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イラストレーションについて話そう

第5回② 形が歪んでも、手間がかかっても、質感は重視したい|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談

第5回② 形が歪んでも、手間がかかっても、質感は重視したい


「イラストレーション」とは一体どんな「絵」なのか。
有名なあの描き手はどんな人なのか、なぜあの絵を描いたのか、
この表現はどうやって生まれて来たのか……。

イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんが
イラストレーションの現在過去未来と、そこに隣接するアートやデザイン、
コミックなどについてユル〜く、熱く語り合う、連続対談。

「リアルに描くこと」が主題や目的ではないけれど、
写実的に描くことで作品に迫力や説得力が生まれたケースや
質感だけがやけにリアルな絵というのも世の中にはある。
 


 

■憧れていた人がリアル系ではなかった

伊野孝行(以下、伊野):昔は探偵ものとか戦争ものとか、ちょい昔だと怪獣とかSFとか、リアルな絵はいっぱいあったわけですけど、子どもの頃は、わーっすごいな、って思うけど、大きくなって自分の好みが出てくると……。伸坊さんはどうでした?

南伸坊(以下、伸坊):江戸川乱歩の『少年探偵団』の挿絵とか、ペン画の『少年ケニヤ』とか『沙漠の魔王』*21とか、自分よりちょっと上の世代が見てた絵だね。リアルな絵がキライなわけじゃない。

伊野:キライなわけじゃないけど、「オレでも描けるんじゃね?」って気にはしてくれないですね。リアルな絵って。

伸坊:ペン画とか、難しいよね。フッフッフ(笑)。

南伸坊画 最近比較的細かく描いた例(「毎日新聞」挿絵)
リアルに描いた割に眼鏡のツルは忘れてる


 
編集部:見るのと描くのとでは違うんでしょうね。見てすごいなとか面白いなと思っても、描きたいとは思わない。

伊野:いや、すごく時間があったら、描いてみたいかなー。やっぱりどうやってこんな風に描けるんだろうと思ってしまう。そう思って絵の前に立ってると、絵の中から途方もない時間と労力がこっちに溢れてきて、なんか息苦しくなっちゃう時があります。自分が描く側にいるからかな。まぁ、たまにリアルぽく描くこともあるんですけど……でもたいしたリアルじゃない。

伸坊:でも、伊野君はいっぱい描いてるじゃん。どっからが「たいした」リアルなの?

編集部:高橋由一の模写はリアルという理解でいいですよね。

伊野:あれは、あの時点で精一杯のリアル。あの時はまだトレースとかもしてなかったし(笑)。今でもあまりにリアルの技法を知らなくて、ティッシュでぬぐったり、指でぼかしたりするくらいの技術力しかない。そういう意味では高橋由一を描くにはちょうどよかった(笑)。段取りも何もないまま描いてるから、途中でイライラすることもありますね。ああ、リアルな感じが出てきたなって時は嬉しいんですけど、それは最後の方の一瞬で、だいたい苦労ばっかり。

編集部:リアル表現に行かないのは、締切の問題があったからですか。

伊野:う〜ん、「自分はこうなりたい」って最初に憧れてた人が蛭子さんだったからなぁ(笑)。

伸坊さんが美學校に行ってた時、赤瀬川さんのリアルな表現の部分に憧れてた生徒もいたわけですか。

伸坊:そうねえ、赤瀬川さんのクラスで絵を描いてた人がそもそも少ない。もともと美術学校で絵を学ぼうってつもりの学生が少なかったかもしれない。現役で美大に行きながら、なんか面白そうだからって美學校にも来てたって人はけっこういたけど。

渡辺和博なんて、もともと写真はやってたけど、自分で絵を描こうなんて思ってなかったんじゃないかな。マンガは貸本から少年マンガまで好きなだけ見てるから、マンガ的な教養ってのはあって、描き出したらすぐマンガになってたよね。

編集部:マンガ的教養というのは?

伸坊:コマとコマのつなぎ方ですね。そのコマの間に、見る人がどんな時間を感じるか、どういう動きを感じるかってのが、理屈じゃなく分かってる。だから、必要ないコマを描かないし。そういう基礎がないと、絵は描けてもマンガにならない。

伊野:野球のない国の人はちゃんとボールを投げられない。そういう感じですかね。日本人は知らず知らずのうちにマンガの文法を学習してますよね。マンガって読んだことがない人がいきなり読んでも読めないんじゃないかな。
 

*21 沙漠の魔王 『少年少女冒険王』(のちの『冒険王』/秋田書店)に1949年〜56年に連載された福島鉄次(1914-92)作の長編絵物語。「アラジンと魔法のランプ」に着想を得た内容で、アメコミ風の写実的タッチが特徴。色指定によるフルカラー印刷は当時としては贅沢だった。「砂漠の魔王」と表記された時期もあったが、2012年の完全復刻版では「沙漠」に統一された。
 

■手間暇をかけることで説得力が生まれる

伊野:リアルな絵の話に戻りますが、描いている間の時間ってのもありまよね。絵は一瞬で見れるけど、絵の中には描いた時間が含まれてる。リアルな絵は当然その時間が長いわけで、見る人はそれを感じる。いや、別に、手間暇をほめてるだけじゃないんですけど(笑)。

伸坊:一つ思い出したんだけど、赤瀬川原平さんが千円札を10倍くらいに拡大して描いたでしょう。同じ頃、ウォーホルも1ドル札を描いてる。あれはまだシルクスクリーンやる前だから、キャンバスにプロジェクターで投影してトレースして、そこに色をつけてる。それが相当あっさりしたもんなの。アメリカのドル札自体があっさりしたものだからとも言えるけど。おそらく大きさも同じくらいだから、この2枚並べた展覧会やったら面白いんじゃないかな。ウォーホルの方がめちゃめちゃ値段高いけど、並べたら赤瀬川さんの方が断然迫力があるよ。それは今言った、手間暇の差かね。片やプロジェクター。片やマス目で手描き(笑)。

でも、手間暇かけたからって描けないですよ、赤瀬川さんの絵。日本の札って格段に複雑なんだよね。不定形の曲線で地紋が描かれてて、正確に写そうとするとその輻輳した線をずっと追いかけてかないと規則性がつかめない。それで波型のテンプレートを自分で作ってね。いろんな色が多色刷りで重なってて、それを解析するのにものすごい時間をかけてるんですよ。つまり「国家の側の考え方」を正確にトレースした。プロジェクターの画像をちょいちょいってなぞるのと全然違うんだ。

伊野:「国家の側の考え方」をトレース! かっこいい。千円札は、僕は赤瀬川さんが亡くなった直後の展覧会で見たんですけど、すごいですよね。お札を拡大して描いてあるだけなのに、絵として強い力を持ってる。その時は、労力はちょっとは感じたかもしれないけど、あまりにちゃんと描いてて手描きの感じも消えてるから、それ以上にアイデアが作品としての力になってる感じだった。

伸坊:そうそう、あまりに見事で、むしろ労力を感じられない。赤瀬川さんは、アイデアってことではホントにギリギリまで考えてるから、今の若いアーティストがやってることはもうほとんど考えてるんだよね。

伊野:考える強度がすごい。赤瀬川さんたちがそういうことをやってたのは、ある意味では絵画がもう死んだと言われていた時代。こっから先どうすんだ? って。死後の世界なのに、みんなめちゃめちゃ熱い。当然採算度外視だし、そもそもお金になんない。今は現代美術のマーケットもあるし、絵画は死んだわけじゃないって時代だけど、赤瀬川さんみたいな強い作品を作るのは難しいのかな。

伸坊:そうね、やっぱりもっと切羽詰まってたんじゃないかな、あの頃。

上:「模型千円札裁判, 赤瀬川原平, 1965」撮影:羽永光利 
千円札を模写した赤瀬川さんの作品「復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る)」(1963年/名古屋市美術館蔵)が
刑事事件となり、「証拠品」として作品を持って出廷する赤瀬川さん。
下:アンディ・ウォーホル「1ドル札」(1962年) 
2015年のサザビーズ・オークションで日本円で40億の値がついた。Photo: Courtesy Sotheby’s.


 

■歪んだ形とリアルな質感のアンバランスな面白さ

伊野:北方ルネサンスに、メムリンク*22っていう人がいて、ファン・エイクのちょっと後の世代で、この人も形の正確さより、質感を出そうとして描いている。マリア様が赤子のイエスを抱いてて、祈ってる人がいて、傍らに鎧を着た人がいるんですよ。その鎧に映り込んでいるんですよね、こっち側にいる人が。絵全体の雰囲気は北方ルネッサンスなのに、鎧に映ってる部分は現代のリアルな感じなんですよ、そこは絵を作ってないから。鎧に映ってる像をそのまま描いてるんですね。だから絵全体の雰囲気と違うの。北方ルネッサンス様式と現代的な写実画が同居してて面白かった。

伸坊:質感ものすごく重視していくと、そういうことあり得るね。この間展覧会に行って、リアリズムでも遠近法寄りのと陰影法寄りのがあるんだなあって思ってさ、陰影法寄りはまず、質感を出したいんだ。

伊野:それはなんの展覧会ですか。

伸坊:ブリューゲル*23の「バベルの塔」の……。参考作品みたいに出てた版画を見てて思ったんだけど、遠近法に対してそんなに厳密じゃない。

伊野:ブリューゲル展は行きそびれちゃったな。Bunkamuraでやってたポール・デルヴォー*24とかアンソール*25とかの展覧会(「ベルギー奇想の系譜」)はどうでした? ポール・デルヴォーは遠近法の違和感を狙ってますよね。

伸坊:あーそうそう、ベルギーってさ、変な人多いよね。アンソールもデルヴォーも好きだけど、期待したほどじゃなかった。

伊野:あ、そうですか。僕はけっこう面白かった。

伸坊:まさに、ベルギーは質感表現寄りなんだよ。

伊野:質感がリアルで形が狂ってる。

伸坊:質感がリアルで形が狂ってるっていえば、クラナッハ*26。最近ではクラナーハじゃないクラーナハ? っていうらしいけど。

伊野:ボッシュも最近はボスって言いますよね。

伸坊:ボッシュって言わないね。昔はアンディー・ウォーホールだったんだけどね。

伊野:今はウォーホル。

伸坊:そのクラナッハは、洋服とか装身具の質感がすごくキレイ。おそらく注文主を喜ばしてやれって、あそこが売りだったと思う。それから、人体のプロポーションが歪んでて、それがエロくなってる。エロティシズムでフェティシズム。

伊野:北方ルネッサンスでも、クライアントは絵の中に自分を描かせるから、宝石やビロードの生地とかさ、画家も必死になって描きますよ(笑)。腕の見せどころだったんですね。形の歪みと正確な質感のアンバランスは、絵ならではの面白みであると言えますね。

ハンス・メムリンク「Madonna im Rosenhag, St.Georg mit Stifter」(1480年) Wikimedia commonsより


 

*22 ハンス・メムリンク(1440頃?-1494) 15世紀ネーデルランド(オランダ)で活動した北方ルネサンスを代表する画家の一人で、肖像画や宗教画を徹底した写実表現と華やかな色彩で描いた。細部の描写にはこだわりを持ち、鎧に映った鏡像まで描いた。

*23 ピーテル・ブリューゲル(1526?-69) フランドル(ベルギー)を代表する画家。版画の下絵師として活動を始め、のちに油彩画を行う。聖書の物語や農民の生活を題材に、寓話や教訓が盛り込まれた細密で写実的な作品を描いた。代表作「バベルの塔」は2点存在し、後で描かれた作品が2017年、先に描かれたものが2018年来日。

*24 ポール・デルヴォー(1897-1994) ベルギーのシュルレアリスムを代表する画家。初期はベルギー表現主義の影響が強かったが、キリコらの作品と出会い、シュルレアリスムに傾倒する。モチーフとして裸婦や鉄道、骸骨、拡大鏡を持つ学者が繰り返し登場する独自の幻想的な世界を描いた。

*25 ジェームズ・アンソール(1860-1949) ベルギー近代絵画を代表する画家の一人。伝統的なフランドル絵画や外光派など19世紀絵画の影響を受けながら、骸骨や仮面などグロテスクなモチーフを取り入れた独創的な画風で人間の内面を描き、のちの表現主義やシュルレアリスムにも影響を与えた。

*26 ルーカス・クラナッハ(1472-1553) ルネサンス期のドイツで活躍した画家。宮廷画家として肖像画や宗教画を数多く描き、マルティン・ルターの宗教改革にも関与し、彼の肖像画も描いている。幻想的な神話世界も描いたが、細身で独特のプロポーションを持つ官能的な女性像は、後世にも影響を与えている。
 

■形や質感のリアルさはシュルレアリスムの主題ではない

編集部:以前に銀座のクリエーションギャラリーG8開催された「リアルイラストレーション展」で、デフォルメした絵もけっこうあって、例えば辰巳四郎*27さんは人物などはかなりデフォルメしていて、質感でリアリティを表現する人だと思うんです。

伸坊:そうだね。

伊野:質感だけでリアルに感じさせる絵というのは、シュルレアリスムだってそういう絵ありますからね。だからってダリやマグリット*28をリアリズムの画家とは言わないし、リアルを見せたいっていうのが主題じゃないですからね。

ダリはリアルさをシュールな感じとつなげてるけど、マグリットの絵って、ものすごくリアルなわけではないじゃないですか。「思い入れがない」リアルっていうか(笑)、それがまた気持ちいいし、不思議な感じがするんですけど。

南伸坊画 「マグリットの場合」


 
伸坊:マグリットは「分かればいい」だからね。質感がテーマじゃない。でも、例えばダリがパン描くと、パンに見えない。「ダリの絵」に見えるんだよ(笑)。パンのカサッと乾いた感じとかより、油絵の絵具の質感が先に見えちゃう。あれをものすごくうまいってみんな言うけど、パンの質感が出てるかどうかって観点だと出てないとオレは思うな。旨そうじゃない。

伊野:ほおー、そうか。不思議な感じはしますね。

伸坊:無理やり細かく描いてるから、不思議なカンジになる。バック真っ黒だし。

伊野:逆にざっくり描いてるんだけど、形はしっかり取られている絵だっていっぱいある。レンブラントの象のスケッチとか、短時間で描いたんだろうけど、めっちゃリアル。形なのか質感なのか、リアルな絵って言ってもなかなか一口には括れないですね。

伸坊:どこにリアルを感じるかってとこじゃないですかね。ルソー*29の絵ってさ、デッサン狂ってるとか、そればっかり言われるけど、光の感じものすごく出てるよね。写真で言ったら、照明ものすごくうまい。光の感じとか空気感とか、空間の感じとかに感受性があって、それを描きたいと思って描いている。遠近法の方は、物差し使ったりいろいろ変なことやって失敗しちゃってたらしいけど(笑)。

伊野:あれは伝説じゃなくて本当なんですか。

伸坊:いや、知らないけど(笑)、完全に笑われてたっていうもんね。でもそれは、むこうの人が頑迷だったというか、絵を見る方の常識が固まっちゃってて、美点が目に入らなかった。日本人が見たら、最初からいい絵だって分かりますよ。デッサンが狂ってるとか関係ないもん、日本人は。だから洋行した日本の画家たちが、どんどんルソーの影響を受けた。絵を見る目は日本人の方が自由な分、先へ行ってたってことだよね。

伊野:うん、むこうは長年続いてきた常識を剥がしていって、ルソーの良さがわかるようになり、意識的に常識をくつがえして、キュビスムとかまで行っちゃった。

絵を描いてる人でも、未だに「ピカソはデッサンがうまいから形が崩せる」みたいなこと言ってる人がいますけどね。ピカソはデッサンがうまいからエライんじゃなくて、あれだけ続いた西洋の写実表現の中で育って、せっかく身につけた技術を「こんなんじゃダメだ」って、あっさりドブに捨てるかのようにポイッて手放したところがエライんですよね。

(第5回③につづく)

アンリ・ルソー「眠るジプシー女」(1897年/ニューヨーク近代美術館蔵)


*27 辰巳四郎(1938-2003) 電通のデザイナーを経て、フリーのイラストレーターとして活動。デフォルメを利かせた濃密かつ細密な表現で、広告ヴィジュアルや装画を多数手がけた。後年はブックデザイナーとして、ミステリー系を中心に膨大な数の装幀をこなした。

*28 ルネ・マグリット(1898-1967) シュルレアリスムを代表する画家の一人。モチーフを現実にはありえない場所や環境に配置する「デペイズマン」の手法で超現実的世界を描いた。その作品世界は、のちのポップアートやグラフィックデザインにも大きな影響を与えている。

*29 アンリ・ルソー(1844-1910) 素朴派を代表するフランスの画家。パリの税関職員をしながら絵を描き、アンデパンダン展出品などを経て1893年より画業に専念。遠近感が狂ったような一見稚拙とも思える画風だが、鮮やかな色彩で夢幻的な世界を描き、晩年になって評価が高まった。「眠るジプシー女」(1897年)が特に有名。


<プロフィール>

伊野孝行 Takayuki Ino

1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/


南伸坊 Shinbo Minami


1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。
亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。

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