というタイトルで、イランの絵本だけで展示をさせて貰うことになって。それが、今のように絵本の展覧会をするようになったきっかけでした。

Y:その後イラストレーターの個展と並行しながら、絵本の展覧会もどんどん増えていきましたね。2017年も何の予定もないと思ってたのに、ずいぶんたくさん展覧会をさせて頂きました。ビザの問題などで約2~3年に1度の買い付け頻度なのもあって、「久しぶりにイランに行って来たよ」って話をするとみなさん声をかけてくれるんです。

───朗読会なども開催されていますよね。

Y:最近はあまりやっていませんが、昔は日本語とペルシャ語で絵本を読むという朗読会をよくやってました。意味は分からなくても、ペルシャ語は聞いていて耳心地がいいんです。

A:イランの言葉や詩はすごくリズムがあるし、美しいんですよ。文字だけ見るとアラビア語と似ているんですけど、言語の系統が違うし、発音の仕方も全然似てない。ペルシャ語は音の魅力があると常々感じているので、直接伝えられないのが残念なぐらいです。言葉には音も含まれていると思うので、翻訳する時にどう伝えたらいいんだろうって悩みも……。いずれホームページなんかで聞けるように出来れば、と考えています。

───2006年にブルース・インターアクションズから「詩の国イランの絵本」シリーズ(*4)が発刊されたきっかけは?

A:ブルース・インターアクションズの編集の方が、東京国際ブックフェアに出展していたカーヌーンというイランの出版社のブースに足を運んだらしいんです。そこで『フルーツちゃん!』という絵本を気に入って出版するにはどうしたらいいかと周囲に相談していたら、共通の知人が私の名前を挙げてくれて。その時の私は仕事としての翻訳経験はまったくなかったから、絵本の翻訳依頼は奇跡のような話でした。しかも、1度目の打ち合わせの時に「実は私たち、モルテザーっていう人を紹介したりもしているんです」と話してみたら、すごく気に入ってくれてなんとシリーズ5冊のうち2冊がモルテザーの本という特別待遇に……。モルテザーの本以外は、カーヌーンから出版された絵本なんですよ。

Y:これは一気に出さなきゃいけないっていう、編集者の方の決断だったね。封入された栞のレビューも豪華で、荒井良二さんや五味太郎さんが書いて下さったんです。

A:監修をやって下さったフリー編集者で装幀家でもある小野明さんと、ブルース・インターアクションズの編集の方がラインナップを決めて下さったんですが、おそらく1冊じゃダメだろう、って話になったんでしょうね。この5冊のおかげでどこにいっても「こういうのを出版してるんです」って言えることが出来て、本当にありがたかった。今改めて考えても、「詩の国イランの絵本」っていうシリーズ名にふさわしい5冊です。

*1 サラーム…ユニット名の「サラーム」は「平安」の意味で、日本語の「こんにちは」にあたるが、昼夜関係問わず、会話を始めるひと言として必ず口にされる
*2 モルテザー・ザーヘディ…1978年生まれ。2001年に絵画の学士号を取得。日本では『ごきぶりねえさんどこいくの?』『ごらん、ごらん、こうやって』『黒いチューリップのうた』が出版されている。
*3 マルジャーン・ヴァファーイヤーン…1978年生まれ。高校でグラフィックを専攻し、2003年頃から絵本の絵を描き始める。デビュー作は現代詩人の文章による『花壇の中にお嫁さんとお婿さんが生えていた』。
*4 「詩の国イランの絵本」シリーズ…『フルーツちゃん!』『ごきぶりねえさんどこいくの?』『アフマドのおるすばん』『ごらん、ごらん、こうやって』『すずめの空』の5冊がシリーズとして刊行された。すべて愛甲さんが翻訳を担当(『すずめの空』は蜂飼耳さんとの共訳)。版元のブルース・インターアクションズは1度スペースシャワーネットワークの完全連結子会社となったが、現在は組織再編しPヴァインと社名を変更。

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『ごきぶりねえさんどこいくの?』ペルシャ語オリジナル版
絵:モルテザー・ザーヘディ 再話:‎ M. アーザード


役割分担と苦労

───お2人の役割分担を教えて下さい。

Y:私の仕事はヴィジュアル的な部分や、裏で相談にのることですね。それ以外は全部愛甲がやっています。最初の頃は結構手伝っていたんですが私は美術家としての活動があるし、愛甲が1人立ち出来るようにって想いがどこかありました(笑)。だから、ある時期からは愛甲自身がギャラリーの人たちと繋がりを作っていった。始めた時は、「額ってどうやって付けるの?」ってところからだったんですよ。

A:ざっくり言うと、私はペルシャ語係ですね。額やDMを工夫することが私には難しいので、そういうところは未だにYUMEに全部やって貰ってます。それから作品の値段設定もかなり頼ってます。展覧会のキャッチコピーとかも、実は私じゃなくて彼女が考えてるんですよ(笑)。あとアーティストとのやりとりって私には難しい部分があるんですけど、YUME自身アーティストだからそういう気持ちが分かるのでありがたいです。

Y:その一例なんですけど、イランの人に絵を描いて貰って日本で絵本を出版しようっていう時に彼らは指定されたように描けないんです。お話に絵を描くっていう感覚が日本人と全然違うので。日本の暗黙の了解のような制約を、アーティスト気質のある人はおそらくちょっと……って思っちゃう。ビジネスライクに考えられる人もいますが、自分が精一杯描いたものの何がダメなんだろうっていう気持ちはどうしても生まれてしまいますよね。距離があるし、言葉の違いもあるから余計難しい。

A:本当に難しいんですよ。イランの絵本を日本で売りこみしたりもするんですが、玉砕が多い。でも、編集の方が熱心に私たちの展覧会に足を運んで下さるので、本当にありがたいと思います。

Y:いつか出るといいよね。「とうとう出た、イランの絵本!」って感じで(笑)。

A:とうとう(笑)! 本当にそうだね。

───その他に大変なことはありますか?

Y:絵の値段の交渉かな。日本だと高く売れるんじゃないかって、イランの人が思う気持ちはわかるんですけど。

A:イランで絵本は1冊数百円とかで日本より安価なんですが、絵の値段は日本とそう変わらない印象なんです。

Y:むこうの期待も分かるので、プライドを傷つけないようにどう表現しようっていうのはある。

A:タイミングにもよりますが、ビザを取るのも結構大変ですね。「絶対行くぞ!」って気持ちにならないと心が折れる。以前行けなかった時は「何回も行ってるからダメ」ってよく分からない理由ではねられたりして……。単にお金を払えばいいわけでもないところがめんどくさい。それから今一番困っているのは、郵便が高いこと。

Y:郵便に関しては結構大変だね。本なんかを郵送して貰っても、届いた時にはぐちゃぐちゃになっていることもよくありました。

A:今は信頼出来る現地の人に頼んでるから大丈夫なんですけど、以前出版社から水に濡れたような本が送られきた時はさすがに怒りました。

Y:日本から直接イランの銀行に送金出来ないのも不便です。クレジットカードもドバイ経由じゃないと使えない。だから信頼出来る人にお金を届けて貰うか、1~2年待って貰って私たちがイランに行く時に精算という形にしています。

A:そういった経済制裁(*5)の影響は少なからずあります。アメリカに口座を持っている人はいいんですけど……。

Y:これからは、アメリカに口座を持つのが当たり前になってくるかもしれません。

A:日本の書店が仕入れたいと思っても、支払いとかが面倒でハードルが高いからね。それ以外だと仲よくなると家に招待されて一緒に食事をするのが礼儀なので、1度の滞在でいくつも予定があってスケジュールがタイトになっていることかな(笑)。

Y:みんなフレンドリーでお喋りだから、どこに行っても話しかけられるしね(笑)。お店とかでも、まずはお茶をどうぞっていうところから始まるんです。

*5 経済制裁…2006年国連安全保障理事会による決議以降、アメリカをはじめとする諸国及び多国籍企業がイランに対して行っている制裁措置の1つ。


イランという国と出版事情

───イランにはどういう経緯で興味を持ったんですか?

Y:最初は風の噂で愛甲が大学でペルシャ語を専攻していることを聞いて、「え、なんでイラン?」と思いました。よくよく本人に聞いてみると、興味の始まりはやっぱり絵本なんですよ。絵本で見た文字が美しいっていう想いがあったと聞いて、まずはそういった理由で私はイランと彼女に興味を持ちました。でもその後、実は最初はペルシャ語を専攻したかったわけではなかったと聞いて……(笑)。

A:それ言わなきゃダメかな……。本当はアラビア語の絵本を見て美しいと思ったのでアラビア語を勉強したかったんですけど、なぜか受験票を書く時にうっかりペルシャ語で願書を出してしまったんですよ(苦笑)。ペルシャ語を学んでいる他の人は歴史や文学が好きとか立派な理由があるんですけど、全然他人に言えない理由です……。

Y:いやでも、導かれたんだよ(笑)。愛甲は真面目でまっすぐやりたいことに向かっていくイメージがあるので、余計にそのエピソードが意外で面白かった。

A:そうした紆余曲折はありつつもペルシャ語を学ぶことになったんですけど、実は大学時代ずっと絵本を読んでいたわけではないんです。大学院を卒業する前に言葉だけで表現することに行き詰まりを感じていたところ、たまたま五味太郎さんと小野明さんの『絵本を読んでみる』という絵本に出会って。それで、絵本って自分の悩みを打開するものかもしれないって思ったんです。それからイランの絵本ってどういうものなのかなって考えていたら、上野の国際子ども図書館でたまたま「野間国際絵本原画コンクール」(*6)の展覧会が開催されていて、そこにイランのイラストレーターがたくさん入選していた。イランは詩の国だって大学の授業で耳にタコが出来るくらい聞かされていたから、こんなに絵がいいなら絵本はきっと面白いぞって思って留学を決めたんです。その直感は当たりでした。

Y:私はその頃美術商でアルバイトをしていたので、アンティークなんかの方に興味がありました。絵を描いているのでもちろん絵本に興味はありましたが、イランの絵本に興味を持ったのはそれとは全然別で。やっぱりモルテザーの絵を見た時に、単純に絵が面白くて気になったんです。

───イランに渡航する際、緊張はありませんでしたか。

A:大学の頃からペルシャ語を専攻していましたし、緊張はなかったです。家族も慣れていたので、そう心配されることもありませんでした。

Y:私は愛甲がいる時じゃないと行けない場所だと思ってたんですけど、実際行ってみるとのびのびしてました。

A:そうそう、もう日本に帰れないなって思うくらいに。だから、YUMEが提案してくれなければ、私はきっと日本で何をしたらいいか分からなかった。翻訳や通訳をやってる人もいますが、それだけで食べていくのはなかなか難しいんです。そして、今のところ私たちの後に続く人がまったくいないという……まぁすごく儲かっていればやりたくなるのかもしれないけど、そうではないので(笑)。

Y:でも、イラン映画のようにうまく広まっていけばいいよね。なかなか広まらないのは、私たちが日本をベースに活動しているからかな。とはいえ、イランの絵本を見られる機会があまりない日本だからこそ今のような活動をしているのかもしれないけど。そういえば、イランの若い人たちの作品を見ていると絵本に限らずアニメーションや映像に転化出来そうだから、別の方法で伝えることも増えてきそうだよね。

A:イランはアニメーションもいいんですよ。最近ではDVD付きの絵本も出始めています。

───出版物に対して検閲があると聞いたのですが。

A:絵本でも映画でも検閲はあるんですけど、以前ある女優さんが「イラン人は検閲という前提の中で、どうすればものを作れるかを割と分かっている。だから、そのことにばかり注目されても困る」と言っていました。いろいろな場面で思うことはもちろんあるだろうけど、意外と受け入れた上でやっているんだと思う。イランに限らず、そういう前提はどこにでもありますよね。

───出版社の傾向などがあれば教えて下さい。

Y:大きい出版社だから保守的とか、小さい出版社だからアヴァンギャルドということはない気がします。もちろん保守的な絵本を多く出版している会社もありますけど。カーヌーンはイランではわりと有名で大きな出版社ですが、現代詩人アフマドレザー・アフマディが文章を書いた絵本もたくさん出しています。アフマディはマルジャーンと『花壇の中にお嫁さんとお婿さんが生えていた』というアヴァンギャルドな内容の本を出版した詩人です。

A:大御所と若手が一緒に仕事をすることも多く、ある意味自由なんです。

*6 野間国際絵本原画コンクール…優れた才能を持ちながら作品発表の機会に恵まれない、アジア(日本を除く)、太平洋、中南米、アフリカの各地域とアラブ諸国の新進アーティストを発掘し、創作活動を奨励することを目的とした原画コンクール。1978~2008年まで隔年で開催された。

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『花壇の中にお嫁さんとお婿さんが生えていた』
絵:マルジャーン・ヴァファーイヤーン 文:アフマドレザー・アフマディ


詩の国の絵本

───イランの絵本を読む時に、知っておいた方がよい前提や傾向などはありますか。

A:宗教的な問題で、神の姿やイスラームの聖者の顔は描かれない、とかありますけど、それって絵本を楽しむ時に絶対必要な情報でもないですよね。自分の今持ってる価値観で楽しめればそれでいいというか……。見て下さる方が「イランの絵本だ」ということより、一対一で絵本と向かい合って面白いなという気持ちになってくれたらうれしいですね。

それから、傾向があるとすれば〝ポエティック〞ということでしょうか。だから、「分かりづらいな」と感じることもあると思うんですけど、そこはなんとなくで読んで貰っていいと思っています。もちろん彼らの生活を知ることで違う楽しみ方が出来る部分もあるでしょうけど、そうしなきゃいけない、ということではないと思うんですよ。

Y:「絵本=物語を読む」というより、詩だと思ってページをめくると、いろいろ感じとれるかもしれないですね。私もペルシャ語は読めないのに絵本そのものをまるごと受け入れて、「この絵、すごく素敵じゃない?」というのが知って貰いたい気持ちの発端ですし。

A:「いいと思うんだけど、みんなどう思う?」っていうスタンスですね。

Y:日本にいるとイランについてはすごく狭い範囲の情報しか入ってこないから、ある意味〝怖い、分からない〞という凝り固まったイメージがありますよね。私も初めてイランに行った時に、勝手な印象を持っていたことに気付きました。どこにいても人はたくましく、生き生きとその暮らしの中で表現しながら生きているんだと、感動すら覚えたんです。

A:「ペルシャ猫を誰も知らない」(*7)というイラン映画も、そういうことを感じさせます。彼らは今出来る最高のことをやろうと頑張ってるんだけど、その「やりたいことをやろうとしている」って気持ちはどこにいたって同じだから妙に納得出来た。日本にいたっていろんなことに縛られてるんですよね。

Y:だから、活動を始める時に〝イランの絵本〞を通して、「与えられたその場所でみんな普通に生活していて、自分の描きたいものを描いているってことをとにかくシンプルに伝えよう」って話しました。そうすることで彼らの作品や発言を素直に受け取って貰えたり、彼らの国に対する見方が変わったりするかもしれないっていう想いはやっぱりあります。

A:私たちが見て面白いと思ったものを紹介しているので、もちろんこれがイランのすべてではないし代表しているわけでもないんですけど、新しい見方が加わったり変化するといいなって思いますね。

───先ほど傾向があるとすれば“ポエティック”だとおっしゃっていましたが、「イランの人たちは詩への感度がかなり高いのでは?」とお2人が紹介されている絵本を読んで感じました。

A:本当にそうなんです。

Y:初めて見た時にびっくりしたんですけど、お休みになると川縁に日本だと花火大会かと思うくらいの人が集まって来るんです。あちこちで家族や婚約している男女が集まって一体何をしているのかなと思ったら、みんな詩を語らっているんですよ。日本も他国から見れば詩人じゃなくとも詩や俳句を作る民族ですけど、それよりももっと当たり前に詩を語らうイランの人たちにとにかく衝撃を受けました。詩がベースになっている絵本が多いのも頷けます。しかも、ちょっと内容が難しい……。

A:私たちが難しいと感じている部分は、すっと流しているような印象がありますね。むこうの人は特に難しいとは感じていなくて、詩だけじゃなく普通のお話もちょっと詩的な感じ。絵に対しても物語を語るというよりは、1枚1枚の完成度を求めているようなところがあると思います。

───“愛”や“恋”を主題に詩を語ることは、宗教的に大丈夫なのですか?

Y:彼らはそういったことを、すごく語りますよ! 「薔薇とワインと愛と」みたいな感じで(笑)。

A:濡れ場のようなものはもちろんダメですけど、要は精神的な愛。女性のことを語っているようだけど、実は神への愛の詩だと高尚に捉えられたりもする。日本人からすると、ちょっと浮世離れしている感じがあるかもしれない。絵本を作る時も詩人とイラストレーターがそれぞれ私はこう思うっていう印象ををぶつけあうから、第三者はややついていけないところがあるのかも。この間気付いたんですけど、イランの絵本を見て「ご飯がおいしそう」とかってほとんど思ったことがなくて……。彼らは自分の印象で常に表現しているというか、日常生活を描いた絵本はほとんどないんですよ。どちらかと言えば、現実はそこにあるんだからそれを描いて何になる? みたいな気分がある気がします。

Y:日本だと子どもにも分かりやすいようにっていうのがあると思うんですけど、イランの絵本は物語や詩の中に放りこまれるような感じがします。

───文化的なことに造詣が深い国なんですね。

A:そうですね、おそらく彼らはそのことを誇りに思っています。

Y:詩人たちもペルシャが一番っていう誇りを持ってるんですよ。

A:それは絵本とか関係なしにすごく感じる(笑)。基本褒め上手で場の空気をすごく大切にする人たちだから日本のことをすごく褒めてくれるけど、やっぱり自分たちのことを誇りに思っているというのはあらゆるところで感じるんです。これは決して悪い意味ではなくて、いいことだなぁと思います。

*7 「ペルシャ猫を誰も知らない」…西洋文化の規制が厳しいイランで、音楽を自由に演奏することを夢見る若者たちの姿を描いたバフマン・ゴバディ監督の作品。


絵本とイラストレーション

───イランにおいて、“絵本”というジャンルは古くからのものなんでしょうか。

A:本格的に作り始めたのは1960年代。特に先にも出たカーヌーンという出版社が出来てから、すごく力を入れるようになりました。カーヌーンは映画制作や絵画教室などいろいろな文化活動を行っている機関で、そのなかに本を出版するセクションもあるんです。発足当初は政府との関係はなかったんですが、イラン革命後に一部国に属するようになりました。

───イラストレーターと絵本作家の大きな違いはありますか?

A:絵と文章の両方を担う人がほとんどいないから、絵本作家というのはあんまりないですね。イラストレーターは絵本だけでなく、いろいろな仕事をしています。

Y:ただ、絵画的なアーティストとイラストレーターはやっぱり別です。最初はイラストレーターとして仕事をしていたとしても、だんだん画家に移行していったり……。

A:モルテザーがそういうタイプですね。『ごきぶりねえさんどこいくの?』をやってた頃は絵本の表現にも興味があったと思うんですけど、それが窮屈に感じるところもあったみたいで。

Y:でも、そういうのもいいよね。イランの出版社や書店は世界に向けて自国の絵本を発信しているんですよ。だから若い人たちが海外で評価されて、海外のブックフェアなんかにも足を運べる。そういう意味ではイラストレーターにとって、絵本という“ツール”に対しての感覚が違う気がする。

A:その通りだと思う。やっぱりボローニャ国際絵本原画展やブラティスラヴァ世界絵本原画展なんかで入選しなければ、イランという国に注目している人なんてほぼいないんですよ。世界的に有名な賞を受賞すれば国内外問わず注目されるし、いいものを描けばより評価されていく感覚がきっとある。ひとつの手段として、そういったことを通じて私たちも彼らの個展を企画しているので。

Y:あと絵本作家やイラストレーターの方々はある程度作風に一貫性をもって描かれることが多いと思うんですけど、イランでは1冊1冊その詩や物語に対して絵を描く感じなので、話によって絵ががらっと変わります。流行によって、同世代のイラストレーターたちの作品が一瞬似ていたりもする。持っている絵の引き出しが多いというか、とにかく自由に変化するんです。だから、前のようなものをって頼もうとしても全然違うものが出てくるし、出版社もそれを受け入れている。そして、日本だと子どものために作られた絵本とは別に、対象年齢別の絵本が確立されている気がするんです。イランではただ“絵本”っていうものがあって、それが誰かを想定しているわけじゃないのが面白いなと思います。


■PROFILE
salamx2(サラーム・サラーム)
2004年からイラン(ペルシャ語)の絵本や絵本作家を独自の視点で幅広く紹介する、愛甲恵子(ペルシャ語担当)とYUME(意匠などを担当するご意見番)の2人組ユニット。
http://www.salamx2.com


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