- 4/3/2024
- 玄光社新刊案内
イラストレーター790人の仕事ファイル『イラストレーションファイル2024』3月29日発売
イラストレーター790人の仕事を中心に掲載する『イラストレーションファイル2024』(玄光社)が、3月29日に発売日を迎えた。上巻には「あ~さ行」の418人、下巻には「た~わ行」の372人を収録し、さまざまなメディアへ “イラストレーション” という可能性を届けることを主眼としている。イラストレーターの方々の連絡先や略歴はもちろん、掲載作品は基本的に広告や書籍などの実際世に出た形で掲載されており、スタッフクレジットも明記されている。また、巻末の「AD INDEX」を見れば、アートディレクター・デザイナー別に検索することも可能だ。 今年の表紙イラストレーションは上巻が海道建太さん、下巻はdannyさん、アートディレクションとデザインは昨年に引き続き、尾崎行欧デザイン事務所の尾崎行欧さん、安井彩さんが担当した。本年のテーマは「りんご」。古来より神話や物語にたびたび登場し、色や形もさまざまに表現されてきたりんごを、お2人のそれぞれのアプローチで描いていただいた。裏表紙までよく見ると隠された遊び心に気付く、楽しくかわいらしいデザインに仕上がっている。 『イラストレーションファイル2024』上巻 ページサンプル 『イラストレーションファイル2024』下巻 ページサンプル そして、恒例となった巻頭特集「40人のイラストレーターに聞く“5つの質問”」では、時代が変化する中で本書掲載のイラストレーターが現在何を考え、感じ、どのように絵を描いているのかを記録し、その実感を伴った言葉から改めて「イラストレーション」について考える。上巻……相田智之、市川彰子、伊藤ナツキ、今井トゥーンズ、及川真雪、大塚いちお、大場玲子、岡添健介、オカダミカ / micca、岡部タカノブ、オザワミカ、加納徳博、カワグチタクヤ、くさださやか、草野碧、コマツタスク、さじきまい、佐藤邦雄、鈴木さちこ、五月女ケイコ(敬称略)下巻……たかしまてつを、高橋由季、竹田匡志、タムロアヤノ、ともわか、中川貴雄、中島花野、中村一般、naggy、生田目和剛、YUTAKA NOJIMA、pai、服部幸平、早瀬とび、原田俊二、藤谷壮仁郎、細山田曜、前川明子、mia、りおた(敬称略) 『イラストレーションファイル2024』上巻(玄光社) 『イラストレーションファイル2024』下巻(玄光社)- 10/15/2018
- イラストレーションについて話そう
第19回後編 「自由に描きなさい」は実は間違い、やっぱりお手本は必要|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談
─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談第19回後編 「自由に描きなさい」は実は間違い、やっぱりお手本は必要イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんがイラストレーションを軸に、古典絵画や現代アート、漫画、デザインなどそこに隣接する表現ジャンルについてユル〜く、時には熱く語り合う。最終回も、途中からあらぬ方向へ話が脱線するいつもの通りの展開。しかし、そうやって飛び出した画家や表現の話題が、めぐりめぐってまたイラストレーションに繋がっていくのだ。■絵になる美人と生身の美人南伸坊(以下、伸坊):明治から大正、昭和初期とかの日本画の人ってさ、「ほんとにこういう顔が美人だと思ってんの?」って顔描くね。舞妓の顔、なんでこんなヘンな顔にする? って。あれどうしてなんだと思う?伊野孝行(以下、伊野):大正の日本画って変な絵多いですよね。伸坊:着物の柄とかはすごく丁寧にきれいに描いてるのに、顔がすげえ不気味とか。舞妓の絵にそういうの多いと思う。でも、少女漫画とか中原淳一みたいな顔がそこにあったら「絵にならない」ってのは分かるんだ。絵にするために、そういう顔になるんだろうとは思うんだけど。あのほら、う〜ん名前出て来ない、たぶん見たことあると思うんだよね、日本画のさ、有名な。伊野:甲斐荘楠音*13?伸坊:ああ、甲斐荘はデロリだからな。もうちょっとメジャーな、誰だっけなー。あ、あ、速水御舟*14。伊野:ああ、速水御舟。僕好きですよ、御舟の絵。でも、確かに女性は不気味ですよねえ。畳の目までしつこく描いたりさ。速水御舟「京の舞妓」(1920/東京国立博物館蔵)日本画における写実表現を追求した作品で、着物の柄や畳の目、白粉を塗った顔までが緻密に描き込まれている。当時は賛否が分かれたが、現在では御舟の代表作の一つと位置付けられている。 伸坊:絵の美人と生身の美人は違う、みたいなこと話したかったんだけど。例えば写真に撮ってきれいだっていうプロポーションじゃ、華奢になっちゃって絵としては弱くなっちゃう。彫刻なんかでも存在感を出すために、足ぶっとくしてボリューム強調したりするじゃない。伊野:ええ、デフォルメしますよね。わざとブサイクにしたり。美人画も多少のデフォルメは加えるんだろうけど。(現代の美人画の作品集を見ながら)でも、最近は女性が多いんですね、美人画を描いてる人。こういうのを描くのは脂ぎった男であって欲しいのに(笑)。編集:現代の傾向はそうですね、女性が女性を描く。伊野:この前、京極夏彦*15さんの絵本で『おしらさま』というのを描いたんですけど、初めて「美人」を描いてみたんです。女性がきれいに描けると割とうれしいもんだなーって、ちょっと思いましたね(笑)。伊野孝行画『おしらさま』(京極夏彦作/汐文社/2018)汐文社『えほん遠野物語』シリーズの一冊。おしらさま(蚕神)は東北地方に伝わる家の守り神。御神体は娘と馬の顔が彫られ2体で一対になっていて、それにまつわるエピソードが描かれる。*13 甲斐荘(甲斐庄)楠音(1894-1978) 日本画家。京都市立美術工芸学校で竹内栖鳳(1864-1942)に学び、京都市立絵画専門学校(現京都市立芸術大学)卒業。女性をモチーフとした作品が多いが、モデルの欠点が強調されたややグロテスクで暗い画調で異彩を放ち、岸田劉生に「デロリとした絵」と評された。一時は画壇から離れ、映画の衣装や風俗考証を手がけたが、晩年再評価された。*14 速水御舟(1894-1935) 日本画家。松本楓湖(1840-1923)に師事、楓湖にその才を見出される。初期作品は南画の影響が強く、やがてそれまでの日本画にはない徹底した写実と細密描写に変化し、後年は琳派の装飾的要素や西洋画の手法を加えた作風となる。腸チフスにより40歳の若さで没した。*15 京極夏彦(1963-) 小説家。ミステリー・推理小説、怪談・妖怪ものを得意とし、『後巷説百物語』(2001)で直木賞受賞。近年は怪談えほん『いるのいないの』(2012/岩崎書店)、京極夏彦の妖怪えほんシリーズ(2013〜15/岩崎書店)、など妖怪・怪談ものの絵本を多数手がけ、『おしらさま』はえほん遠野物語シリーズ(2016〜/汐文社)の1冊。デザイナー出身で、DTPソフトで原稿執筆を行い、装幀家としての顔も持つ。■先生がいない方が絵は面白くなる伸坊:いろんな話しましたけど、まあ使えるとこだけ使ってもらって。伊野君の亜欧堂田善の話も面白かった。だいたい外国と日本が接触した時の絵ってなんか面白いよね、幕末の横濱絵*16も好きだし、描いた本人が「珍しいもの見た! 面白かった!」って思ってるような絵は面白い。歌川貞秀「神名川横濱新開港圖」(1860/国立国会図書館蔵)横濱絵の初期の作品で、開港まもない横浜港のメインストリートを描いた作品。歌川貞秀(1807-79?)は歌川国貞の門人で、横濱絵の第一人者として評価が高い。細密な描写と画面構成で鳥瞰一覧図や名所図でも活躍した。 伊野:絵って正直ですよね。伝わりますもんね。伸坊:うん、面白がって盛り上がってるとね。このさ、南蛮絵研究してる先生、顔が外人ぽいんだよね(笑)。なんか分かる気がする。いつも通りの絵描いてる時はそれなりに構図とかバランスとれてたと思うんだけど、新しいことした時ってヘンな構図になるよね。間が抜けた感じ、そこが面白かったりもする。司馬江漢とかさあ、なんでかな。伊野:あの間の抜けた感じ、なんで出ちゃうんだろ? その時に生きている人しか描けないですよね。後でやったって、出ないんですよね、あのヘンさ。伸坊:自分で工夫してるところが面白いんだろね。先生に習ってその通りに描くんじゃ、ただへたなところからうまくなるってだけだけど、ちゃんと描けてる絵師が「やったことない」ことやると面白くなる。伊野:うまくなってくると収まりのいいところに座っちゃうもんですよね。それは退屈の始まりでもあるわけで。でも、やったことないことやると自分の絵じゃないみたいな気がするんですよ。あれが怖いんだけど、楽しい。伸坊:伊藤若冲は始めっから怒る先生いないから、いろんなこと勝手に出来るんだよね。変なこといっぱいやってるじゃない、ネガ版画みたいなのとか、とつぜん点描法みたいなのまで。本人楽しいよね、何やってもいいんだから。伊藤若冲「未草(ヒツジグサ)「薊(アザミ)」(1768年)拓版画「玄圃瑤華」より伊野:そうか、若冲は先生がいないから自由なんだ。普通はやっぱり、先生だったり、その時代ごとに「絵はこうやって描くものだ」っていうのが自然に降り注いでいるわけですよね。伸坊:仕事として描くとなると、それ早くマスターして「業界の常識」にのっとってやるのが一番の近道だもんね。仕事じゃなきゃ、好きでやってんだからどんなこと始めたっていい。伊野:仕事のためにそうやって来たのに、ちょうど時代が変わって自分のやり方が通用しなくなっちゃった人もいますよね。タイミング悪いというか。伸坊:時代からズレちゃったと思うと悲しいけど、ズレたって「好きでやってんだからいいんだ」って思えればいいんだけどね。伊野:オレは好きでこんなことやってるぞって人に「この人面白い!」って集まってくる人と、オレは売れてるぞって人に「自分も売れたい!」って追随する人とでは、売れている人に集まる人の方が多いんでしょうね。伸坊:あはは、そうだね(笑)。伊野:追随するっていうのか、パクリっていうのか、人からパクられるぐらいじゃないと。売れてる証拠だから、羨ましいですよ。でも僕をパクるの難しいと思いますよ。決まったスタイルがあるわけじゃないし、僕自身がパクリみたいなものだから(笑)。*16 横濱絵 幕末から明治時代にかけて制作された、横浜(横濱)を題材とした錦絵。「横濱浮世絵」「横濱錦絵」とも呼ばれる。横濱港が開港し西洋文化が入ってきた頃の異国情緒や、居留外国人の生活文化などが描かれた。二代目歌川広重や、歌川国芳門下の多数の浮世絵師が横濱絵を手がけている。■時代考証よりも「絵になる」かどうか伸坊:時代物でも伊野君は昔の人の絵そのままじゃなくて、自分がその時代に行って見てるみたいな絵描きたいって言ってたでしょ。面白いなあって思ったんだけど、でもそもそも誰も江戸時代に行ったことないわけだから、その時代のイメージって,その時代に描かれた絵で作られてるんだよね。伊野:そうなんですよ、でも、浮世絵は様式美だから、実際の江戸時代をそのまま写しているわけではないので、幕末の写真とかと頭の中で組み合わせながら想像する。僕だって最初は『鬼平犯科帳』*17とかをテレビで見て「江戸時代っていいなー」って思ってたわけですからね。『鬼平犯科帳』で「燗徳利」が出てくるんだけど、鬼平の時代はまだ「ちろり」*18で飲んでて、燗徳利は幕末にならないと出てこない。しかも口が広がった燗徳利は昭和も戦後から使われだしたみたいで。なのにテレビドラマの長谷川平蔵は昭和戦後の燗徳利で飲んでて、それ見て「いいねー江戸時代は」って言ってる程度ですから、時代物を描く身として恥ずかしいですよね(笑)。ま、時代考証はどこまでやるのがいいのか。『銭形平次』みたいに岡っ引きが江戸の町のヒーローなんて、そもそも現実的にありえない設定なわけで。伊野孝行画 「燗徳利とちろり」燗徳利が登場したのは江戸末期。それ以前はちろりが用いられた。以前、ブログで「燗徳利は首を太く描こう運動」(http://www.inocchi.net/blog/1952.html)を提唱したことがあります。(伊野) 伸坊:昔の挿絵画家も結構いい加減なんだよね。宮中の人の格好とか神主さんの格好とか資料が残ってるのは描けるけど。伊野:そうそう、明治の初期に描かれた日本の神様は「美豆良(みづら)」*19を結ってないですね。遺跡などが発掘されて埴輪が出て来て、昔の日本人はこういう格好、髪型をしていたんだっていうのがだんだん分かってきて、それで「美豆良」にして描くようになった。歌舞伎とか文楽は、鎌倉時代の物語でも江戸時代の格好しているし(笑)。伸坊:歌舞伎は分かればいいんだもん、派手ならいいだもん。伊野:浮世絵の着物の描き方って、普通に見て描いてもああはならないですよね。だから浮世絵の着物を真似して描いても、うまくいかない。伸坊:いろいろ工夫したんだろうね。最初の頃は着物の柄とかシワももっと適当に描いてたのが、前より感じ出る描き方が分かれば、それ真似する人が出てくる。そうやって絵になるのが残ってく。伊野:北斎は割と写実的ですよね。歌麿とか春信は様式的。伸坊:春信は相当パターン化してる。春信のあのほっそりスラっとしてるスタイルは中国の版本がもとになってると思う。細いつり目の女の顔も、中国の版本にああいうスタイルの絵がある。(左)鈴木春信画、大田南畝『売飴土平伝』所収「阿仙阿藤優劣弁」挿絵(『別冊太陽 鈴木春信 決定版』平凡社/2017より)(右)『中国古典文学版画選集(下)』(上海人民美術/1981)より伊野:若冲も中国のものが好きですね。浮世絵にはそういうのはないと思ってたけど、結構あるんですね。伸坊:歌麿なんかは春信超えるようにもっと肉感的な「感じ」出そうとしたんじゃないかな。伊野:春信の時は浮世絵の前例が少ないですからね。強烈な先生みたいなのがいなくて、それで中国絵画から独自の発展をしたのかなって。伸坊:そうだね。*17 鬼平犯科帳 池波正太郎(1923-90)の時代小説で、実在した火付盗賊改方長官・長谷川平蔵(1745-95)が主人公。『オール讀物』(文藝春秋)に1968年より長期にわたり連載。現在は文春文庫で全24巻が刊行されている。テレビドラマシリーズや映画、コミック、アニメも制作されている。*18 ちろり(銚釐) お酒を燗するための筒型酒器で、注ぎ口と把手がついている。主に錫や銀、銅、真鍮など金属製で、ガラス製もある。*19 美豆良 角髪とも書く。古墳時代〜奈良時代の男性の髪型で、髪を中央で左右に分け、耳の近くで束ねて輪に結ぶ。そのまま垂らすものは「下げ美豆良」と呼ぶ。中世以降は貴族など上層階級の元服前の少年の髪型として近世まで存続した。■「自由に描きなさい」という教育は間違い!?伸坊:大友克洋さんが一度、時代物の漫画描いたことがあってさ。いわゆる時代漫画風じゃなくちょっと幕末の写真起こしたみたいな描き方で面白かった。伊野君の発想とも重なるんじゃないかな。大友さんて空間把握能力がすごくてさ、例えば「三輪車描いて」って言われると、骨組から頭の中で構成するから、コンピューターみたいにその三輪車空中でくるくる回せる。伊野:人間の歴史でいうと、洞窟に絵を描くよりも立体物を作る方が先ですよね。空間把握能力は原始時代で生きるに必要な能力だったろうけど、平面に置き換える能力は当面必要なかったかもしれないですよね。大友さんはその二つが出来ちゃう。伸坊:彫刻を写生する方向はあったと思うんだよね。生身の人間だと動いちゃうし、描く側も視点動くから固定できない。いったん彫刻にしたものだったら描けるんだ、動かないから。伊野:やっぱりギリシャ彫刻が元になっているんですか、西洋のアートって。伸坊:って言いますよね。立体から立体に写すのは簡単っていうか、比較できるしさ。だけど、立体を平面に移すってなると、視点がその都度ずれるとか、どっちが前に来てるか感じ出さないと、とかいろいろ技が必要になる。伊野:今は前例がいっぱいあるので、平面にする時はこうすればいいって分かりますけど、前例がないとどうすればいいんだってなるかもしれないですね。伸坊:カラバッジョが出て、光学装置使って正確な陰影と正確な形状を掴むって発明をした。スゲエって思った人が、発明のからくりは分かんなくても、結果としてどんな風にぼかしたり影つけたりしたら感じ出るかが分かるから、工夫して違うことやったかもしれない。伊野:美術史を長く広い目で見ていくと、写実に対してそこまで夢中になっていたのは、ごく短期間だけですよね。西洋という地域の中世から近代にかけてだけ。編集:ピカソが写実表現を捨てた時点で、写実から離れる人が増えてきた。美術教育は相変わらずデッサンと写実を重視しているようですが。伊野:前に日本民藝館で「カンタ」*20っていうインドのベンガル地方の貧しい家庭の奥さんが何十年もかけて作った刺繍の展示があって、それがものすごくよかったんですよ。感動しちゃって。当然、美術教育なんか受けてない。もともとみんな人間には、美しいものを作る能力が備わっているのに、むしろ教育受けたことでそれが一旦封じ込められてしまう。それに気づいた人は今度は自分で縛りを解いていくみたいな。美術教育って一体何を教えてくれるんでしょう。『民藝』No.741(2014年9月号/日本民藝協会)表紙カンタの特集で、表紙にもカンタの作品が使われている。伸坊:そうだね。美術教育に関しては、例えば戦前はお手本見てそっくりに描くってやってたわけじゃない。これはよく見なきゃ描けない。お手本あるとよく見たかどうか客観的に分かる。少なくとも「よく見る」って訓練は出来るんだ。自由に描きなさいっていう美術教育はけっきょく虻蜂取らずになっちゃう。*20 カンタ インド東部のベンガル地方に伝わる伝統的刺繍工芸。サリーなどの古くなった布を重ねてキルト状に縫い合わせ、刺し子刺繍を施したもの。■最後に再び『名作挿絵全集』の話伸坊:伊野君のユニークなのは、同時代のイラストレーションシーンじゃなく『名作挿絵全集』っていう本を自分の教科書にしたってとこだね、それが普通のイラストレーターと違ってる。その中で自分の好きな絵を見つけた。そこで時代を飛び越えられたんですよ。これは日本のイラストレーション創成期の人たちがアメリカやヨーロッパのイラストレーションを取り入れたってことと同じで、開拓しようって気持ちがある。いわば始めっから発想がプロだね。伊野:そうだったのか(笑)。でも僕が『名作挿絵全集』を最初に見た時、8割方は古くせーっ! と思ったんです。でも不思議なことに、それから時々見返してると、そんな古臭く感じなくなってきて。明治の巻なんて最初はめちゃくちゃ古臭く感じてましたけど、むしろ新しい感じがするなというのもあって。僕自身が変わってきているのもあるのかもしれない。で、戦争小説の巻もあるんですけど、猪熊弦一郎*21が描いた絵も載ってて、こういうの描いてたんだって。藤田嗣治もそうだけど、いろんな絵を描いてるんですよね、みんな。宮田重雄*22は画家の仕事も挿絵の仕事も好きで、宮本三郎*23は油絵の方は気持ち悪くて全然受け付けないけど、挿絵は達者で描写力があっていいなと思いました。伸坊:ああ、そうそう。描写力があるからこそ出来る面白い絵って、あるよね。「ヘタうま」とはまた違う面白さがある。伊野:そういうのを見ていくと、古臭いだけじゃないなって思いますよ。巻末に当時まだ存命中だった挿絵画家のインタビューも載ってるんですけど、昔の挿絵画家って編集者が風呂敷包に札束包んで「先生お願いします」って頼みに来るような存在だったらしいです。「当時テレビがあったら絶対出ていたと思いますね」とその人は言ってたけど、テレビがない時代だから新聞小説の価値があったわけで、「テレビがあったら挿絵画家なんてチヤホヤされないよ!」って突っ込んじゃいましたけどね(笑)。そういう栄枯盛衰を『名作挿絵全集』を通して感じたし、今のイラストレーションの状況についても一歩引いて見られるようになりました。伸坊:いろいろ勉強になったなあ、この連載(笑)。伊野:ハハハ。編集:ありがとうございました。(了)*21 猪熊弦一郎(1902-93) 洋画家。東京美術学校(現東京藝術大学)で藤島武二(1867-1943)に師事、1936年小磯良平らと新制作派協会設立。55年からニューヨークに拠点を移し、抽象的な作品を多数制作。後年は東京とハワイを行き来しながら制作を行う。壁画制作も多数手がけ、『小説新潮』の表紙絵(1948〜87)や、現在も使われている三越の包装紙のデザインでも知られる。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に作品が常設展示されている。*22 宮田重雄(1900-71) 洋画家。医師として病院の院長も務めた。慶應大学医学部在学中に洋画家の梅原龍三郎(1888-1986)に師事、春陽会、国画会会員となる。戦後は油彩画の他に挿絵、俳句、随筆、ラジオ出演など多方面で活躍。挿絵を担当した石坂洋次郎作「石中先生行状記」が1950年に映画化された際は主役を演じた。戦争画を描いた藤田嗣治や猪熊弦一郎らが進駐軍に日本美術を紹介する展覧会に参加したことを新聞で批判、藤田と論争を展開した。*23 宮本三郎(1905-74) 洋画家。川端画学校洋画部で藤島武二に師事、二科会会員となる。戦時中は従軍画家として中国へ赴任。1947年には旧二科会のメンバーと第二紀会結成に参加、理事長も務めた。油彩画では花や裸婦を得意とし、小説の挿絵や女優の肖像画、旧国立競技場の壁画を手がけたことでも知られる。郷里の石川県小松市に小松市立宮本三郎美術館、世田谷区のアトリエ跡地には世田谷美術館分館宮本三郎記念美術館がある。取材・構成:本吉康成<プロフィール>伊野孝行 Takayuki Ino1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/南伸坊 Shinbo Minami1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。- 5/21/2019
- イラストレーターと著作権
資料の重要性が理解されていない|【Web連載】イラストレーターと著作権 第13回
【Web連載】イラストレーターと著作権 第13回(最終回)本連載は、イラストレーターやイラストレーターといっしょに仕事をする方々のために、著作権の基礎知識から運用上の注意点まで、主にQ&A方式でわかりやすく解説していきます。一般社団法人東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)編アドバイザー:大川宏/亀岡知子(総合法律事務所あおぞら)イラストレーション:中村 隆資料の重要性が理解されていない ─ 覆面座談会A=60代男性/C=40代女性/D=40代男性/E=40代男性/F=50代男性/H=50代男性/編=編集部 H:どんな画風でも、資料なしに成立するイラストレーションの仕事はまずほとんどない。編:絵を描くための資料にも著作権があり、場合によっては著作権侵害になることもあります。許可を取ればいいわけですが、全ての資料でそれを行うのは現実的に困難です。E:防御策としては、何を参考にしたのかという出所が分からないようにするしかない。H:時代物で、幕末頃の写真、初めて龍馬が写真を撮られた頃、あのへんはどの程度まで使えるのかっていう。編:写真の著作権保護期間は著作者の死後70年なので、その時代のものはすでにパブリックドメイン(公共資産)になっています。F:昔の時代劇を参考にするのは全然問題ないのかな。編:映画の著作権保護期間は公表から70年間なので、第二次大戦前に撮られた作品の著作権保護期間は切れています。E:警察の会議室みたいな絵を描かないといけないんですけど、資料なくて困るんですよね。警察ドラマをよく参考にするんですけど。H:警察の制服も今と昔で違ってたりします。E:そう、困るのは階級とか。最近は、よく分からないものはもう描かないか、シルエットにしちゃいます。ただ、そうすると振り幅が狭くなって、構図とか限られて来るのが困る。H:法廷の場面とかは、法廷の画像を持っている人がいてそれがすごく役に立った。いろんな人に言ってるんだけど、最近はイラストレーター同士で資料をシェアしているんです。時代物とか特定の方面に強い人がいて、ものすごい資料があるから。メールで聞くと、その日のうちに画像が来たりする。E:僕は法律系の映画をいっぱい借りて、法廷の場面を資料として残してます。どんな位置に座るのかとか、どういう立ち位置になってるかとか分からないから。H:時代物では、自分で着物を着て写真撮ってる人もいるし。F:浅草に行けば大体そろいますよ。E:実際に見ないと分からないのもある。「こんな感じのポーズが描きたい」と想像しながら描くんだけど、「なんか違う」ってなるのがくやしくてしょうがない。飛鳥時代の仕事をやった時に、資料がないのがすごくつらくて、編集の人が「大仏建立」みたいなドラマか何かの映像を探して来てくれて、それで服装とかが一発で分かって助かりました。F:中国の歴史物も難しい。もう好きに描いていいと言われて、それっぽく描きました。C:誰も正解が分からないですもんね。H:時代考証にうるさい人はごく一部のマニアだけだと思う。そこはあまり相手にしないようにしています。あまりに違ってるとちょっとまずいけど。F:逆に、編集者がこだわらさなすぎるのもイラっとします。甲賀忍者は星形の手裏剣は使いませんっていうのに、「星形の方が分かりやすい」とか。編:テーマやモチーフが特殊で、その場所に行った人が他にいないとか、通常撮影が許されないものなど、撮影者が特定できる写真を資料にしたらすぐ分かってしまう。C:そういうときは写真家にちゃんと許可とらなきゃいけないですよね。H:ただ、同意を得る前に締め切りが来るパターンが多いから。E:ネット検索でパッと見てこれ使えそうだなと思っても、実は有名な写真家が撮ったものだとアウトになっちゃうのかな。編:ネットは無断転載も多いので、写真の正しい出所を把握することが重要ですね。E:例えば飛行機を描く場合、検索で飛行機の画像がいっぱい出て来るじゃないですか。それを見ながら絵の一部に飛行機を描いたと、形は同じだってなったときに、それは著作権の侵害になるのかなって。H:絵の一部に入れるだけなら問題ないでしょう。絵全体が別の世界になっていれば。編:背景を変えたり切り抜きで使ったら、元の写真を特定するのは難しいと思います。H:前はよく自分で写真を撮ってたんですよ。でもいろんなアクションの写真を撮るために外で寝そべってローアングルで撮ったりしてたら、今は完全に不審者扱いだからね。E:僕もそれよくやってました。子どもの資料ってなかなかなくてすごく苦労したな。小学生の資料がほしくて、小学校の前で間違ってフラッシュを焚いてめっちゃ白い目で見られたことがありました。H:知り合いは幼稚園で写真を撮っていて通報されました。僕も小学校の写真を撮りに行って、体育してる子どもがいてこっそり撮った。E:校舎の資料が欲しいんだけど、近所に女子校しかなくて。どうしようかなと考えて、日曜日に撮りに行きました。D:日曜日でもまずいんじゃない?資料集めにはお金も手間もかかるH:今はネット検索ですごい情報量を集められるようになったけど、でもその分、周りも情報を仕入れているということだから。E:徹底するんだったら、自分で全部用意するしかないということですね。C:やっぱり、出版社とか依頼主が資料に対して無責任ですよね。H:編集者はなかなか資料集めてくれないですよ。E:視点が違うので、集めてもらっても使えないことが多いし、サブ的な扱いで使えるくらいですよね。編:自分で集めて「この資料が使いたいから使用許可を取ってください」と編集者に頼む方法がありますね。C:そういう手配をしなきゃいけないという自覚がなかったり、そのための時間を確保してないことがすごく多い。描き手だけに責任が来るのはどうかと思いますよね。E:「描いてください、よろしくお願いします」でおしまいですからね。C:イラストレーターは何も見ないでも絵が描けるとみんな思ってるんですよね。H:素人は「プロのイラストレーターはみんな頭の中で考えて構成する」と思ってるらしいんだよ。A:僕はリアル派じゃないから、あんまり見ないほうかも。資料見ても似ないからな(笑)。E:デザイナーさんとか、もうほぼ出来上がりの段階で「なんか違う」と言う人がいるんですよ。この前、正面衝突の交通事故の絵を描いたんです。僕は斜め横からの構図がかっこいいと思って描いたら、真正面から描いてほしかったって言うんです。えーっそれ先に言ってよって。これを描くためにたくさん資料用意したのに、もう1回探し直さなきゃって。H:1枚描くのに20〜30枚は資料用意するじゃん。F:そっちのほうが時間かかる。E:資料の必要性・重要性は編集の人にも啓蒙していかないといけない。もう言うしかないですよ、「資料集めるの大変なんです」って。編:資料集めにかかる経費の話にもなっていきますよね。東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)Webサイト『Q&Aでわかる!イラストレーターのビジネス知識』では、仕事の売り込みから受注時の確認、イラストの使用条件、納品、ギャランティ、著作権に関するあれこれ、納税まで。知らないとソンをする! イラスト仕事の知識と情報をご紹介しています。一般社団法人東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)編アドバイザー:大川宏/亀岡知子(総合法律事務所あおぞら)- 2/1/2018
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第5回② 形が歪んでも、手間がかかっても、質感は重視したい|イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談
─────イラストレーションについて話そう 伊野孝行×南伸坊:WEB対談第5回② 形が歪んでも、手間がかかっても、質感は重視したい「イラストレーション」とは一体どんな「絵」なのか。有名なあの描き手はどんな人なのか、なぜあの絵を描いたのか、この表現はどうやって生まれて来たのか……。イラストレーター界きっての論客(?)伊野孝行さんと南伸坊さんがイラストレーションの現在過去未来と、そこに隣接するアートやデザイン、コミックなどについてユル〜く、熱く語り合う、連続対談。「リアルに描くこと」が主題や目的ではないけれど、写実的に描くことで作品に迫力や説得力が生まれたケースや質感だけがやけにリアルな絵というのも世の中にはある。 ■憧れていた人がリアル系ではなかった伊野孝行(以下、伊野):昔は探偵ものとか戦争ものとか、ちょい昔だと怪獣とかSFとか、リアルな絵はいっぱいあったわけですけど、子どもの頃は、わーっすごいな、って思うけど、大きくなって自分の好みが出てくると……。伸坊さんはどうでした?南伸坊(以下、伸坊):江戸川乱歩の『少年探偵団』の挿絵とか、ペン画の『少年ケニヤ』とか『沙漠の魔王』*21とか、自分よりちょっと上の世代が見てた絵だね。リアルな絵がキライなわけじゃない。伊野:キライなわけじゃないけど、「オレでも描けるんじゃね?」って気にはしてくれないですね。リアルな絵って。伸坊:ペン画とか、難しいよね。フッフッフ(笑)。南伸坊画 最近比較的細かく描いた例(「毎日新聞」挿絵)リアルに描いた割に眼鏡のツルは忘れてる 編集部:見るのと描くのとでは違うんでしょうね。見てすごいなとか面白いなと思っても、描きたいとは思わない。伊野:いや、すごく時間があったら、描いてみたいかなー。やっぱりどうやってこんな風に描けるんだろうと思ってしまう。そう思って絵の前に立ってると、絵の中から途方もない時間と労力がこっちに溢れてきて、なんか息苦しくなっちゃう時があります。自分が描く側にいるからかな。まぁ、たまにリアルぽく描くこともあるんですけど……でもたいしたリアルじゃない。伸坊:でも、伊野君はいっぱい描いてるじゃん。どっからが「たいした」リアルなの?編集部:高橋由一の模写はリアルという理解でいいですよね。伊野:あれは、あの時点で精一杯のリアル。あの時はまだトレースとかもしてなかったし(笑)。今でもあまりにリアルの技法を知らなくて、ティッシュでぬぐったり、指でぼかしたりするくらいの技術力しかない。そういう意味では高橋由一を描くにはちょうどよかった(笑)。段取りも何もないまま描いてるから、途中でイライラすることもありますね。ああ、リアルな感じが出てきたなって時は嬉しいんですけど、それは最後の方の一瞬で、だいたい苦労ばっかり。編集部:リアル表現に行かないのは、締切の問題があったからですか。伊野:う〜ん、「自分はこうなりたい」って最初に憧れてた人が蛭子さんだったからなぁ(笑)。伸坊さんが美學校に行ってた時、赤瀬川さんのリアルな表現の部分に憧れてた生徒もいたわけですか。伸坊:そうねえ、赤瀬川さんのクラスで絵を描いてた人がそもそも少ない。もともと美術学校で絵を学ぼうってつもりの学生が少なかったかもしれない。現役で美大に行きながら、なんか面白そうだからって美學校にも来てたって人はけっこういたけど。渡辺和博なんて、もともと写真はやってたけど、自分で絵を描こうなんて思ってなかったんじゃないかな。マンガは貸本から少年マンガまで好きなだけ見てるから、マンガ的な教養ってのはあって、描き出したらすぐマンガになってたよね。編集部:マンガ的教養というのは?伸坊:コマとコマのつなぎ方ですね。そのコマの間に、見る人がどんな時間を感じるか、どういう動きを感じるかってのが、理屈じゃなく分かってる。だから、必要ないコマを描かないし。そういう基礎がないと、絵は描けてもマンガにならない。伊野:野球のない国の人はちゃんとボールを投げられない。そういう感じですかね。日本人は知らず知らずのうちにマンガの文法を学習してますよね。マンガって読んだことがない人がいきなり読んでも読めないんじゃないかな。 *21 沙漠の魔王 『少年少女冒険王』(のちの『冒険王』/秋田書店)に1949年〜56年に連載された福島鉄次(1914-92)作の長編絵物語。「アラジンと魔法のランプ」に着想を得た内容で、アメコミ風の写実的タッチが特徴。色指定によるフルカラー印刷は当時としては贅沢だった。「砂漠の魔王」と表記された時期もあったが、2012年の完全復刻版では「沙漠」に統一された。 ■手間暇をかけることで説得力が生まれる伊野:リアルな絵の話に戻りますが、描いている間の時間ってのもありまよね。絵は一瞬で見れるけど、絵の中には描いた時間が含まれてる。リアルな絵は当然その時間が長いわけで、見る人はそれを感じる。いや、別に、手間暇をほめてるだけじゃないんですけど(笑)。伸坊:一つ思い出したんだけど、赤瀬川原平さんが千円札を10倍くらいに拡大して描いたでしょう。同じ頃、ウォーホルも1ドル札を描いてる。あれはまだシルクスクリーンやる前だから、キャンバスにプロジェクターで投影してトレースして、そこに色をつけてる。それが相当あっさりしたもんなの。アメリカのドル札自体があっさりしたものだからとも言えるけど。おそらく大きさも同じくらいだから、この2枚並べた展覧会やったら面白いんじゃないかな。ウォーホルの方がめちゃめちゃ値段高いけど、並べたら赤瀬川さんの方が断然迫力があるよ。それは今言った、手間暇の差かね。片やプロジェクター。片やマス目で手描き(笑)。でも、手間暇かけたからって描けないですよ、赤瀬川さんの絵。日本の札って格段に複雑なんだよね。不定形の曲線で地紋が描かれてて、正確に写そうとするとその輻輳した線をずっと追いかけてかないと規則性がつかめない。それで波型のテンプレートを自分で作ってね。いろんな色が多色刷りで重なってて、それを解析するのにものすごい時間をかけてるんですよ。つまり「国家の側の考え方」を正確にトレースした。プロジェクターの画像をちょいちょいってなぞるのと全然違うんだ。伊野:「国家の側の考え方」をトレース! かっこいい。千円札は、僕は赤瀬川さんが亡くなった直後の展覧会で見たんですけど、すごいですよね。お札を拡大して描いてあるだけなのに、絵として強い力を持ってる。その時は、労力はちょっとは感じたかもしれないけど、あまりにちゃんと描いてて手描きの感じも消えてるから、それ以上にアイデアが作品としての力になってる感じだった。伸坊:そうそう、あまりに見事で、むしろ労力を感じられない。赤瀬川さんは、アイデアってことではホントにギリギリまで考えてるから、今の若いアーティストがやってることはもうほとんど考えてるんだよね。伊野:考える強度がすごい。赤瀬川さんたちがそういうことをやってたのは、ある意味では絵画がもう死んだと言われていた時代。こっから先どうすんだ? って。死後の世界なのに、みんなめちゃめちゃ熱い。当然採算度外視だし、そもそもお金になんない。今は現代美術のマーケットもあるし、絵画は死んだわけじゃないって時代だけど、赤瀬川さんみたいな強い作品を作るのは難しいのかな。伸坊:そうね、やっぱりもっと切羽詰まってたんじゃないかな、あの頃。上:「模型千円札裁判, 赤瀬川原平, 1965」撮影:羽永光利 千円札を模写した赤瀬川さんの作品「復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る)」(1963年/名古屋市美術館蔵)が刑事事件となり、「証拠品」として作品を持って出廷する赤瀬川さん。下:アンディ・ウォーホル「1ドル札」(1962年) 2015年のサザビーズ・オークションで日本円で40億の値がついた。Photo: Courtesy Sotheby’s. ■歪んだ形とリアルな質感のアンバランスな面白さ伊野:北方ルネサンスに、メムリンク*22っていう人がいて、ファン・エイクのちょっと後の世代で、この人も形の正確さより、質感を出そうとして描いている。マリア様が赤子のイエスを抱いてて、祈ってる人がいて、傍らに鎧を着た人がいるんですよ。その鎧に映り込んでいるんですよね、こっち側にいる人が。絵全体の雰囲気は北方ルネッサンスなのに、鎧に映ってる部分は現代のリアルな感じなんですよ、そこは絵を作ってないから。鎧に映ってる像をそのまま描いてるんですね。だから絵全体の雰囲気と違うの。北方ルネッサンス様式と現代的な写実画が同居してて面白かった。伸坊:質感ものすごく重視していくと、そういうことあり得るね。この間展覧会に行って、リアリズムでも遠近法寄りのと陰影法寄りのがあるんだなあって思ってさ、陰影法寄りはまず、質感を出したいんだ。伊野:それはなんの展覧会ですか。伸坊:ブリューゲル*23の「バベルの塔」の……。参考作品みたいに出てた版画を見てて思ったんだけど、遠近法に対してそんなに厳密じゃない。伊野:ブリューゲル展は行きそびれちゃったな。Bunkamuraでやってたポール・デルヴォー*24とかアンソール*25とかの展覧会(「ベルギー奇想の系譜」)はどうでした? ポール・デルヴォーは遠近法の違和感を狙ってますよね。伸坊:あーそうそう、ベルギーってさ、変な人多いよね。アンソールもデルヴォーも好きだけど、期待したほどじゃなかった。伊野:あ、そうですか。僕はけっこう面白かった。伸坊:まさに、ベルギーは質感表現寄りなんだよ。伊野:質感がリアルで形が狂ってる。伸坊:質感がリアルで形が狂ってるっていえば、クラナッハ*26。最近ではクラナーハじゃないクラーナハ? っていうらしいけど。伊野:ボッシュも最近はボスって言いますよね。伸坊:ボッシュって言わないね。昔はアンディー・ウォーホールだったんだけどね。伊野:今はウォーホル。伸坊:そのクラナッハは、洋服とか装身具の質感がすごくキレイ。おそらく注文主を喜ばしてやれって、あそこが売りだったと思う。それから、人体のプロポーションが歪んでて、それがエロくなってる。エロティシズムでフェティシズム。伊野:北方ルネッサンスでも、クライアントは絵の中に自分を描かせるから、宝石やビロードの生地とかさ、画家も必死になって描きますよ(笑)。腕の見せどころだったんですね。形の歪みと正確な質感のアンバランスは、絵ならではの面白みであると言えますね。ハンス・メムリンク「Madonna im Rosenhag, St.Georg mit Stifter」(1480年) Wikimedia commonsより *22 ハンス・メムリンク(1440頃?-1494) 15世紀ネーデルランド(オランダ)で活動した北方ルネサンスを代表する画家の一人で、肖像画や宗教画を徹底した写実表現と華やかな色彩で描いた。細部の描写にはこだわりを持ち、鎧に映った鏡像まで描いた。*23 ピーテル・ブリューゲル(1526?-69) フランドル(ベルギー)を代表する画家。版画の下絵師として活動を始め、のちに油彩画を行う。聖書の物語や農民の生活を題材に、寓話や教訓が盛り込まれた細密で写実的な作品を描いた。代表作「バベルの塔」は2点存在し、後で描かれた作品が2017年、先に描かれたものが2018年来日。*24 ポール・デルヴォー(1897-1994) ベルギーのシュルレアリスムを代表する画家。初期はベルギー表現主義の影響が強かったが、キリコらの作品と出会い、シュルレアリスムに傾倒する。モチーフとして裸婦や鉄道、骸骨、拡大鏡を持つ学者が繰り返し登場する独自の幻想的な世界を描いた。*25 ジェームズ・アンソール(1860-1949) ベルギー近代絵画を代表する画家の一人。伝統的なフランドル絵画や外光派など19世紀絵画の影響を受けながら、骸骨や仮面などグロテスクなモチーフを取り入れた独創的な画風で人間の内面を描き、のちの表現主義やシュルレアリスムにも影響を与えた。*26 ルーカス・クラナッハ(1472-1553) ルネサンス期のドイツで活躍した画家。宮廷画家として肖像画や宗教画を数多く描き、マルティン・ルターの宗教改革にも関与し、彼の肖像画も描いている。幻想的な神話世界も描いたが、細身で独特のプロポーションを持つ官能的な女性像は、後世にも影響を与えている。 ■形や質感のリアルさはシュルレアリスムの主題ではない編集部:以前に銀座のクリエーションギャラリーG8開催された「リアルイラストレーション展」で、デフォルメした絵もけっこうあって、例えば辰巳四郎*27さんは人物などはかなりデフォルメしていて、質感でリアリティを表現する人だと思うんです。伸坊:そうだね。伊野:質感だけでリアルに感じさせる絵というのは、シュルレアリスムだってそういう絵ありますからね。だからってダリやマグリット*28をリアリズムの画家とは言わないし、リアルを見せたいっていうのが主題じゃないですからね。ダリはリアルさをシュールな感じとつなげてるけど、マグリットの絵って、ものすごくリアルなわけではないじゃないですか。「思い入れがない」リアルっていうか(笑)、それがまた気持ちいいし、不思議な感じがするんですけど。南伸坊画 「マグリットの場合」 伸坊:マグリットは「分かればいい」だからね。質感がテーマじゃない。でも、例えばダリがパン描くと、パンに見えない。「ダリの絵」に見えるんだよ(笑)。パンのカサッと乾いた感じとかより、油絵の絵具の質感が先に見えちゃう。あれをものすごくうまいってみんな言うけど、パンの質感が出てるかどうかって観点だと出てないとオレは思うな。旨そうじゃない。伊野:ほおー、そうか。不思議な感じはしますね。伸坊:無理やり細かく描いてるから、不思議なカンジになる。バック真っ黒だし。伊野:逆にざっくり描いてるんだけど、形はしっかり取られている絵だっていっぱいある。レンブラントの象のスケッチとか、短時間で描いたんだろうけど、めっちゃリアル。形なのか質感なのか、リアルな絵って言ってもなかなか一口には括れないですね。伸坊:どこにリアルを感じるかってとこじゃないですかね。ルソー*29の絵ってさ、デッサン狂ってるとか、そればっかり言われるけど、光の感じものすごく出てるよね。写真で言ったら、照明ものすごくうまい。光の感じとか空気感とか、空間の感じとかに感受性があって、それを描きたいと思って描いている。遠近法の方は、物差し使ったりいろいろ変なことやって失敗しちゃってたらしいけど(笑)。伊野:あれは伝説じゃなくて本当なんですか。伸坊:いや、知らないけど(笑)、完全に笑われてたっていうもんね。でもそれは、むこうの人が頑迷だったというか、絵を見る方の常識が固まっちゃってて、美点が目に入らなかった。日本人が見たら、最初からいい絵だって分かりますよ。デッサンが狂ってるとか関係ないもん、日本人は。だから洋行した日本の画家たちが、どんどんルソーの影響を受けた。絵を見る目は日本人の方が自由な分、先へ行ってたってことだよね。伊野:うん、むこうは長年続いてきた常識を剥がしていって、ルソーの良さがわかるようになり、意識的に常識をくつがえして、キュビスムとかまで行っちゃった。絵を描いてる人でも、未だに「ピカソはデッサンがうまいから形が崩せる」みたいなこと言ってる人がいますけどね。ピカソはデッサンがうまいからエライんじゃなくて、あれだけ続いた西洋の写実表現の中で育って、せっかく身につけた技術を「こんなんじゃダメだ」って、あっさりドブに捨てるかのようにポイッて手放したところがエライんですよね。(第5回③につづく)アンリ・ルソー「眠るジプシー女」(1897年/ニューヨーク近代美術館蔵)*27 辰巳四郎(1938-2003) 電通のデザイナーを経て、フリーのイラストレーターとして活動。デフォルメを利かせた濃密かつ細密な表現で、広告ヴィジュアルや装画を多数手がけた。後年はブックデザイナーとして、ミステリー系を中心に膨大な数の装幀をこなした。*28 ルネ・マグリット(1898-1967) シュルレアリスムを代表する画家の一人。モチーフを現実にはありえない場所や環境に配置する「デペイズマン」の手法で超現実的世界を描いた。その作品世界は、のちのポップアートやグラフィックデザインにも大きな影響を与えている。*29 アンリ・ルソー(1844-1910) 素朴派を代表するフランスの画家。パリの税関職員をしながら絵を描き、アンデパンダン展出品などを経て1893年より画業に専念。遠近感が狂ったような一見稚拙とも思える画風だが、鮮やかな色彩で夢幻的な世界を描き、晩年になって評価が高まった。「眠るジプシー女」(1897年)が特に有名。<プロフィール>伊野孝行 Takayuki Ino1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレのアニメ「オトナの一休さん」の絵を担当。http://www.inocchi.net/南伸坊 Shinbo Minami1947年東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』(青林工藝舎)、『装丁/南伸坊』(フレーベル館)、『本人の人々』(マガジンハウス)、『笑う茶碗』『狸の夫婦』(筑摩書房)など。亜紀書房WEBマガジン「あき地」(http://www.akishobo.com/akichi/)にて「私のイラストレーション史」連載中。