“ジョンとヨーコの息子”から届いた突然のメッセンジャー。イラストレーター・安田尚樹さんが語る、新作カバーアートの制作秘話
ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子であるショーン・レノン。彼が、レス・クレイプール(*)と取り組むプロジェクト、ザ・クレイプール・レノン・デリリウムの新作アルバム「サウス・オブ・リアリティ」が2019年2月に発売された。新作のカバーアートを担当したのは、イラストレーターの安田尚樹さん。ショーンから直接受けたというオファーの内容や、海外アーティストである2人と交わした制作のやり取りについて伺った。
*)ベーシスト。オルタナティブロックバンド「プライマス」のリーダー。高度なテクニックと、奇抜なステージパフォーマンスで知られる。

「サウス・オブ・リアリティ」のアートワーク
依頼はFacebookメッセンジャーで
2018年8月、安田さんのFacebookメッセンジャーにメッセージが届く。
「Yasudaさん、ショーンです。ジョンとヨーコの息子です。僕はあなたのアートの大ファンです! 新作のアートワークをお願い出来ないでしょうか?」。
ショーン・レノンから送られてきた、思いも寄らない連絡。前触れのない依頼に安田さんは驚きつつ、メッセージを受け取った20分後に半信半疑ながら承諾の返事を送った。
オファーのきっかけとなったのは、1980年代に安田さんが手がけていたアメリカのSF雑誌での仕事だという。新作カバーについて、気に入ったものを見つけられずにいたショーンとレス。そんななか、レスはショーンに、当時のSF雑誌に掲載されていて、2人がともに好きだったという安田さんの作品を送る。
その後、レスから「この人を探せるか?」と尋ねられたショーンは、安田さんを探し出しコンタクトを試みることに。面識もなく、依頼を受けて貰えるかどうかも分からない状況だったが、安田さんからわずか20分後に届いた色よい返事に、ショーンは「ミラクルだ!」と驚いたそうだ。

当時安田さんが手がけていた米国のSF雑誌でのイラストレーション
1ヶ月に及ぶやり取り、作ったラフは10パターン以上
こだわりの強い2人の要望もあり、ラフの決定までには多くの時間を要した。ここでは、最初の案を含め、安田さんが制作したラフややり取りの一部を紹介する。
最初に送った3案。「左がイメージに近いが、楽曲も聞いてさらに膨らませてほしい」という返答が。
アルバム内に収録された曲名から、アメジストやコンパスのモチーフを入れる。
ショーンの描いたラフイメージ(上)に加えて、「曲の要素をもっと盛りこむ」、「女性が巨大な魚に乗る」といった要望があり、再度ラフを制作。
細かな変更が追加される。「女性は戦士のような鎧を」「魚には手綱」「女性は馬に乗っているように」といった具体的な指示を基に修正。
ラフ最終案。空の赤いイメージは以前と継続だが、最終的には、安田さんへの依頼のきっかけとなったSF雑誌の表紙に近い、シンプルな構図に着地。収録曲「ライク・フリーズ(=ノミのように)」にちなみ、モチーフを女性からノミに変更することに。
完成版。構図は変わらないが、安田さんの提案でコンパスやアメジストなどが描き加えられた。
憧れの仕事、叶った夢
本番ではキャンバスにエアブラシを使って描いた、安田さんのアートワーク。PCでは表現出来ない、アナログ感を感じる作品に仕上がった。その出来栄えは、ジャケットだけでなくPVやライブの背景にも登場するほどで、ショーンも「今までで作ったアルバムのなかで最高のカバー」と胸を張る。
また、長いキャリアのなかでさまざまな経験を積んできた安田さんにも、この仕事は特別な思いがある。「ロジャー・ディーン(*)が好きで憧れていました。レコードジャケットは、音楽とアートワークがコラボレーションする最高の仕事。CDに変わってしまい、それももう難しいと思っていたけど、その夢がようやく叶いました」と笑顔で振り返った。
1980年代のSF雑誌がつないだ、ショーンとレスとの出会い。30年以上の時を経た邂逅によって、ベテランイラストレーターの長年の夢が結実した。
*)グラフィックアーティスト。ロックバンドの「イエス」など、アルバムのアートワークを数多く担当した。

完成した原画はショーンが購入し、サプライズでレスにプレゼントした。写真は、原画を手にしたレス。
<関連サイト>
https://www.sonymusic.co.jp/artist/theclaypoollennondelirium/
安田尚樹(やすだひさき)
1956年、東京生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。田中一光デザイン室を経て、独立。米国のSF雑誌『アイザック・アシモフズSFマガジン』の表紙イラストレーションなどを手がける。2004年にはテレビ東京『TVチャンピオン』「ライティングペイント王選手権」に出場し、チャンピオンに。